第十四回 周訪は楊口に杜曾を破る
晋帝の
▼『通俗』では冒頭を「晋の元亮三年」とするが、「元亮」という年号はない。『後傳』の「元帝三年」に従う。
その狙い通り、陶侃は現任の
荊州にある陶侃の麾下にある
王廙は荊州に向かう道を杜曾に塞がれ、軍勢を出して攻めかかったものの、敗れて数百の兵を喪った。楊口に逃れて王敦に急を報せる。王敦は軍勢とともに急行し、事情を知ると心中に考えた。
「これは、陶侃が荊州刺史になれなかったことを怨み、鄭攀を使って杜曾を唆したのであろう」
そのことを陶侃に報せる者があり、王敦に備えるよう勧めた。
陶侃は自ら
「先に公とともに杜弢を平らげた際、鄭攀は公に降ったものの容れられず、ゆえに野に去りました。この度は、
王敦は答えられず、衣服を改めるために座を離れた。
「
聞いた王敦は事態を覚り、衣冠を整えると陶侃を迎え入れて罪を謝する。
「先ほどまでは小人に誤られておった。熟慮すれば言われるとおり、無用の疑いに過ぎぬ。改めて別に席を設けさせて頂こう」
そう言うと、陶侃たちを引き取らせた。翌日、王敦は酒肴を盛んに供えて陶侃を招くと、手を執って言う。
「先には愚見のために正人を疑ってしまった。願わくば、水に流して頂きたい。使君は廣州に還って民を治められよ。日ならず朝廷に願い、都近くに呼び戻そう」
陶侃は王敦に謝すると、廣州に還っていった。
※
この時、
陶侃が軍勢を発して荊州に向かったと知ると、廣州の兵が少ない隙に乗じて賊徒を集め、各地で掠奪を働いてその勢いは盛んになりつつあった。
陶侃は
「しばらくこの地に軍勢を留め、賊徒の多寡を測って変事を避けるべきです」
その意見を聞いて陶侃が言う。
「この賊徒はすでに
▼「肇慶」は廣州の西隣にあたる水運の要衝、賊徒が州治に逼っていると解するのがよい。
それより、
王機はそれを知ると、賊徒を集めて進退を諮る。
「陶公は他の官将とは比べ物になりません。杜弢、杜曾、
▼「交州」は廣州よりさらに南、現在のベトナム北部にあたる。
王機もその言に同じて海路より交州に逃れたため、廣州は安寧を取り戻した。
※
陶侃が廣州に去った後、杜曾の賊徒は勢力を盛り返して荊州の各郡縣を脅かした。民は苦しんで鄭攀を罵った。
「吾は邪を捨てて正道に帰し、陶公のような優れた刺史に仕えていたにも関わらず、一時の怒りで過ちを犯してしまった。杜曾は不仁を
夜を徹して懊悩し、ついに杜曾を捨てて王廙に帰するべく
「一時の気の迷いのために杜曾に欺かれて大罪を犯しました。改心して戦功により先の罪を
荊州に入りたい一心の王廙はその投降を許し、鄭攀は杜曾の根拠地である
「鄭攀は降ったものの、杜曾は狡猾でにわかに図れません。鄭攀を先鋒として吾らは兵を分けて不測に備え、大将軍(王敦)と軍勢を合わせて賊徒を平らげるのが上策です。軍勢の進路を転じることには賛成いたしかねます」
麾下の
「賊の根本を覆す策が誤った例はない。朱彤も年老いて進軍を懼れるようになったか」
杜曾はそれを知ると、すぐさま楊口に夜襲を仕掛け、丘随を含む五百人ばかりの兵を喪った。賊徒は勝勢を駆って荀崧を攻め、荀崧は賊徒の強盛を怖れて城に籠もる。賊徒は近隣の郷村を掠奪し、辺り一帯は廃墟と化した。
王廙は竟陵で
竟陵を奪われたと知ると杜曾は怒って軍勢を転じ、第伍錡と兵を合わせて
※
荊州の争乱は噂となって
「杜曾の賊徒は勢力を盛り返し、荊州、楊口、沔口、漢口のいずれも破られたという。流れに乗ってこの建康に攻め寄せてくる虞もある。どうしたものか」
晋帝が言うと、
「憂慮されるには及びません。豫章には周訪があって長江を睨んでおります。詔を下し、漢陽の
晋帝はその言葉に従い、詔を発して豫章に人を遣わした。
周訪は詔を拝すると、
杜曾はそれを知ると、軍勢を返して楊口に軍営を置き、厳重な警戒を布く。豫章、漢楊、樊口の軍勢は一同して楊口に向かった。周訪は形勢を知ると、諸将に伝えて言う。
「賊徒は久しく戦陣に身を置き、百戦練磨である。また、杜曾の武勇は及ぶ者が少ない。軽率に戦って蹉跌を踏まぬようにせよ。心を一にして力を合わせ、戦功を挙げよ。軍勢を三つに分かち、李将軍は右軍、許将軍は左軍、吾が中軍を率いる。賊徒が攻め寄せても妄りに動くな。この一戦に敗れれば、江東は
三軍がそれぞれの位置に就くと、中軍にある夏文華と夏文盛が軍令を発する。
「将台から聞こえる
諸将が応諾したところに、杜曾が賊徒の先頭に立って攻め寄せてきた。大刀を手に駿馬に打ち跨り、果たして右軍に攻めかかる。右軍を率いる李桓が馬を出して叫ぶ。
「賊徒ども、無礼である」
杜曾は哂って言う。
「お前は何様のつもりで大言を叩くのか。廣州の朱伺や童奇でさえ吾には及ばず、お前のような名もない下将など問題にもならぬ。命が惜しければさっさと逃げるがよい」
「賊徒の妄言など聞くに及ばぬ。樊口の李将軍の名を知らぬのか」
「そういう者があると聞いたことはある。それならば、少しばかり逃げるのを止めて戦ってみせよ」
李桓は鎗を捻って突きかかり、杜曾は大刀を振るって迎え撃つ。刃を交わして戦うこと三十合を過ぎても勝敗を見ない。賊徒も攻め寄せて李桓の鎗法は乱れ、周訪は鼓を乱れ打って右軍を進ませる。
李桓も勢いを盛り返してさらに戦うこと三十合を超えた。
杜曾の勢いは止められず、李桓は百歩ほども押しこめられる。周訪は万一を懼れて鼓を緩く三回打ち、軍勢を退ける。李桓は馬頭を返して左軍に逃げ込んだ。
杜曾が後を追って左軍に向かえば、許朝が
許朝はやや劣勢となり、李桓が加勢に飛び出した。杜曾は李桓と戦うこと二十合、李桓までも劣勢となる。許朝は敗れたままでは周訪に罪されるかと懼れ、ふたたび馬を駆って杜曾に向かう。
十合を過ぎず許朝は劣勢に陥り、鼓が鳴り響く中、李桓もふたたび杜曾に攻めかかる。杜曾は怯む色も見せず戦うにつれて力を益す。李桓と許朝は戦い、かつ、退き、賊徒は勢いに乗じて突き進む。
ついに中軍より鼓が三度打たれ、左右の軍はともに中軍に合流した。
※
杜曾は勢いに乗じて中軍に攻め込んだ。
将台にある周訪は、杜曾が伏所に踏み込んだと見ると紅旗を掲げて砲声を挙げる。中軍の左右より夏文華と夏文盛が攻めかかり、中軍を率いる周撫も軍勢を進める。
三面を囲まれた杜曾が退こうとするところ、許朝と李桓が左右より攻めかかる。ついに兵を捨てて一條の血路を拓き、命からがら逃げ出した。周撫が追いすがるも及ばず、ともに逃れた者は二、三百人ほどであった。
将台より下りた周訪が叫ぶ。
「杜曾は驍勇、そう易々と勝てる賊ではない。計略に陥った今、戦に疲れて兵を喪った。追撃して逃げるを許すな。沔口に逃れて賊徒を糾合されれば、ふたたび荊州を乱すであろう。この機会を失わず、禍根を断て」
その命を受けて夏文華と夏文盛が馬を飛ばして後を追い、それに続いて中軍が進む。許朝と李桓は軍勢をまとめていたが、周訪が言う。
「左右の軍が賊徒の鋭鋒を支え、力を尽くしたことは承知している。賊徒はすでに戦意を失った。最後の力を振り絞って後を追い、戦功を余人に奪われるな」
左右の軍も雄を奮って追撃に加わり、残る数千の賊徒も奔走して四散する。
杜曾が沔口まで逃れたものの城に入れずにいると、周撫が追いついてきた。馬を返して戦うところ、夏文華と夏文盛も到着する。そこに、第伍錡が三千の賊徒を率いて加勢に現れた。
李桓と許朝が率いる左右の軍も攻めかかり、さすがの賊徒も支えきれずに潰走し、杜曾は千人ほどの敗卒を率いて逃げ奔る。
周訪が到着すると、すでに賊徒は逃げ去っていた。
「食事を摂った後、鎧を軽くして夜を徹して賊徒を追い、杜曾を滅ぼすぞ」
諸将はその命に従い、賊徒を追って漢口に向かう。
杜曾と第伍錡は馬を止めて食事を摂ろうとしていたが、そこに夏文盛が攻め寄せる。迎え撃とうとするところに夏文華も到り、杜曾は真っ先に逃げ出した。逃げ遅れた第伍錡は、官兵に捕らえられた。
杜曾は
鄭攀は王廙を奉じて荊州に入り、周訪も賊徒を解散させると人を建康に遣わして復命し、豫章に軍勢を返した。
上奏を受けた晋帝は周訪を襄陽の太守として杜曾に備えさせたことであった。
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