第十五回 李矩は計策して以って劉暢を破る
これには、二人に
勅使が
「
詔を受けた段匹殫は、叔父の
「晋主は荊州の賊徒を平らげて江南は平定された。漢賊への復仇を図って各地に詔を下し、特に吾ら一族に石勒の討伐を命じられた。
「先に
「賢弟の言うとおりであろう。しかし、叔父上(段渉復辰)はすでに従われたという。吾らが従わぬことが許されようか」
「吾が叔父上にお会いして本心を伺って参ります。その後に改めてご相談いたしましょう」
段末杯は段渉復辰に見えて言う。
「今、
「お前が言い出したからには、決して兵を出すまい。段部が兵を合わせねば石勒には勝てず、ただ怨みを結ぶだけに終わろう。それでは何の得もない」
ついに段渉復辰も兵を動かさないと決め、段疾陸眷もそれに倣った。段匹殫だけでは勝ち目はなく、ついに沙汰止みとなった。
※
段末杯は段匹殫の南下を阻むべく手を尽くし、晋帝の詔が下された旨を石勒に報せていた。石勒はそのことを
「晋人は各地に残る藩鎮を頼みとしております。河北に残る藩鎮を尽く平らげれば、司馬睿も河北を恢復しようなどとは思いますまい。中でも
劉聰はその言を
汝陰には滎陽太守の
「漢賊の軍勢は強盛、洛陽と長安さえ破られたのです。汝陰の糧秣は限られており、ましてやこの寡兵では防ぎきれません。投降して民に害が及ばぬようにするよりございません」
麾下の者たちが口を揃えて言うと、李矩は駁する。
「そうではない。吾はこの地にあって三十年、たびたび大軍を退けておる。どうして今日になって降るなどということがあろうか」
郭黙が言う。
「一計がございます。投降を装って漢賊を打ち破るのです。書状を遣って降ると称し、辞を
その計略を聞いても、衆人は懼れて応じる者がない。
「妙計です。決して
李矩は
※
李賓は漢の軍営に到ると、
「吾が主の言うところ、汝陰の城は小さく、寡兵の上に糧秣を欠きます。大漢の大軍が遣わされた以上、謹んで投降いたします。ただ、民には罪なく、掠奪から守ってやりたく存じます。将軍におかれましては、仁義を心として民の生業を損なわれぬよう、ご高配頂きたく存じます」
「
そう言うと、軍営を
劉暢は李矩の投降を本心であると思い込み、酒肴を将兵に与えて宴会を許す。李賓が李矩に言う。
「劉暢は将兵に酒肴を与えて宴会させ、備えはございません。今夜にも兵を遣わして漢賊を破るのが上策です。
李矩はその言に従って郭黙に将兵を招集させたものの、みな怯えて応じない。
「お前たちは勝てぬと思って怯えているのであろう。それならば、霊験あらたかな
▼「子産」は春秋時代の
将兵はその言葉を
将兵たちが争ってそれを読む間に黄色い服を着た男が表れた。酒に酔ったような足取りで堂に上り、引きずり下ろそうとしても応じない。突然に大喝して言う。
「衆人はみな離れよ、静かにせよ」
そう言うと、堂上の座に就いて机を叩いた。
「将官の郭黙は堂に上がって吾が令を受けよ。郭誦らは堂に上がるに及ばぬ」
それよりしばらく目を瞑っていたが、起ち上がって言う。
「吾は鄭大夫の部下、大夫の令を伝えに参った。今や漢賊は汝南を侵してみなは投降せんとしていると聞く。投降は不可である。必ずや
叫ぶように言い終わると、男は昏倒して倒れ込んだ。
※
李矩は男の体に布を被せると、郭黙に出陣を命じた。将兵は男の言が神託と信じ、勇躍して出兵にかかる。暗夜に同士討ちを避けるため、将兵は兜に一條の白帯を結んで目印にさせた。
食事を摂ると、兵は口に
漢の軍営の四方より一斉に斬り込めば、漢兵たちは宴会の果てに眠り込んでいる。鬨の声を聞いて跳ね起きたものの、身に鎧を着けず馬に鞍を置いていない。さらに闇夜の中で彼我も分かたぬ有様、自ら乱れて逃げ出す者も現れた。
汝陰の兵たちは兜に結んだ白帯を目印に彼我を見分け、次々に漢兵を討ち取っていく。四更(午前二時)の頃には漢兵の屍が山と積まれていた。
漢兵を率いる劉暢、王騰、喬遂も傷を負って戦えず、軍営を捨てて逃げ奔る。李矩は追い討ちに討ち、七千の汝陰兵によって三万の漢兵が一万にまで打ち減らされる。
ようよう夜が明ける頃にはすでに追撃は五十里(約28km)を超え、さすがの李矩も疲弊していた。漢の救援を懸念してついに軍勢を返す。
劉暢たちは平陽に逃げ戻って罪を謝し、李矩が汝陰に帰れば近隣の郡縣より慶賀の使者が引きも切らない。李矩は滎陽に戻って周辺の郡縣とともに漢の侵攻を拒む。
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