ロリ魔王が倒せないっ!

直木和爺

ロリ魔王が倒せないっ!

 ついにこの時が来たのだ。

 俺達は血の滲むような修行の果にここに立っている。

 だというのになぜ歯も立たないんだッ!


「ぐはぁッ!」

「アンドレイ! トオル、アンドレイがやられたわ!」

「分かっている! アンドレイ! 今行くからな!」



 タンクのアンドレイがついに倒れた。これでは前線が維持出来ない。


 俺はアンドレイの元へ駆け寄り、血を流す彼の体を抱き上げた。


「おい、しっかりしろ! アンドレイ!」

「トオルか……へへっ、へまっちまったな。情ねえ」

「そんなことは無い。お前は勇敢だったよ」

「トオル、今まで何度も衝突したけど、俺、お前のこと結構好きだったんだぜ」

「もういい! 喋るな!」


 アンドレイの血は今もなお流れ続けていた。

 このままではアンドレイが逝ってしまう、早く止血を。


「もう遅い。トオル、最後にやつの情報を教えてやる。役立つかはわからないが、聞いてくれ」

「アンドレイッ……! お前ってやつは!」


 俺はアンドレイの手を取り、固く握りしめてやる。

 アンドレイは安心したように口元を緩め、最後の攻撃の際に見つけた魔王の情報を口にした。




「やつは、だった」

、だな」




 アンドレイはもう言葉を発する気力も残っていないのか、コクリとうなずくと手から力が抜けていった。


「アンドレイッ!」

「トオル、お前そこにいるのか?何も見えないぜ……。なあ、トオル」

「なんだ?」

「やっぱり、だったよ」


 そういってアンドレイはがっくりとうなだれた。

 幸せそうな顔しやがって、くそう……。




「くそっ、アンドレェェエエイッ!!」




 俺は魔王城の天井に向かって叫んだ。

 最良の親友、アンドレイ。俺はお前の死を無駄にはしない。



「きゃあッ!」

「マリナ! 大丈夫か!?」


 俺がアンドレイの鼻に柔らかい布を詰めて、静かに横たえていると、少し離れたところで魔術師のマリナが魔王の攻撃に吹き飛ばされていた。


「大、丈夫!」


 そうは言うものの、マリナの膝はもう震えていた。


「でもお前、もう……」

「大丈夫よ。この日のために修行してきたんだから。まだ持つ!」


 そういってマリナは杖を支えに立ち上がる。

 しかし、マリナの上気した頬とにやけた口元はもうマリナが限界であることを示していた。ここは俺が前線に出なければ。


「マリナ、いったん後退して体制を整えろ。俺が前に出る!」

「でもトオル、あんた呪いが……」

「何とかして見せるさ」



 俺は腰に差した剣を抜き放って魔王に向かう。


「ふふふ、わらわに触れることもできぬか。下等な人間よ」

「な、お前喋れたのか!?」

「しゃべれるわ! てか最初に二言位しゃべったじゃろうが!」


 今まで一言も発しなかった魔王が言葉を話した。

 てっきり人間の言葉はわからないもんかと思っていたのに。


「そうだ、俺はお前に触れることができない。呪いのせいでな」

「呪い? おぬし呪い持ちなのか?」

「ああそうだ。俺にはある呪いがかけられている」



 あれは俺がまだ14の時のことだ。

 俺はあることに気が付いた。


 今まで多くの女性を見てきたが、なぜか物足りない気がしていた正体。幼い時に感じた高揚感が今は感じられないことに。



 そう、俺は小さい女の子が好きだったのだ。




 ロリコン、だったのだ。




 そして俺は同時にあることに気が付いた。

 それはこの身を縛る




 YESロリータNOタッチ。




 見てもいい、考えてもいい、しかし、触れてはならぬ。

 この呪いは俺の身を縛った。この呪いがある限り俺は小さい女の子に触れることはできない。


「お、おぬしキモイのぅ……」

「うるさい! そもそもお前がそんな恰好をしているのがいけないんだ!」

「し、仕方ないじゃろう! 妾だって好きでこんな格好をしているわけじゃない!」

「もっとこう、邪悪な感じのおっさんとかになれなかったのかよ!? なんでよりにもよってロリ魔王なんだ!」

「うるさいうるさい!! 妾だって早く大人の女になりたいというのに! 魔族の成長は遅いから仕方ないのじゃ!」



 くそっ! 俺は呪いのせいで魔王に一撃入れることすらできない。

 しかし、今ので時間は稼げただろう、マリナが少しづつ落ち着いてきた。


「すまない、マリナ。俺にはこれくらいが限界だった。あとを任せる」

「ふっ、やっぱりね。私がいないとダメなんだから」


 そういうと先ほどより幾分いくぶん落ち着いた様子のマリナが前に出る。しかし、そのマリナを追い抜くように駆けだした影が一つ。

 槍使いのラディットだった。


「バカッ! ラディット、一人で突っ込むな!」

「うおおおおおおおッ!!」


 ラディットは両手を広げ、魔王へと向かっていく。

 しかし、魔王の攻撃により、あっけなく吹き飛ばされてしまう。


 俺はラディットに駆け寄り、体を抱き上げる。


「お前! なぜ一人で突っ込んだりなんてしたんだよ!?」

「なぜだって? お前が一番よく分かっているだろ、トオル」

「だが……! お前、故郷に残した妹はどうするんだ!?」



 ラディットには今年で9歳になる妹がいる。そう聞いていた。

 ラディットは血を流しながら俺に微笑みかける。


「レイチェルか……。お前にならあいつを任せられる。レイチェルを、頼む」


 そういってラディットは力尽きた。その顔はとても幸せそうであった。




「ラディットオォォオオッ!!」




 俺はラディットの鼻に柔らかい布を詰め込み、アンドレイの横に寝かせた。

 必ず、敵を取ってやるからな。


「もう、ダメッ! トオル、もう持たないわ!」


 先ほどまで魔王の攻撃を防いでいたマリナがもう限界だと言った。マリナがいなくなれば魔法障壁を張ることのできる人間がいなくなり、俺たちのパーティーの勝利は絶望的になる。


 マリナは息も絶え絶え、腰は抜けかけていて、足も震えていた。先ほどよりも上気した頬は艶やかさをも醸し出す。

 緩んだ口元からは唾液がほとばしり、今にも昇天しそうだということがはっきりと見て取れた。


「マリナ! もういい、お前は十分頑張ったじゃないか!」

「いいえ、トオル。私は力尽きる最後の瞬間まであなたの身を守って見せるわ!」

「マリナ……! お前ってやつは、ほんとに……」



 マリナは魔王の攻撃を受けてなお前に出る。

 まるで自分を攻撃しろと言わんばかりに。


「さあ魔王! 私の体に攻撃してきなさい! 仲間たちは私が守って見せるわ!」

「ふんっ、威勢だけはいいようじゃな。ならば……って、なんでおぬしそんなに嬉しそうなんじゃ?」

「嬉しいなんて、そんなわけないじゃない、私は最後の時まで仲間を守って散っていくのよ! 自分の欲望に負けたりなんかしない!」


 マリナ、お前ってやつは、本当にいい女だ……!


 魔王は若干引きながらもマリナに攻撃を加えた。魔王の攻撃はマリナの体に直撃し、マリナは悲鳴を上げる。


「くっ! しぶといやつじゃのぅ。これでどうじゃ!」

「アァンッ! ダメッ! それ以上は本当に!!」

「なあ!? 変な声を出すでない!」

「はあ、はあ……、ま、まだ耐えられるわ!」


 マリナは今にも倒れそうなくらいボロボロだった。

 くそっ、血のにじむような修行を経ても俺たちは魔王にかなわないというのか!


「これで、止めじゃ!」

「きゃああああッ!!」


 魔王の攻撃がマリナを直撃、マリナは壁際まで吹き飛ばされた。

 俺はマリナの元へ駆け寄り、マリナを抱き起す。


「おい! マリナ! しっかりしろ!」

「トオル……、私、がんばったわよね?」

「ああ、ああ! お前は十分頑張った!」



 マリナは震える手を持ち上げる。

 俺はその手をしっかりと握り、もうすでに焦点を失いつつある目を見つめた。


「じゃあ、もう、休んでもいいかな?」

「ああ、しっかり、休んでくれ。お前は最高にいい女だったよ」

「いい、女……ガクッ」


 マリナは最後にそう言い残して逝ってしまった。

 とても、幸せそうな顔をしている。



 俺はアンドレイ、ラディットの横に、新たにマリナを横たえると、魔王に向かった。



 アンドレイ、小さい女の子に踏まれるのが大好きだった男。

 あいつとは思想の違いで何度も衝突した。でも、最後にはわかりあって、いつしか最良の親友になっていた。



 ラディット、小さい女の子を愛でたい衝動につき動かされた男。

 あいつはアンドレイと同じ立場でありながら俺のことも理解してくれる良き友人だった。お前に変わって俺がレイチェルを守ってみせるよ。



 マリナ、攻撃を受けて乱れていく自分を見られることが大好きだった女。

 あいつは最後の時まで俺のことを身を挺して守ってくれた。本当に、いい女だった。



 俺はあいつらの遺志を継いで、魔王に打ち勝たなければいけない。

 呪いに打ち勝たなくてはいけない。


「残るはおぬし一人になってしまったようじゃの」

「一人じゃない」

「なぬ?」



 俺は自分の胸に手を当てて目を閉じる。

 そうすればすぐにあいつらの笑い声が聞こえてくる。


「仲間たちがここにいる!」

「ふんっ! そんな理屈で妾に勝てるとでも!」



 魔王の攻撃が俺を襲う。しかし、俺が魔王の攻撃に当たることはない。飛んでくる魔法は片っ端から俺の剣で切り捨てる。


「ほう、魔法ではおぬしに傷を負わせられぬか。ならば……!」

「何!?」



 魔王は魔法攻撃が当たらないとみると、俺に直接攻撃を仕掛けてきた。アンドレイも最後はこの直接攻撃の蹴りでやられたのだ。当たればひとたまりもない。それに。


「くッ!」

「どうした! さっきから避けてばかりじゃぞ!」


 俺には呪いがある。小さい女の子と間接的にでも触れるわけにはいかない。

 つまり、剣での鍔迫つばぜり合いもできないというわけだ。


「卑怯な! 魔王とはいえ王であるならば正々堂々戦え!」

「なっ! 正々堂々戦ってるではないか! 卑怯と言われる所以ゆえんはないぞ!」

「そのような恰好をしておいてよくもぬけぬけと!」


 俺は魔王の目にもとまらぬストレートを寸でのところでかわす。しかし、俺の振るう剣は魔王に届く直前で軌道がそれてしまう。


「だから好きでこの格好をしているわけではないと言っているだろうが!!」

「黙れ! 俺の仲間たちもお前のその格好のせいで力を発揮できなかったというのに!」

「そんな理不尽な!?」



 魔王の回し蹴りが俺の髪を掠める。


 しまった! 俺の体の一部が触れてしまった!

 いやしかし、触れた髪は既に切れている。これはぎりぎりセーフだ。



 俺はいったん魔王から距離をとる。


「ぐッ、やはり強い!」

「おぬし攻撃を避けているだけではないか。せめて攻撃を当てようとは思わぬのか?」

「攻撃を当てる? 小さい女の子にか? ありえん!」

「なぜそこでさも当然のように言い放つ!? 妾は魔王だぞ?」

「せめてお前が幻術とかで姿を変えられていれば……!」

「そんな無茶な……」


 魔王は茫然ぼうぜんとしている。



 俺は修行を経て自発的に触れる以外は何とか耐えられるようにまで呪いを軽減した。しかし、まだ自分から触れることはできていない。どうしても自分から避けてしまうのだ。

 いままわしい呪いめ!



 しかし、ここで引くわけにはいかない。散っていった仲間たちのためにも。



 アンドレイ、ラディット、マリナ、俺に力を貸してくれ。

 皆の笑顔が走馬灯のように駆け抜けていく。



「魔王よ」

「む? なんじゃ?」

「俺はこの一撃ですべてを決めるつもりだ。いいか、覚悟して聞けよ」

「ほう? まだ何か隠していたのか。面白い。かかってくるがよい!」



 俺は目を閉じ、息を吸う。

 アンドレイの後言のちごとを思い出す。



 俺はゆっくりと目を開け、最大の攻撃を加えるべく、力を込めた。



「お前の」

「……」



 魔王は何が来るのかと身構える。



「今日の」



 アンドレイ、お前の最後の言葉。今ここで放つぜ。

 アンドレイが笑って見守ってくれている気がした。



「パンツは」

「!?」



 魔王が驚愕きょうがくを顔に浮かべる。まだだ、止めはこれからだ!



!!」

「なあ!?」



 魔王は完全に動きをとめた。


 効いた! しかし、これは俺にも大きな反動をもたらした。小さい女の子にセクハラをしてしまったのだ。呪いの効果範囲ではないが、いくらかのダメージはある。


「な、な、な」


 魔王は言葉も出ないようである。これは、勝ったのか……?


「なぜ妾の今日の下着の色を知っているのじゃ!?」

「アンドレイから聞いたんだよ。ほら、そこで幸せそうに寝ている」

「こんの……」


 魔王はうつむきプルプルと震え始めた。

 ふふふ、相当効いているみたいだな! やったぞアンドレイ! 俺たちの勝利だ!


「変態があぁああッ!」

「ぐぼあッ!」


 魔王の拳が俺の体をしたたかに打つ。

 肺から空気が漏れ、息が詰まる。




 しまった! 触れてしまった!




 俺は壁際まで吹き飛ばされ、床に這いつくばる。


「な、なんかすごい攻撃が来るのかと思って構えておったのに! あの緊張感を返せ!」

「ふっ、甘かったな、魔王。予想外の口撃こうげきにも対処できないようでは半人前だぞ?」

「なんじゃとぉ! この変態が!」

「ちょ、タンマ! 今呪い発動で結構きついんだから!」



 自発的に触れる以外は何とかなると言ってもダメージがないわけじゃない。

 殴りかかってくる魔王の攻撃に対処するのがやっとだ。


 くそっ、今回もまた魔王を倒すにまでは至らなかったか。俺は撤退するべくマリナに声をかける。


「マリナ! 撤退だ、魔法陣の起動を!」

「了解したわ!」


 既に目を覚ましていたらしいマリナは詠唱を開始した。



「この、この、この!」

「痛い痛い! 叩くのやめて! 分かった、今度おやつ持ってきてあげるから」

「バカにしおって! 妾魔王なんじゃからな! 強いんじゃからな!」


 魔王にポカポカと叩かれて俺は既に満身創痍だ。

 マリナッ、魔法陣の起動を急いでくれッ!


「トオル! 魔法陣起動完了! いつでも行けるわ!」

「よし!」


 俺は魔法陣まで一気に後退し、マリナに合図を送る。

 マリナは既にアンドレイとラディットの二人も魔法陣の中に入れており、後はコマンドを唱えるだけで拠点まで帰れる。


「魔王、次あいまみえる時までにその姿変えられるようになっとけよ!」

「こんのおお! おぬしらまた逃げるのかああ! いつ決着つけるんじゃ!」

「俺が呪いを克服するか、お前の体が成長するか、幻術でも使えるようになればいずれ決着がつくだろう!」


「え、妾もう今年で327歳なんじゃけど、成長するまで待っててくれるのか?」

「え、何お前そんなに歳くってたのかよ、なら年相応の体になれよ!」

「じゃから成長が遅いといっとろうが!」

「なら幻術の練習でもしとけ!」


 俺はそう言い残すと魔法陣の中央に立ち、コマンドを叫ぶ。


「じゃあな、魔王! 転移!」


 魔法陣からあふれる光が俺たちを包む。魔王は最後まで何やらギャーギャー騒いでいたが、それもやがて聞こえなくなり、俺たちは光に飲み込まれた。



 目を開けると、そこは見慣れた村の光景が広がっていた。



 これで17回連続失敗か。

 魔王討伐はまだまだ続きそうだ。



 俺はアンドレイとラディットを起こし、宿への帰路につく。

 アンドレイとラディットは鼻に詰めた布を取り、鼻をかんでいた。どうやら鼻血は止まったらしい。


 しかし、今日は一撃入れることができた。次はきっと勝利することができるだろう。


 俺たちの戦いはまだ続く。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロリ魔王が倒せないっ! 直木和爺 @naoki_waya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説