第151話 雪下の新芽は春先に綻ぶ
――そういえばさ、明日雪芽さんの誕生日だけど、お兄ちゃんプレゼント用意した?
晴奈からそんなことを言われたのは、俺がせっせとホワイトデーのマカロン作りの練習をしていたときだった。
出来上がったマカロンを自分で食べるのも飽きるので、晴奈に味見をお願いしていたのだ。
……え? 誕生日? 雪芽の?
あれ、雪芽の誕生日って13日だったっけ? うんと昔の夏休みに聞いたことあった気がするけど、記憶にない……。
そうして記憶を探っていると、事情を察したらしい晴奈は呆れた視線をよこして、友達なのに知らないのかと尋ねた。
思い返してみれば確かに雪芽の誕生日だった気もするが、正直夏休みの間はそれどころじゃなかったし、直前もホワイトデーのことで頭がいっぱいだった。
さすがにマカロンを誕プレにというわけにもいかないよなぁということで、誕生日当日はおめでとうを伝えるだけに留めて、同時にある提案をしていたんだ。
それがいよいよ明日に迫った日曜日の誕生日会だ。
誕プレもこれから用意しに行くし、休日なら人の集まりもいいし時間の制約もない。我ながら賢い選択だと思う。
問題があるとすれば、事前に雪芽の欲しいものをリサーチできなかったことか。
夏希のときは何回目かのループの中でぬいぐるみがほしいことを知れたので、今回の夏休みでもプレゼントしてあるんだが、雪芽は何がいいかな……。
「でさ、お兄ちゃんは何プレゼントするかもう決めたの?」
俺が街に向かう電車の中で腕を組み考えていると、隣に腰掛けた晴奈がそう問うてきた。
「まさに今考えていたとこだ。何にしたらいいかな?」
「……そんなことだろうと思った。てかお兄ちゃんあたしより雪芽さんと話すこと多いでしょ? なんですぐ思いつかないのさ」
「いや、あいつ物欲ないんだよ。何ほしいか聞いても、みんなで誕生日会を開いてくれただけで嬉しいよ! 今までそんな経験なかったから。とかって言いそう」
「……それ雪芽さんの真似だとしたら似てないよ。まぁたしかに、雪芽さんならそう言いそうだけど……。でもだったら何あげれば雪芽さんが喜ぶかを考えて選べばいいじゃん」
俺の渾身のモノマネを一蹴した晴奈は簡単にそう言うが、それを考えるのが難しいんじゃないか。
前に辛いもの好きだって聞いたからそれも考えたけど、形の残るもののほうがいいと思って却下した。
でも形に残るものってなにがいいんだ? 文房具は自分の好みとかあるだろうし、何よりありきたりすぎる。
ネックレスとかのアクセサリー系も好き嫌いがあるし、恋人でもないのにそんなもの贈ったら重いよな……?
「やっぱ夏希と同じようにぬいぐるみがいいかな? 確かあいつ東京のおばあちゃんちで犬飼ってるって言ってたし、犬のぬいぐるみなんていいんじゃないか?」
「それはあたしが買おうとしてるやつだからダメ! 他のにして」
「あ、ずりぃぞ」
「なにもずるくないし」
「じゃあ二人からってことで――」
「ありえないから」
「だよなー」
しかし、ぬいぐるみがダメとなるとどうしたものか……。
こういった他人へのプレゼントを考えるのって苦手なんだよなぁ。本人に直接何が欲しいか聞いたり、一緒に買いに行ったりするほうがよっぽど楽だ。何よりそのほうが失敗しないしな。
だが、雪芽に聞いても答えが返ってくることはないだろうし、やはりこちらで考えないといけなさそうだ。
「うーん……」
「そんな悩むことある? 雪芽さんならそれこそ何あげても喜びそうだけど」
「だから困るんだろうが。変なものあげても喜んで使いそうだし」
どこのお土産? みたいな謎の像とかあげても喜んで部屋に飾りそうだし……。余計に下手なものはあげられない。
「まぁお店に行けば何かみつかるんじゃない? 適当にぶらついてればさ」
「それもそうか。よし、考えるのはやめだ!」
「いや、やめちゃダメでしょ」
なんとかなる。そう思い直して俺は考えることをやめた。
そうして電車はまだ見ぬ雪芽へのプレゼントへ向かって、俺を運んでいくのだった。
――――
俺たちは街について早速プレゼントを探すことにした。
晴奈はもう店の目星もついているみたいで、迷いのない足取りで駅ビルを進んでいく。
俺もプレゼントになりそうなものを探しながら晴奈の後を追う。
「あ、あった! これにしようかと思ってるんだよね」
大きな雑貨屋に入ってしばらくして、晴奈はそう声を上げた。
見れば晴奈の指差す先には大きな犬のぬいぐるみがある。ゴールデンレトリーバーだろうか? 一抱えもありそうなサイズだ。
値札を見れば、「おやすみ犬抱きまくら」と書いてある。どうやら抱きまくらのようだ。
「……ってちょっと待て。これ4000円もするじゃねぇか。お前これ買えるのか?」
「買えるけど。もらったお年玉まだたんまりあるし」
「馬鹿な、俺が1ヶ月で使い切ったお年玉をまだ残しているなんて……。我が妹ながら恐ろしい貯金力……」
「お兄ちゃんがすぐ使っちゃうだけでしょ? お年玉貰う前からゲーム買うんだって言ってたし」
だってうちお小遣い少ないし、お年玉くらいでしかまとまった収入ないんだもんな。
そしてお年玉はゲームの購入と課金に消えた、と。
新年だったからな。課金した価値はあったよ、うん。
「しかしこんな高いものプレゼントするなんてすごいな。俺もこれくらいにしないといけないのか……?」
「値段じゃないよ。あたしは雪芽さんにはこれがぴったりだって思ったから贈るだけだし」
「え、いつの間にそんな大人っぽいこと言うようになったの? お兄ちゃんを置いて一人で大人にならないで!」
「きゅ、急に何? あたしだって来月から中3だし、いつまでも子供じゃないってのっ」
少し取り乱してしまったな。妹の成長が嬉しい反面、俺を置いて大人になってしまった気がして妙に焦ってしまった。
晴奈はそんな俺から距離を置くように身を引いているが、その表情は少し自慢げだった。
しかしそうか、晴奈ももう中3か。こいつも誕生日は今月末だし、それでもう14歳なんだな。
俺が中学に上がるときに行かないでと泣いて、高校に上がるときにももう一年中学にいてと駄々をこねていた晴奈が、もう受験生になるのか。
なんだか妙に胸が熱くて。でも嬉しいとはちょっと違う気持ちだ。
嬉しさに切なさと郷愁を少し足したような。なんていうんだろうな、この気持は。
子供が成長していくのを見る親ってのは、みんなこんな感情を抱えて生きているんだろうか。
それはきっと、とても素晴らしいことなんだと、ぼんやり考えていた。
「で、お兄ちゃんはなにかプレゼント見つけたの?」
「おっと、そうだったな。感傷に浸ってたわ」
「……選ぶ気ある?」
「もちろん」
しかしこの雑貨屋は色々置いてあるんだな。
文房具を始めとして、バッグやスマホケース、香水に化粧品まで置いてある。
ここなら何か一つくらいビビッとくるものがあるだろう。
そうして物色しながらあちこち歩き回ってみる。
ほー、名入ボールペンなんてのもあるのか。文房具なんてありきたりだと思ってたけど、これなら唯一感が出ていいかもな。
スマホケースも色々あるな。確か雪芽はuPhoneだったし、見ればuPhone用のケースもいろいろある。いくつかのパターンから選択して自分の好きなようにカスタムしたケースも作れるのか。
そんな風にあてもなくブラブラしていると、視界の端にあるものが映った。
……うん、色や柄も雪芽のイメージにぴったりだし、普段使うにも困らない品だ。それに名入もできるみたいだし、プレゼントにはもってこいな気がする。
「どお? なんかいいもの見つかったー?」
「ああ、あれなんていいんじゃないか?」
俺の後をついてきていた晴奈は、退屈であることを隠すこともしない声色で、急に立ち止まった俺にそう問うた。
そして俺が指さした商品を見て、満足気に微笑む。
「うん! いいんじゃない? お兄ちゃんにしては気が利いてると思う」
「ばっかお前、俺はいつでも気が利くお兄ちゃんだろうが」
「えー? どこが?」
一言余計だったが晴奈の賛成も得られたし、一通り見て回っても他にいいものがなかったし、これに決定するか。
そう決めた俺は早速店員さんを呼んで、雪芽へのプレゼントを購入したのだった。
――――
プレゼントを買った翌日。俺は晴奈と一緒に駅へ向かって自転車をこいでいた。
誕生日会の話をすると、隆平やヒナも参加したいとのことだったので、駅前のサイセで誕生日会を開くことにしたのだ。
会費はみんなで出し合って雪芽の分は奢りだ。さすがに中学生から全額取るわけにもいかないので、晴奈と由美ちゃんの分は俺が半分出すことにした。
誕プレに会費もとなるとそこそこ痛い出費だが、そもそも雪芽の誕生日を覚えていなかったのが悪い。
なに、次のガチャ更新のときに課金を我慢すればいいだけの話じゃないか。よゆーだよゆー。
そんな風に俺の切ない財布事情に頭を悩ませているうちに、駅についていたようだ。
駅の改札をくぐるとすでに雪芽たちは到着していて、俺と晴奈を見つけると各々挨拶を交わす。
程なくしてやってきた電車に乗って、俺たちは街を目指した。
夏希や由美ちゃん、晴奈との会話に花を咲かせる雪芽は、いつにもまして楽しそうに見える。
どうやら彼女らは、ヒナも含めてバレンタインのチョコ作りを一緒にやった仲らしく、俺の知らぬ間にずいぶんと仲良しになっていたようだ。
雪芽にも仲のいい友達がこんなにできたんだ。もう俺がずっとそばにいる必要はないのかもしれないな。
そんな一抹の寂しさを感じながら、電車はあっという間に街に到着する。
駅を出て目的地のサイセにたどり着くと、隆平とヒナが待っていた。
「ウェーイ! これで全員揃ったっしょ! とりまドリンクバーで1時間粘る感じ?」
「おい待て、なんでこいつがいるんだよ」
サイセの前で待っていたのは二人だけではなかった。やたらとうるさいのがもう一人いやがった。
そいつは文句を言う俺に向かって、やかましいほどに明るい笑みを浮かべて言う。
「パーティーには盛り上げ役が必要っしょ? だったら俺がいないと始まらないじゃん?」
「いや意味が分からん。ってか高野がいるってことはもしかして……」
慌ててあたりを見回す俺に、ヒナと高野は苦笑いを浮かべる。
「優利ならいないよ。本当は行きたいけど俺が行ったら陽介が嫌な顔するだろうからね、って言ってた。あと雪芽に誕生日おめでとう、だって~」
「そんで会費も負担してくれたんよ。リンリンまじイケメンじゃね?」
……まぁ、あいつなりに気を使ったってことか。
でも会費の負担までしてくれなくてもいいのにな。律儀なやつだ。
そんなこんなで予定外の一人が増えたが、俺たちはサイセに入ってささやかながら誕生日会を開催した。
雪芽を中心に各々注文を済ませ、一通り品が出揃ったところで、俺はコーラの入ったコップを片手に立ち上がる。
「えー、では言い出しっぺの俺から一言。えーこんなに人が集まるとは思ってなかったので、ささやかにやるつもりが――」
「雪芽誕生日おめでとー! かんぱーい!!」
「「かんぱーいっ!」」
「おいまたこの流れか!?」
いつかの打ち上げの時のように、俺がするはずだった乾杯の音頭はヒナに横取りされてしまった。
でもまぁ、みんな楽しそうにしているしいいか。何より主賓の雪芽が笑っているのだから、なんの問題もないじゃないか。
こうしてゆるっと始まった誕生日会は、しばし歓談の中食事を楽しみ、やがてプレゼントを渡す流れになった。
それぞれが思い思いのプレゼントを渡して、そのたびに雪芽は嬉しそうに声を上げていく。
ヒナは雪の結晶をかたどった小さなイヤーカフを。控えめで上品なものだ。
高野は行列のできる駅前のケーキを。広瀬の親のコネで手に入れたらしい。
隆平はこの辺りで有名な七味唐辛子のセットを。辛い物好きにはたまらないだろう。
夏希はちょっと高級な日焼け止めを。これからの時期には必須らしい。
由美ちゃんは手軽に作れる料理集を。冷蔵庫の余り物の片づけ方とか、俺が知りたいくらいだ。
晴奈は大きな犬のぬいぐるみを。雪芽は祖父母の家に置いてきた愛犬を思い出すと喜んでいた。
そして視線は俺に集まる。
なんだか流れでトリを務めることになってしまった。なんかちょっと緊張するな……。
「あー……、大したもんじゃないが、俺からはこれを」
包を受け取った雪芽は、目で開けてもいいかと尋ねてくる。
俺は一つ頷くと、口の乾きを潤すためにコップのコーラを飲み干した。
「これは……、ハンカチ、だよね?」
「あ、ああ、そうだ。いくつ持ってても腐んないだろ?」
雪芽の手の中にある白いハンカチは、ぐるりと薄い青の線で縁取られており、右下ではその線を飛び跳ねた軌跡とするかのように、小さな妖精と雪の結晶が踊っている。
その反対に位置する左下には、目立たない程度の大きさで"Y.I"と刺繍が施されていた。
これはあの雑貨店で「オリジナルハンカチを作っちゃおう!」と打ち出されていた商品だ。
ハンカチの色や縁の色、柄。キャラクターやアイコン。それにイニシャルなどの名前。
何通りかあるそれらの中から好きなものを選んで、自分の好みのハンカチを作れるというものだった。
本来なら手元に届くまで1週間近くかかるらしいが、ダメ元で店員さんに聞いてみたら、運良く俺の選んだ組み合わせが在庫にあったのだ。
いわゆるプリセットのような組み合わせだったらしく、故に名入だけで済んだわけだ。
プリセットだとちょっとオリジナル感が薄いが、もとよりそこが目的じゃないから構わない。
「雪の精だし、お前にぴったりだなと思ってさ」
ハンカチをじっと見つめたまま何も言わなかった雪芽は、ゆっくりと顔をあげると雪解けのような笑みを浮かべて言った。
「えへへ、ありがとう! 大事に、大事に使わせてもらうね!」
その笑みを見て、俺も安心して笑みをこぼすのだった。
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