第八回 諸葛宣于は漢主劉聰を諌む

 賢臣が職を辞して劉皇后りゅうこうごうも世を去り、漢の国勢はいよいよ衰えつつあった。災異も絶えることがなく、漢主の劉聰りゅうそうは憂慮して詔を降し、百官に政事の得失を直言するよう命じる。

 諸葛宣于しょかつせんうはそれを知って子の諸葛武しょかつぶに言う。

「吾はこれまで家にあって病身を養い、国事に与らなかった。その間に王沈おうちん靳準きんじゅんが政事を専らにして元勲は職を辞し、天変が重なっている。直言を命じる詔が出されたからには、官服に改めて朝廷に諫言を進めねばならぬ。忠心を尽くして主上を啓発し、南北の興亡を決すれば後世の者たちも吾の先見を知るであろう。国家はまさに変わろうとしている。お前は漢の禄をまず、吾が霊柩れいきゅうを引いて蜀に帰り、吾が祖の傍らに葬れ」

 そう言うと、諸葛宣于は病身を推して朝廷に参内した。

 劉聰は諸葛宣于を迎えて言う。

丞相じょうしょうは高齢となって体調がよくないと聞いている。朕は国家の多事のために見舞いにも行けておらぬ。今や国家に変事が多く、災異がたびたび現れておる。そのため、文武の百官に詔して政事の得失を直言するよう命じておるが、明見を述べる者がない。丞相が自ら来られた以上、必ずや示教するところがあろう」

「ご下問を頂いたからには応えぬわけには参りません。皇太弟が亡くなって東宮が壊れ、諫臣が去って延明殿の瓦が地に落ち、大将軍が死して西明門が倒れ、太陰星たいいんせいが堕ちて劉皇后は身罷みまかられました。これらは陰気が衰えて陽気が盛んになったがためです。しかしながら、吾が大漢は洛陽らくよう長安ちょうあんの二京を占めて天子の位にあります。ただ、その開基は山西にあって北朔ほくさくは陰の方位にあたり、太陰星が堕ちたことはその気の衰えによるものです。これはすなわち国勢の衰えに他なりません。今、陛下は日々後宮にあって宴楽して朝政を治めず、国政は太子と靳準に委ねられています。太子は生来聡明ではありますが、王沈の如き小人に親しんで奸党に交わり、骨肉の大臣と忠義の臣を損なって元勲げんくん宿将しゅくしょうを棄てられました。靳準の兄弟は国家の純臣とは申せず、蒙昧にして国家の辺防を疎かにしております。これでは臣下としての任を果たしているとは申せません。かつ、石勒せきろく趙魏ちょうぎの地に拠って自ら覇王となる野心があり、曹嶷そうぎょく三齊さんせいの地を占めて不臣の心がございます。彼らを漢の臣下と考えてはなりません。臣の慮るに、明哲の人を捨てれば国勢は晋にも及ばず、大漢の国威は振るいますまい。夜に天象てんしょうを観るに、えんだいせいちょうの各地に興隆の気が表れております。遠からずして中原はふたたび戦場と化しましょう」

 その言葉を聞いた劉聰は色を失って問う。

「久しく丞相の遠略を聞いておらず、朕は先行きを見通せぬ。正論を聞いても心に悔いるばかりである。この事態にどう処するべきであろうか」

「善行をなせば幸いがあり、恩徳を施せば慶事があるものです。それは天も人心も変わりありません。陛下におかれては、骨肉に親しんで勲旧の臣を信任し、奸人を排斥して佞人を遠ざけ、軍権を自ら掌握してりょう慕容部ぼようぶだい拓跋部たくばつぶえん段部だんぶちょうの石勒に意を注げば、司馬睿しばえいしょく李雄りゆうは怖れるに足りません。呉蜀が北伐できぬことは、吾が大漢が南に兵を向けられぬのに同じく、晋が復讐を誓ったところで行えません。怖れるべきは石勒の強盛であり、不測の難はおそらくここから始まりましょう」

▼「遼の慕容部、代の拓跋部、燕の段部、趙の石勒」の原文は「鮮代燕趙」とするが、「鮮」の意味を解しがたい。文意より「遼」に改めた。

「宿将たちはみな、朕を棄てて職を辞した。誰が軍勢を束ねて不測の難を防げようか。丞相よ、思うところを述べよ」

「外にはしん始皇帝しこうてい高祖こうそ劉邦りゅうほう)のように巡行して国威を示し、内には自らを罪する詔を発して行いを改め、高祖が韓信かんしんを図ったように計略を定めて強盛の臣下を抑えるよりございません。その後に無駄な費用を削って兵備を繕えば、国を保てるやも知れません。臣より申し上げられることはこれに尽きます。陛下において石勒は韓信であり、曹嶷は彭越ほうえつに過ぎぬのです。韓信を捕らえれば、彭越はご心配には及びません。臣は老病の身にあって家を離れられず、そうでなければもっと早くに陛下の許を辞しておりました。もはや老残の身を陛下のお目にかけることもございますまい」

 劉聰が頷くのを見ると諸葛宣于は退こうとし、顧みて言った。

「石勒は防がねばなりません。しかし、宮掖きゅうえきでの変事はそれよりなお防ぐべきです」

 劉聰は諸葛宣于の直言に嘆息するばかりであった。それより王沈と郭猗を外任に出して靳準を遠ざけようとするも、皇后の月華げっかに阻まれて果たせなかった。

 諸葛宣于は劉聰の不明を知り、もはや諫言を諦めたことであった。

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