第153話 同盟の作戦は妨害に切り替る
「夏希先輩略奪作戦、ですッ!」
「…………はい?」
高らかに宣言した作戦名に、塚田先輩は首を傾げる。
どうやらピンときてないらしい。あ、そうか。作戦名があまりにも単純だったから納得できてないのかもしれない。
「じゃあ恋泥棒作戦とかでどうでしょう? いや、でもそれだとひねりがないですね……。ならオペレーション・ラブシーフで行きましょう!」
「いやいやいや! 作戦名に不満があるわけじゃないくてね!? 一体何がどうして夏希を略奪なんて発想になるんだよ!」
どうやら作戦名が原因というわけじゃなさそうだった。もっと根本的なことに納得できていないみたい。
私はなんにも理解できていなさそうな塚田先輩にこれみよがしにため息をついて、幼子を諭すかのような優しい口調で説明した。
「いいですか? まず塚田先輩が言ったように、ユッキー先輩と先輩は両思いでまず間違いないでしょう。となると先輩の意識を変えて夏希先輩と結ばれるように仕向けるのは至難の業。うまくいく確率は非常に低い、というかほぼ皆無でしょう。であればこそ! 夏希先輩が先輩と結ばれることの次に幸せになる方法を考えるほうが現実的ですよね?」
「う、うん……? そうなのか……?」
「そうなんです! そして夏希先輩の幸せとは、先輩への未練を断ち切り新しい恋に向かうこと以外にありえません! そうです、それしかないッ!!」
「い、いや、ちょっと待ってくれ。百歩譲ってそれが夏希の幸せだったとしてもだよ? 陽介一筋の夏希を振り向かせられる人なんているわけないって」
……はぁ、塚田先輩はどうやらこの作戦の主役が誰なのかまだ理解していないみたい。
長い間自分の気持ちに蓋をし続けると、こうやって無意識のうちに自分のことを舞台から排除しちゃうのかなぁ。そう考えると塚田先輩も可愛そうな人だ。
「いるじゃないですか、一人。先輩の次に夏希先輩に近い存在で、彼女のことを私の次くらいに本気で好きな人が」
「……? 誰のこと?」
「あなたですよ! 塚田先輩以外にいないでしょ!?」
「……え? いや、いやいやいや。どうしてそこで俺が出てくるのか分からないって」
「なーに言ってるんですか! 夏希先輩とお近づきになるためだけに先輩と友だちになり、陸上部に入部して今の今まで惰性で続けてきたくせに!」
「ちょっと待って! 俺はそんな事一言も言ってないよなぁ!?」
……確かに。塚田先輩からそんな話は一度も聞いたことがない。でも塚田先輩の様子を見てたら大体そんな感じだと予想がつく。
私の言葉が図星だったのかは分からないが、塚田先輩は慌てた様子で反論に出た。
「そもそも、これは夏希と陽介がうまくいくように応援する同盟だったよな? だったらゼロに近い確率でも夏希が陽介と結ばれる方法を考えるべきなんじゃないか? 確率が低いからって諦めるなんてあんまりだよ」
「確かにそれはごもっともです。私と塚田先輩が組めば、夏希先輩と先輩が結ばれるという結果を強引に手繰り寄せることは可能でしょう。ですがその結果にたどり着くための過程で、いくつか無理を通さなくちゃいけないと思います。そうなれば夏希先輩か先輩のどちらか、あるいは両方に後顧の憂いが残る可能性があります」
そう。夏希先輩と先輩が結ばれる結果だけを求めるなら、やり方はいくらかある。
例えば、広瀬先輩が先輩たちにしたことと同じようにすればいい。
少し違うのは、先輩とユッキー先輩の仲を引き裂き、夏希先輩を先輩から奪おうとする必要があることだ。
あとは最後に夏希先輩が先輩のもとへ戻ったとき、彼女が胸に秘めた思いを吐露すればうまくいく可能性はある。
でも、そんなことをすれば当然
ユッキー先輩には先輩を諦めてもらうために辛い思いをしてもらう必要があるし、夏希先輩にも相当な負担を強いる。先輩も――、まぁ先輩はどうなってもいいか。とにかく各方面に無理を強いる必要がある。
そんな状態で夏希先輩と先輩をくっつけたとしても、その過程で捻じ曲げてしまった反動があとになって現れないとも限らない。つまりクリーンなお付き合いは難しくなるわけだ。
「だからそんな無理を通すより、夏希先輩にはより確実で健全な方法で幸せになってもらったほうがいいと思います」
「いや、だけど――」
「それに。この同盟は応援だけをするものではなかったですよね? 応援と邪魔のバランスを取ってやっていく。私の応援と塚田先輩の邪魔のお試しをする。そういうものだったはずです」
「それは……、そうだったなぁ」
「じゃあ応援の第一弾であった白日作戦が完了した今、邪魔の第一弾であるオペレーション・ラブシーフを実行に移すのが筋ってものでしょう」
「……そうだな」
塚田先輩が何も反論できないところまでコテンパンに追い詰めたことを確認した私は、満足気に息をついた。
「それにこれは塚田先輩にとっても悪い話じゃないはずです。うまく行けば夏希先輩の隣りにいるのは先輩ではなくあなたになるんですよ? 渋る理由がないですよね?」
トドメのひと押しをすると、塚田先輩は夏希先輩との明るい未来に思いを馳せているのか、黙り込んでしまった。
そして少しの後に小さく頷くと観念したかのように呟いた。
「……分かったよ。そういう約束だったし、次は邪魔する作戦で行こう。でも、前回の作戦が結果として成功してない以上、俺は全力ではやらないぞー」
「まぁ今はそれでいいでしょう。塚田先輩も略奪の喜びを知ればその意見が変わるかもしれませんし」
「物騒なこと言うなぁー」
塚田先輩は困ったように笑った。その笑顔がなんだか自分の意見が変わることはないと高をくくっているように見えて、私は少し不満を覚えた。
塚田先輩はもっと自覚するべきなんだ。自分がステージをただ眺めている観客ではなくて、そこへ上ることができる役者なんだってことを。自分でも夏希先輩を幸せにできるんだってことを。
ハナから諦めたと言わんばかりの達観した態度を見せられるたびに、私はなんだかモヤモヤするんだ。
塚田先輩だって自分の幸せを考えていいはずだ。もっと自分を大切にしてもいいはずなんだ。
なのにどうしてこの人はいつも自分はそっちのけで他人のことばっかり――。
……なんかちょっとイライラしてきたな。そもそも私は夏希先輩一筋だし。塚田先輩のことなんてどうでもいいから。
「話は以上です。はい解散解散! 塚田先輩もさっさと自分の教室に戻ってください」
「あれ? なんか急に冷たくない? 俺なんかしたー?」
「詳しい作戦内容についてはまた後日に。では!」
そうして私は戸惑う塚田先輩を置いて教室の外へ出ると、ピシャリと音を立ててそのドアを閉めたのだった。
――――
「……」
「……」
「…………」
「……っ」
「………………」
「…………~~ッ! あーもうっ、何!?」
古文の先生が三年生の担任だということで、後期選抜発表の今日は忙しいらしく授業は自習になった。
お昼のあとの自習は、堂々と机に突っ伏して寝ている男子や、廊下に漏れ出ない程度の声量でおしゃべりする女子等様々で、近頃受験のために学校中を行き交っているピリピリした空気とは無縁だ。
そんな中、自習のプリントを早々に終わらせた私は、次の作戦であるオペレーション・ラブシーフの内容を考えていた。
だというのに、目の前の茜は私に構ってほしいのか焦れた声を上げ、私を見つめている。
「何って、なにが?」
「いや、なにがじゃなくてさ。さっきからずっとイライラしてんじゃん。それも謎にあたしの目の前で。あんたの席向こうでしょ?」
茜は廊下側の一番前の席に鋭い視線を向けると、向こうに行けとばかりに顎でしゃくってみせた。
そこは確かに私の席だけど、今は男子が座っている。今私が座っている席の元持ち主だ。
気の弱そうな彼は、私がお願いするといつも快く席を譲ってくれるいい人だ。あるいは茜が怖くて逃げているだけかもしれない。
「でもさ、なんか茜のそばって落ち着くんだよね」
「あたしは落ち着かないけどね。じゃなくって! 目の前でずっと机とか床とかトントントントンされると気が散るの! あんたはあれか、あたしの自習を邪魔するのが趣味なんか」
確かに茜の邪魔をして反応を楽しむのは私の趣味の一つかもしれないけど、別に今は邪魔してるつもりはない。
これは完全に茜の言いがかりだ。
「別にイライラとかしてないけど? ちょっと次の作戦について考えてただけ」
「……なに、自覚なし? 夏希先輩のことでなにかあった?」
茜はぶっきらぼうにそう問いかけるが、言葉の端々に気遣いが伺い知れる。
なんかよく分からないけど、どうやら私は心配されているようだ。
「別になにも? あ、夏希先輩の元気がない原因が先輩じゃないってことは分かったけど、別にそんなことじゃイライラなんてしないし」
「?? え、とするとなに、夏希先輩以外のことでイライラしてんの? あんたが? 夏希先輩以外のことで!?」
思わず立ち上がるんじゃないかという勢いで、茜は大声を上げる。
教室にいた生徒たちは一瞬驚いたように茜に注目するも、すぐに興味を失ったようにおしゃべりや昼寝に戻っていく。
「なに大きな声出してるの茜。今自習中だよ?」
「……確かにそうなんだけどさ、一つだけ言わせて。お前が言うな!」
茜はなに言ってるんだろう? 私はいつも静かに自習をしてるっていうのに。
そりゃまぁ、自習が終わったら多少は騒がしくしちゃうこともあるかもしれないけど。
茜は一通り私に構ってもらえて満足したのか、満ち足りた様子でため息をついた。
そして前のめりになっていた体を椅子の背もたれに預けると、不敵な笑みを浮かべた。
「で? なにイライラしてんの? 話してみ?」
「だから何でもないってば」
「……生理前か? あんま無理したらダメだよ?」
「それは先週終わった。だから何でもないんだって」
「ふーん、あっそ。じゃあホントに次の応援作戦を考えていたってわけね」
ようやく私のイライラの原因を追求することを諦めてくれた茜は、それでも納得がいってなさそうな態度で最後の念押しをした。
「もちろん! 次は夏希先輩と先輩を引き離すべく塚田先輩と――」
「ちょっと待った! なんて? 夏希先輩と柳澤先輩を引き離すって聞こえたんだけど……?」
「? そうだけど」
「いやいや、あんたさっき夏希先輩の元気がなかったのは柳澤先輩のせいじゃないって言ってなかった? それ以上のツッコミどころがあったからツッコまなかったけどさ」
「言ったね」
「じゃあなんで二人の邪魔することになるんだっつの。意味分かんないって」
「応援したんだから次は邪魔しないと」
「……ごめん、説明聞いても意味分かんなかったんだけど」
物分かりの悪い茜に、私は思わず肩をすくめてみせる。
それを見た茜はなにか言いたげな微妙な表情を浮かべるも、黙って説明の続きを促した。
「この同盟は夏希先輩と先輩の仲を応援もするけど邪魔もするものだって言ったよね? お試しの応援でくっつかれたら困るから邪魔するの。オッケー?」
「言いたいことは分かるけど、何もオッケーじゃないから……。てかさ、前回の応援は失敗したんじゃなかったの? 夏希先輩元気なかったんでしょ?」
さすがは茜。しっかりと核心をついてくる。
確かに順当に考えるなら応援の成果が出てない以上、もうひと押し応援する必要がある。
私は茜に、夏希先輩の幸せのために塚田先輩と夏希先輩が上手く行くように行動しようとしていることを話した。
「つまりあれだ、夏希先輩に柳澤先輩のことを諦めさせるってわけだ」
「そういうこと」
うん、茜は物分りがいいね。私は満足してニコリと笑うと頷きかけた。
しかし、茜は考えを巡らすように唸ると、やがてその胸の内を吐露した。
「でも、それでほんとに夏希先輩は諦められるの?」
「どういうこと?」
「いや、夏希先輩って結構男らしいところあるっていうか、一度決めたらまっすぐ突き進むタイプじゃん。それなのに何もしないで柳澤先輩のこと諦められるのかなって」
「それは……」
「ちゃんと告白して、ちゃんと振られて。そのほうが夏希先輩的にはスッキリするんじゃない?」
茜の言うことは最もなように聞こえた。
夏希先輩ならそう言っても不思議はない。でも――
「でも、そうなると夏希先輩は傷つくことになる。それもものすごく」
「それはそうかもしれないけど、傷を負うことで前に進めることだってあるでしょ」
「……だめ。夏希先輩は強い人だけど、これには耐えられない。夏希先輩がどれだけ先輩のことを好きでいたか、思い続けてきたか、茜は知らないんだよ」
私にとって夏希先輩が世界の全てであるのと同じように、夏希先輩の世界において先輩が占める割合は多い。
間違いなく致命傷を負う。いくら夏希先輩でも耐えられるはずがない。
「ふーん。まぁ千秋がそう言うならそうなのかもしれないけどさ。でもだからって邪魔するのもどうかと思うけど」
「大丈夫だって。邪魔って言っても本気で二人の仲を引き裂こうとかは考えてないし。応援の時と同じようにこれもお試しだから」
「ほんとかなぁ……? 程々にしないと夏希先輩に嫌われちゃうよ?」
「夏希先輩に嫌われるようなことを私がするわけ無いじゃん」
「それ、この世で一番信用できないセリフだな」
「それは政治家が言う『日本をよくする』のほうだと思うけど」
「……やめてやんなよ。本気で良くしようとしてる人もいるかもしれないじゃん」
それから私は頭の中に浮かんでくるオペレーション・ラブシーフの概要を茜に聞かせ、彼女からもらった意見を参考に大まかな骨組みを組み立てていった。
そして自習の時間いっぱいを使って、簡単な流れまでは形にしたのだった。
作戦実行は春休み。それももう目前に迫ってきている。早急に塚田先輩と打ち合わせする必要がある。
そう思うが否や、私は塚田先輩にメッセージを飛ばすのだった。
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