第149話 本当の気持ちは2月に秘される
「えっ? もう一つ……?」
「あー、ほら。バレンタインではチョコ2つもらったからな。お返しも2つにしないとと思ってさ」
2つ目のマカロンを受け取ったユッキーは、陽介の言うことに心当たりがあるようで、一瞬私の様子を
その目が、どこか私の機嫌を窺うような申し訳無さそうなものだったから、私の知らない2つ目のチョコがどんな意味を持つものなのかは瞬時に分かった。
「……へぇ? 陽介はユッキーから2つもチョコもらってたのね。欲張りなやつ!」
「お前は後輩から大量にもらってただろ? それくらいいいじゃんか」
「私は女だからいいのよ。どうせあんたがくれくれって言ったんでしょ?」
「いやそんなことは――」
「違うのなっちゃん! 私が押し付けたの。余っちゃったから……」
だんだん言葉が尖り始めた私を落ち着かせるためか、ユッキーは陽介の言葉を遮るようにして声を上げた。
私を見るユッキーの目は何かを訴えるように真っ直ぐで、私は少し冷静さを取り戻す。
「ふーん、まぁそれならいいんだけど……。でも、今年はいっぱいもらったからって調子に乗ったらだめだからね!」
「調子になんて乗ってねぇよ。……え、乗ってないよな?」
不安そうな顔をして周囲の顔色を窺う陽介を隆平がからかいだして、その場は一旦の落ち着きを見せた。
私がほっと胸を撫で下ろすと、隣でユッキーも同じような顔をしていた。
そして私と目が合うと、困ったようにはにかむのだ。
どういうことなのかは後で聞くとして、今は一旦落ち着きなさい、私。
最近良くない想像ばかりしてたから、冷静さを欠いて先走っちゃった。
……焦ったってしょうがないってのにね。
そう言い聞かせても、みぞおち辺りに居座った焦燥感は消えてくれなかった。
――――
終わりのチャイムが鳴り響く。3月14日が終わっていく。
昼休みには、何かを期待してやってきた千秋に、後輩たちへのお返しの品を渡した。市販の徳用菓子だったけど、千秋はすごく喜んでくれた。みんなも喜ぶだろうって。
授業の合間の休み時間では、ユッキーから掻い摘んで事情を聞いた。
渡したのは本命チョコで間違いないけど、本命だとは言ってない。結局恥ずかしくなって言えなかったらしい。
そんな色々なことがあったホワイトデーも、もう終わろうとしている。
たが、今日という日が終わってしまう前に、私は陽介に確認しておきたいことがあった。
「ねぇ陽介、そういえば私の作ったお返し、まだ渡してなかったわよね?」
放課後になり、皆が各々帰り支度や部活に行く準備を進めている中、私は素早く荷物をまとめて陽介に声をかけた。
「あれ、そうだったか。俺からは渡してたから交換したつもりになってた」
「……忘れてたわけ?」
「そ、そうじゃないって。で、夏希もマカロン作ってきたのか?」
バツが悪そうな笑みを浮かべる陽介を少しの間睨みつけてから、私はため息を付く。
「当然作ってきたわよ。でも部室においてきちゃったから、ちょっと付き合ってくれない?」
「ん、分かった。雪芽。ちょっと夏希と部室行ってくるからここで待っててくれ」
陽介は隣の席で帰り支度を進めていたユッキーにそう声をかけると、中身の入っていない軽そうな鞄を手に取る。
「え? うん、分かった」
陽介に返事をするユッキーは戸惑う瞳を私に向ける。
その瞳に、私は小さく笑いかけた。
ごめん、ユッキー。あんたを疑ってるわけじゃないの。それでもまだ不安だから、確証がほしいだけなの。
そうして私は陽介を引き連れ教室を出ると、未だ背中に感じるユッキーの視線を遮るように教室のドアを閉めた。
うちのクラスが少し早めにホームルームが終わったせいか、廊下にはまだ他教室の担任の先生が連絡事項を伝える声が漏れ聞こえている。
これなら部室に他の生徒が来ることもなさそうだ。
陸部の部室の扉を開けると中にはやはり誰もおらず、寒々とした空気が足元をかすめていった。
その中に入って、私は自分のバッグを探す。
本当はお返しのマカロンを教室に持っていっていたけど、陽介に確認しなくちゃいけないことができたから、こうして部室まで運んでいたのだ。
そのほうが、ふたりきりになる口実にちょうどよかった。
「あっ、あったあった。はいこれ。できはいまいちかもだけど、一応頑張って作ったから」
中を漁って取り出したマカロンは、自分的にはよくできていると思うけど、陽介のを見せられたあとでは少し見劣りする気がした。
それを受け取った陽介は、私のマカロンをまじまじと見つめては、「おー」だとか、「はぁー」だとかため息みたいな声を上げている。
「な、なによ?」
「いや、よく出来てるなと思ってさ。一緒に練習してたときはお互いズタボロだったのに」
「お世辞はいいわよ」
陽介は世辞じゃねぇよと笑いかけると、もう一度私のマカロンを見つめてから、なにかに納得したように頷いた。
「宣言通り、すごいの作ってきてくれたんだな。ありがと。1つ食べてもいいか?」
「ダメに決まってんでしょ!? 家帰ってから食べて。……んで、明日感想聞かせてよね」
「分かった分かった。帰ってからのお楽しみにしとくよ。感想はどのくらい必要? 400字くらい?」
「そんなにいらないわよバカ。30字以内で簡潔にして」
400字にしろと言ったら、こいつは本当にそんなに書いてくるのかな。
ちょっと気になったけど、本当にそんなに書かれたら恥ずかしくてどうにかなりそうだから、冗談でも言うのはやめておいた。
陽介はそんなやり取りを楽しむように笑うと、この場で食べられないのが残念なのか、少し名残惜しそうに渡したマカロンを鞄にしまい込む。
「じゃあ――」
「ちょっと待った」
部外者は退散とばかりに部室から出ていこうとする陽介を呼び止め、私は本題を切り出す。
「今朝言ってた話。ユッキーから2つ目のチョコもらったってやつ。あれ本当なの?」
「え? あぁ、本当だけど……。それがどうかしたのか?」
私は乾いた唇を無意識に舐めると、次の言葉を投げかけるために小さく息を吸った。
「その時、さ。ユッキー、なにか言ってた?」
「何かって、何だよ?」
「その……、2つ目のチョコについて、とか」
陽介は私を
「これが本当に渡したかったものだって。1つ目は義理チョコだったからって。そう言ってたな」
……なによそれ。ほぼ本命だって言ってるようなもんじゃない。
恥ずかしくて言えなかったなんて、嘘とまでは言わないけど嘘みたいなもんよ。
「でも、じゃあこれは何チョコなのかって聞いたら、秘密だって言われたよ。一瞬本命チョコなんじゃないかって期待したけど、なんか違うみたいだし」
「……あんた、それ本気で言ってんの?」
「いやだって、あれからなにもないし、友チョコとかそういうのかなぁって……。夏希だって似たようなもんだったろ?」
「私のはっ、……違うわよ」
「うん? じゃあ何だったんだよ?」
「それは……」
それは、当然本命チョコに決まってるじゃない。
そう言えたら、どれだけいいだろう。今目の前で私の気持ちなんてこれっぽっちも分かってない朴念仁に、あんたのことが好きなんだって言ってやれたら。
……そうよ、言ってやればいいじゃない。ユッキーのは本命かもしれないって思ったのに、私のはただの友チョコだと思われてるのよ?
そりゃそう勘違いされても仕方ないような渡し方したけどっ。なんか、悔しい。
あの時、バレンタインデーの放課後に伝えられなかった言葉を、今伝えてやればいい。それで、いい加減分からせてやるの。
心臓の音がドクンドクン、と脈打つのを感じる。頭に血が上って顔が熱い。
私は何かをこらえるように拳を握り込んだ。
……言おう。言わなくちゃ。いつも肝心なところであと一歩が踏み出せなくて、私はこんな所まで来ちゃったんじゃない。言ってしまえばきっと、きっと楽になる。言おう、言おう、言え! 私っ!
「っ――」
「ていうか、なんで二人してお互いのチョコのことが気になるんだ? 気になるなら俺じゃなくて本人に直接聞けばいいと思うんだけど……」
胸の内を吐き出さんと吸い込んだ空気は、言葉にならずに抜けていった。
風船がしぼむように、私の決意も失われていく。
それは言葉を遮られたからということもあるけど、陽介が気になることを口走ったからだ。
「お互い……? ユッキーも同じこと聞いてきたってこと?」
「ああそうだよ。お前からチョコもらったあと一緒に帰ったんだけど、そのときに夏希はチョコのことでなにか言わなかったかって、そう聞かれた」
「なによそれ……」
「さあ? 俺にもよく分からないんだが……。夏希分かるか?」
ユッキーが陽介にした質問の意図は分かる。
きっと、私がチョコを渡すときに、陽介に想いを伝えたかどうかを確認したかったんだと思う。
そして私が想いを伝えられなかったことを知った。
「じゃあどうして……?」
どうして本命チョコだって言わなかったの? ほとんど本命だとしか受け取れないようなことを言っておいて。
それに、私の想いが伝わっていないことを知ってからチョコを渡したんでしょ? なのにどうして……?
「……分かんない。何考えてんのよあの子」
「そうか、夏希もよく分からないか……」
それから私と陽介は少しの間頭をひねっていたけど、ユッキーの思惑にたどり着くことはなかった。
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