第二十六回 蘇峻は劉遐と徐龕を救う
「
政事に興味を失っている劉聰はその言を
詔を受けた劉曜は文武の官を召して是非を諮り、参謀を務める遊光遠の弟の
「聖上は朝権を寵臣に与えて靳準が
「吾らは東西に征討し、兵は鎧を脱がず馬は鞍を解かず、死難を潜り抜けて
劉曜が不満げに言うと、遊子遠は重ねて諌める。
「戦場と朝廷では遣り様が異なります。靳準の勢威はすでに固く、一党は深く根を張っております。聖上も太子も絡め取られ、生殺与奪を
「卿の言には理がある。それならば、軍勢とともに長安に留まって靳準を畏れさせ、不軌を防ぐべきであろう。しかし、下された詔をどう処するべきか」
「ご心配には及びません。『
劉曜は遊子遠の言に従い、勅使に上奏文を授けて帰らせた。
劉聰はその上奏を見て
「始安王の願いを容れられるべきです。長安に留めて
二人の甘言に惑わされ、劉曜を召還する詔がふたたび下されることはなかった。別に詔を下し、劉曜を
※
石勒は山東の軍事を委ねるとの詔を受けると、人を遣って
淮水の北にある
▼「内史」は通常、國における政務を総覧する官にあたる。州の下に國と郡があり、郡國の下に縣がある晋の制度では、太守と内史が同じ郡國に並び置かれることはない。『
石勒が南に厳戒を布いたと聞くと、周黙は周堅に防備を固めるよう命じた。兵機を知る周堅は、石勒に南下の意図はないと観ており、無闇に兵を動かせば士民が不安を感じると言って
周黙が怒って従わせようとしても、是非を論じて譲らない。ついに弾劾すると言えば、周堅は罪を懼れて周黙を殺害し、彭城をもって石勒に降った。
※
淮水沿岸への進出を狙う石勒は喜んで周堅を受け入れ、
この時、彭城の
「朕が厚遇したにも関わらず、周堅めは功臣の子孫を殺して国恩に背き、大晋の領土を
晋帝は怒り、
劉遐は字を
詔を拝すると、劉遐はこれが劉遜の上奏によるものであると知り、軍勢を発してまずは徐龕と合流した。あわせて四万の軍勢が周堅を討つべく彭城に向かう。
周堅は晋の出兵を知ると、防備を調えるとともに石勒に報せる。石勒は石虎に五万の軍勢を与え、彭城の救援に差し向けた。
石虎は軍勢を発して一路彭城を目指し、進路にある村落では住民も旅人も善悪を問わず殺戮する。通り過ぎた地より人影は消え、酸鼻の限りであった。
石虎が彭城の境に到るに時を同じくし、晋兵が彭城に攻め寄せた。周堅より早馬があって言う。
「晋兵が攻め寄せて城を囲み、
石虎は軍勢を駆って城に向かった。
※
緒戦に大勝を収めた劉遐と徐龕は、勝勢を恃んで援軍への備えを怠っていた。
石虎の軍勢が背後に迫ってようやく気づき、迎え撃つべく陣を移さんと図る。布陣が終わる前に石虎が到って叫ぶ。
「連戦連敗して南に逃げ出した賊ども、吾が来たにも関わらず、敢えて抗うつもりか」
馬腹を
晋兵は支えきれずに算を乱して逃げ惑い、石虎は逃げる晋兵を刈って殺戮を
劉遐と徐龕も後を顧みず戦を捨て、前日に置いた軍営に逃れて防備を固めた。逃げる晋兵を追う石虎も軍営四周の濠に阻まれ、将兵の到着を待って包囲にかかる。
「すみやかに投降して殺戮を免れよ。石将軍(石虎)に抗えると思っているのか」
漢兵が口を揃えて叫ぶと、
「石虎は驍勇を誇り、残忍で殺戮を好む。かつて
過去を知る者がそう言うと、劉遐と徐龕は意を決して防備を固め、濠に弩弓を並べて漢兵を阻んだ。
※
包囲より十日が過ぎ、軍営の糧秣は底を突きつつある。撤退を望む者が多くあり、徐龕は劉遐と策を練った。
「吾らはすでに窮しており、遠地に救援を求めたところで及ぶまい。聞くところ、
▼「掖縣」は『晋書』では
「この期に及んでは、他に策もない。その者が義を重んじることを祈るよりない」
劉遐もそう言うと、書状を
※
掖縣にある
一方に覇たらんと欲する
曹嶷が晋朝より官職を授けられていることもあり、蘇峻は賊徒の汚名を着せられることを懼れ、ただ攻撃を退けて反撃を避けていた。
そこに劉遐からの使者が到って言う。
「今、
蘇峻が書状を
「みなも知るとおり、吾が初心は郷邑を保って平和に暮らしたいというものであった。しかし、今や朝廷より青州都督に任じられた曹嶷が吾らの強盛を嫌い、兵をも繰り出す仇敵となった。今、劉下邳が吾らに援軍を求めている。この機に自らを保つ計を行うよりない。劉下邳と兵を合わせて漢に降った周堅を討ち、代わって彭城の鎮守に就くのだ。周堅を討って朝廷を奉じれば、朝廷は必ずや喜んで彭城の鎮守を許されよう。しかし、吾らはともにこの地で生まれ育った。にわかに故郷を捨てられぬ者もいよう。この地に留まる者は、家に帰って留まるがいい。吾に従う者だけで援軍に向かい、この地には還らぬ」
「将軍が国家のために力を尽くそうとされるのであれば、どうして吾らが背きましょうや。いささか犬馬の労を尽くして御覧に入れます。しかし、曹嶷が遣わした夔安と夏國臣の軍勢が近くにあり、南に向かおうとすれば背後を襲われる懸念があります。如何したものでしょうか」
「吾らがこの地を離れるならば、曹嶷の望みは叶えられる。強いて戦を求めはすまい。利害を知らず兵を出すようであれば、兵を返して一戦に打ち破ればよいだけのことだ。彭城を得れば曹嶷とて手出しはできぬ。懸念には及ばぬ。夔安には書状を遣って手出しせぬよう伝えればそれでよい」
蘇峻はそう言うと、自ら書状を認めた。
掖城の義軍を統べる蘇峻より
聞くところ、石勒の
しかし、今や漢主は寵臣を大臣に任じて朝政は荒廃し、青州を征伐せんと欲していると聞きます。
これは、次に齊の地に兵を出す準備に他なりません。それにも関わらず、将軍は掖城に兵を出して自らの外援をなくし、孤立せんとしておられる。吾らは将軍と同じく晋の臣であり、兵を出して互いに損なうことを避けております。
また聞くところ、石勒は大晋と彭城を争っております。吾らはこれより義に従って援軍に向かいます。総管におかれては、吾らの背後を襲うような真似はなさらぬよう、深くお願いいたします。願わくば、兵を収めて民を安んじられよ。
吾らは決してふたたびこの山東に戻りますまい。掖縣の民を乱さねば、これに過ぎる幸甚はございません。
夔安は書状を一読すると、夏國臣に諮る。
「蘇峻がこんな書状を寄越したってこたあ、俺らの兵を畏れて逃げようってんだろ。追ったものか捨て置くか、参軍はどう観るよ」
「蘇峻は智勇に優れており、戦となって必ず勝てるとは申せません。また、曹都督は漢の討伐を慮って晋と結ばれました。今はまだ本心を表す時節ではございますまい。さらに、石勒が吾らの隙を窺っております。蘇峻を彭城に行かせれば、石虎との戦となりましょう。吾らの損にはならず、むしろ一挙両得と言えましょう」
その言葉に従い、夔安は蘇峻に返書を遣り、背後を襲わないと約した。蘇峻は夔安の書状を得ると、彭城を指して三万の軍勢を発する。
※
石虎と周堅の軍勢は日々晋の軍営を攻め、劉遐と徐龕は濠に拠って漢兵を防ぐ。救援を待つにも糧秣は残り少なく、兵の士気も上がらない。
いよいよ失陥かと憂えるところ、漢兵たちが騒然と動きはじめた。
「晋の援軍が現れた」
兵たちの叫びを聞くと、石虎は大刀を手に馬に打ち跨り、兵の半ばを率いて陣後に向かう。
「命知らずにもこの石虎の陣を犯すとは、お前たちは何者か」
石虎の叫び声に蘇峻が応じる。
「賊徒どもが無礼をするな。吾が勇名を聞き知らぬか」
これまで強敵と呼ぶほどの敵がなかった蘇峻も、石虎の驍勇は聞き及んでいる。襲いかかる石虎に手加減などしない。石虎は蘇峻の武勇が常人を超えると知り、面を改めると隙を与えぬよう刃先を向け直した。
それより二人は戦うこと四十合、さすがの石虎もにわかには蘇峻を破れない。
※
軍営にある劉遐は漢陣の背後に挙がる塵埃を見ると、徐龕に言う。
「蘇峻が救いに現れ、石虎が防いでいるのであろう。この機に打って出ぬなどあり得ぬ。卿はここにあって周堅を防げ。吾は出戦して石虎の背後を襲い、賊を退ける」
そう言うと、劉遐は馬に跨って軍営を飛び出す。
徐龕も後を追い、劉遐に攻めかかる周堅を防いで追わせない。劉遐は漢兵を蹴散らして陣を断ち割り、その後には漢兵の屍が累々と重なっていた。
漢の陣を抜けた劉遐は石虎の背後に出た。石虎は劉遐を与しやすしと観て、蘇峻を捨てて劉遐に斬りかかる。蘇峻はそれを許さず追いすがり、劉遐と前後より挟撃した。
さすがの石虎も前後に二人の勇将を迎えては戦えず、周堅と軍勢を合わせて彭城に退こうと図った。蘇峻は石虎の後退を許さず絡みつき、そこに徐龕に追われる周堅の敗卒が逃げてきた。
石虎は二軍がともに劣勢にあると知って北に軍勢を返し、周堅もそれに従った。
劉遐と蘇峻は追撃すること二十里(約11.2km)、千七百を超える漢兵の首級を挙げた。軍勢を返して彭城に到れば、士民が道々に戦勝を祝って言う。
「夷狄に陥るかと懼れておりましたが、将軍のお力により賊徒は逃げ出し、ふたたび天日を仰ぐような心地であります」
劉遐は慰労すると、軍勢とともに城に入って民を安んじた。
※
劉遐と徐龕は蘇峻を迎えて祝宴を張り、その恩に謝する。
「小将は朝命によらずただ両将軍の求めに応じて軍勢を発し、幸いにも漢賊を退けられました。これは両将軍の勲功であると申せましょう。小将はいささかの助力をなしたに過ぎません」
蘇峻の
「彭城が守られたのは、一に将軍の勲功です。
劉遐と徐龕は約を違えず、蘇峻が義兵を率いて漢兵を退けた勲功を上奏した。
晋帝の司馬睿は蘇峻の勲功を
あわせて、劉遐と徐龕は
これより、蘇峻の軍勢は日々強盛となって威名は遠近に知られ、石勒も南に兵を出さなくなった。その一方、蘇峻の心に驕りが生じたことであった。
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