第5章 雪を捕らえた蜘蛛
蜘蛛の足音
第87話 蜘蛛の糸は獲物に迫って
テストが終わった放課後、私たちは陽介の家に集まっていた。
集まっているのはテスト勉強に参加した面々。塚田君も陽介に強く誘われて参加している。
陽介は明日も休みだからこのまま泊まっていけばいいなんて言ってるけど、塚田君は急な話だからって断ってた。
私やなっちゃんにはそんなお誘いは来ないけど、もし来たとしたらお泊りとか、してみたい気もするかも……。
も、もちろん陽介と一緒に寝たりなんてしないよ!? 晴奈ちゃんのお部屋で一緒に寝るだけだよ!?
それにお泊り会とか憧れるし、機会があればやってみたいってだけで――。
……私は誰に言い訳してるんだろう? なんか一人でバカみたい。
「雪芽ー、夏希ー。始めるからこっち来て手伝ってくれー」
一人妄想していた自分が恥ずかしくて俯いていると、台所に立つ陽介から声がかかった。
そうだった、これからみんなで料理を作ることになっていたんだ。
打ち上げって普通外のお店とかでやるものだと思っていたけど、この辺だと家でやるのが普通なのかな?
気になって隣のなっちゃんに聞いてみると、こんなことは初めてだと言った。
どうやら打ち上げを誰かの家でやるのが普通ってわけでもないみたい。確かに、広瀬君たちは街の方で打ち上げをやるみたいだったし。
「でもどうしてわざわざ陽介の家でやるのかな? 隆平もいるんだしどこか学校の近くでやった方がよかったんじゃないの?」
「あぁ、それはたぶんお金がかからないからだと思うよー」
なっちゃんも疑問だったらしく、思わずそうこぼすと、訳知り顔の塚田君が答えをくれた。
「お金? でも食材とか買い込んだら結局外食より高くなっちゃいそうだけど……」
「違う違う。外食だと親からお金がもらえないけど、こうして自分の家で料理を作るならその分のお金がもらえるからだよ。作り置きする形になるから、お許しが出るんだって」
「あんたよくそんなこと知ってるわね……」
私となっちゃんが感心していると、塚田君は笑う。その笑顔が呆れているようにも、懐かしむようにも見えて、なんだか不思議な感じがした。
「ほらお前ら、早くこっち来いって。隆平は皿並べたり頼むわ」
「はいよー」
塚田君は陽介に指示されるとおりに食器を並べ始める。
「じゃあ雪芽さんはあたしと一緒に野菜切りましょう!」
「はーい。晴奈ちゃんにいろいろ教えてもらわないとね」
「お、教えることなんてないですよっ!」
私は晴奈ちゃんと一緒に人参やごぼうを切ることになった。金平ごぼうを作るらしいんだけど、私にも作れるのかな……。
というより打ち上げに金平ごぼうって、あまり聞かないような気がするけど、まぁ、楽しければ料理なんて何でもいいよね!
「そしたら夏希は俺の手伝いをしてもらおうかな。この前からあげの作り方知りたいって言ってたし」
「よーし、陽介から盗めるものはなんでも盗んでいくわよ!」
「いや、そんなに大した技術はいらないって……」
なっちゃんは陽介と一緒にからあげを作るらしい。
むぅ、いいなぁ。私も陽介と一緒に作りたかった。
なんて言っても仕方ないよね。作るものは違くてもすぐ隣にいるんだし、羨ましがるようなことじゃない。
そうして料理を作っているうちに、陽介のお母さんが帰ってきて台所はより一層賑やかになった。
私は初めて会ったけど、陽介のお母さんはとても明るい人だ。
「あなたが雪芽ちゃんねぇ! 陽介や晴奈からよく話を聞くから初めて会った気がしないわ。噂通りとっても綺麗な子ねぇ」
「き、綺麗だなんて、そんな!」
おばさんは私のことも知っていて、なんでか知らないけど私のお母さんやお父さんのことまでよく知っていた。陽介が言うには噂好きの人らしい。
そ、それにしても陽介、私のこと話してるんだ……。なんか恥ずかしいかも。それに噂通り綺麗な子って、その噂は陽介が……?
そ、そんなわけないよね! あの陽介がそんなこと言うとは思えないしっ!
……でも、もしそうだとしたら……、えへへ。
「おばさんも昔はモテモテだったのよぉ? お父さんも他の男の子と私を取り合って――」
「母さん! その話は今はいいだろ? 少しあっち行っててくれよ」
「あらなによ陽介、お母さんはお邪魔ってわけ? まったく、陽介も男の子なのねぇ」
おばさんはそう言うと、ニヤニヤとした笑いを浮かべながら居間に消えていった。
「おばさん、相変わらず元気そうね。昔と何にも変わんない」
「元気すぎて困るくらいだよ……」
なっちゃんは陽介のお母さんを知っているみたいで、陽介に向けて苦笑いを浮かべている。
陽介はそれに
「さて、邪魔が入ったがもう少しで終わりだ。さっさと作って飯にしようぜ」
そうして私たちは素早く料理を仕上げてしまうのだった。
――――
「えー、長かったテスト期間も終わって、みんなのお陰で俺の赤点も回避できたっぽいので――」
「かんぱーい!」
「「かんぱーい!!」」
陽介の乾杯の音頭を遮って、なっちゃんがグラスを掲げる。
それに合わせてみんなでグラスを合わせ、小気味よい音が部屋に響く。
陽介はなっちゃんに文句を言って、それをなっちゃんが適当にあしらって。打ち上げは賑やかに始まった。
テーブルいっぱいの料理とジュースに、私はちょっとした感動を覚える。
こんなに賑やかな食事をしたのはいつ以来だろうか。テストが終わった解放感も相まって、話が弾み、箸が進む。
これが打ち上げなんだ。こういうこと今までしたことなかったから、新鮮でとっても楽しい!
「ほらほら雪芽、じゃんじゃん食えよ! 腐るほど作ったから遠慮なんてする必要ないぞ」
「いや、腐らせちゃだめだろ」
「腐らせるのが嫌なら食え食え! なんせ男は俺と隆平しかいないんだからな!」
陽介も楽しそうにみんなに料理を勧めている。陽介たちもこうしてホームパーティのように打ち上げをするのは初めてみたいだから、きっと私と同じくらい楽しんでいるんだ。
そうして見る陽介の表情は、なんだか子供っぽくてちょっと可愛いと思った。
いつもは大人のような落ち着いた表情で周りを眺めていて、こんな風にはしゃぐことはないから、陽介の新しい一面を見られて得した気分。
「それにしても陽介は池ヶ谷と会えて本当によかったよね。俺と夏希と陽介の3人でテスト勉強してた時はこうはいかなかったし」
「確かに! 私と隆平は同じ科目だったからいいけど、陽介は違ったから2年の前半はズタボロだったものね」
「お前らなぁ……。まぁでも、確かにそうかもな。ホント雪芽には感謝してるよ」
「そんな、大げさだよ! 私はほんのちょっと教えただけで、後は陽介が自分でやっていったんだから」
私は急にそんなことを言われてたじろぐ。
本当に私はきっかけを教えただけで、陽介は自分でそのきっかけを使ってどんどん理解を深めていってた。だから陽介の場合もともと勉強ができない訳じゃなくて、ただ勉強をさぼっているからできてなかっただけなんだ。本当は私の手助けがなくても問題ないはず。
「いやいや、池ヶ谷の教え方は上手だったから陽介だけじゃなく俺も助かっちゃったもん」
「そうそう。私じゃあんなふうに教えられないわよ」
「そ、そうかなぁ?」
なんだかこんなに持ち上げられると照れちゃうな……。本当に大したことしてないのに。
「そ、そうだ! さっきも3人でテスト勉強してたって言ってたけど、3人はいつから仲良しなの?」
これ以上褒められても何も出すものがないので、私は強引に話題を切り替えていく。
とっさに出た疑問だったけど、実は気になっていることでもあった。
3人は私が知るより前から仲良しだったみたいだし、どういう経緯で仲良くなったのか知りたいと前々から思ってはいたのだ。
「いつから? う~ん、いつだっけか? 1年の時?」
「仲良くなったのはそうだよね。昼休みでなんとなく男女で分かれてご飯食べてるときに俺が陽介に前も会ったって声かけてー」
「そうだったか? 覚えてないな……」
「そうよ! 隆平が合格者発表の時に会ったって私たちに声かけてきたんじゃなかった? 私も陽介も知らないって言ってさ」
「あー……、そんなこともあったような……?」
3人は上手く話題にのってくれて、私は一安心とばかりに息をつく。
それからも3人は昔話に花を咲かせていて、それに時々私や晴奈ちゃんが質問を織り交ぜていく。
そうして話を聞いてみると、塚田君と陽介たちは高校の合格者発表の日に会っていたらしい。陽介やなっちゃんは合格だったことばかりに気がいって覚えてないって言ってるけど、塚田君はしっかり覚えていたみたい。
それから陽介とゲームが趣味ってことで気が合って、陸上部でなっちゃんと一緒だったから、必然的に3人は仲良くなったらしい。
そんな話をしているうちに、テーブルの上にあった料理は粗方なくなってしまい、飲み物もほとんどなくなってしまった。
「あら? もうジュース無くなっちゃったのね。陽介、ちょっと隆平君と一緒に買ってきて頂戴」
それを見たおばさんが、陽介に向かってそんなことを言った。
「え、もうスーパー閉まってると思うけど……」
「じゃあコンビニでいいから、ほら行って来て」
「コンビニって、歩きで30分もするんだけど」
「自転車で行けばいいでしょ? 晴奈の自転車使ってもいいから、ほら行ってきなさい」
しばらく陽介はそんな風に文句を言っていたけど、おばさんの強引な指示によって仕方なく出かける準備を進める。
「あの、私は別にもうジュースをいただかなくても大丈夫ですよ?」
「私も、もう十分頂きましたから」
「いいのよ! おばさんがほしいの!」
おばさんはそう言うと、意味深な笑みを浮かべる。
「なぁ母さん、なんで隆平も一緒なんだよ? 俺一人でも大丈夫だって」
「何言ってるの、あんたがいなくなったら隆平君が一人になっちゃうじゃない。いいから一緒に行ってきなさい」
「それもそうか……。よし、行くぞ隆平」
「はいよー」
そうして陽介は塚田君を連れて家を出て行った。
自転車だと15分だとか何とか呟いてたから、帰ってくるのは30分後くらいになるのかな? コンビニなのに結構遠いんだ。
「はい、じゃあ晴奈はお兄ちゃんが帰ってくるまで2階で洗濯物畳んでおいてくれる? お母さんは雪芽ちゃんたちとお話があるから」
「え~、私もお話ししたい」
「手伝ってくれたらお小遣い上げるから、ほら行ってらっしゃい」
おばさんはそう言って晴奈ちゃんを2階へ追いやる。
私たちはその様子を見て二人顔を見合わせる。いったい話って何だろう?
それから、自転車で陽介たちがコンビニに向けて出発した音を聞き、おばさんは満足げに息を吐く。
「さて、これで邪魔者はいなくなったわねぇ。ようやくちゃんとお話ができるわぁ」
そう言うとおばさんは真剣な目をしてとんでもないことを言った。
「それで? どっちが陽介の彼女さんなの?」
「「ぶッ!」」
そのとんでもない発言に、私となっちゃんは同時に噴出しそうになる。
あ、危なかった……。陽介のお母さんの前ではしたない姿を見せるところだった……。
ってそうじゃないよ! どどど、どっちが彼女さんって! いったいおばさんは何を言って……!?
「あら? その反応だと雪芽ちゃんも夏希ちゃんも陽介とはまだそういう関係じゃないのね?」
「ちち、違いますよ! 私は陽介とは幼馴染で、別にそういうんじゃ……」
「わ、私も違います! 陽介とは確かに仲良くさせてもらってますけど、まだ彼女とかそういうのじゃなくて……」
私たちが必死に否定すると、おばさんは呆れたようにため息をつく。
「呆れた……。陽介ったらこんなに可愛い女の子が二人もすぐそばにいるっていうのに、まだ彼女の一人や二人もいないなんて。……その前に、二人は陽介のことどう思ってるのかしら?」
「え!? わ、私は、その……」
そう尋ねるおばさんの目は真剣そのもので、ある種気迫のようなものまで感じる。
そこでなっちゃんは私の方をチラリと見る。それに私は小さく頷いて見せた。
まさかこんな状況になるなんて思ってなかったから、心の準備がまだできてないけど、素直に私たちの気持ちを話した方がいい。……と思う。
「陽介のこと、昔からいいなって思ってます……」
「私も、陽介のことが好き、です」
恥ずかしそうに吐露するなっちゃんに続いて、私も意を決して陽介への想いを口にする。それも陽介のお母さんの前で。
こ、これはいろいろ段階を飛ばしすぎてるんじゃないかな!? まだ陽介とお付き合いもしてないのにこんなっ……!
「なぁるほどねぇ……。陽介も隅に置けないじゃない? おばさんは嬉しいわ!」
おばさんは真剣な表情を緩め、朗らかに笑うと、まだ少し残っていたジュースを私たちのコップに注いだ。
そして自分はどこからともなくお酒を持ってきて、軽く乾杯すると一気に
「それでぇ? 二人は陽介のどこを気に入ったのかしら? はい! まずは夏希ちゃん!」
「え、ええ!? それ言わないといけないんですか!?」
「だめよぉ。陽介の彼女になるかもしれない女の子たちのこと、もっとよく知っておかないといけないものねぇ?」
おばさんは私たちを逃してくれる気はないらしい。私たちはもう一度顔を見合わせて、二人ため息をつくのだった。
そうして観念した私たちはおばさんに根掘り葉掘り聞かれて、とっても恥ずかしい思いをしながら、早く陽介が帰って来てくれることを祈っていたのだった。
――――
3連休も明けて11月も終わりに差し掛かった。風も随分冷たくなって、もう冬はすぐそこまで迫っているようだ。
そろそろマフラーを出さないといけないかも。手袋やホッカイロも、あった方がいいってクラスの皆が教えてくれた。
一歩進むごとに足元を撫でる冷気に、思わず身震いしながら昇降口を目指して歩く。
隣の陽介はちっとも寒くなさそうで、いったいどういうことなんだろうと不思議に思う。
そして、そんな冬を間近にした学校の廊下では、テスト結果の話題に交じって未だに陽介の噂が飛び交っていた。
「あ! ねぇねぇ、あの人、知ってる?」
「あぁ、6人抜きの人でしょ? 知ってる知ってる! ちょーかっこよかったんだって?」
チラリと少し後ろから横顔を見ると、やっぱり陽介は気が付いてないみたい。相変わらず鈍感なんだから。
私は少し足を速めて陽介の隣に並ぶ。まるでここは私の居場所なんだって見せつけるかのように。
陽介のお母さんにも大変だろうけど頑張ってなんて言われちゃったし、私も少し勇気出してみようかな。
わざとマフラーを忘れて寒がってみたら、陽介は私を温めてくれるかな? そんな打算的なことを考えてたら嫌われちゃうかな?
そんなことばかりを考えて、私の意識は遠い妄想の世界に飛んで行ってしまう。
それだから、その噂の続きを、聞き逃してしまったんだ。
「違う違う。あのリレーの時、あの人八百長してたんだって」
「八百長?」
「そう、なんでもバトンをわざと落としたとか、落とさせたとか」
そうして私たちの知らない所で、噂は広がっていく。
それはまるで、一度掘った溝を水が流れていくように、すでにある線をなぞるように、素早く確実に広まっていく。噂を噂で上書きしていく。
やがてそれは
そうして捕まってはじめて、私たちは気が付くんだ。もうどこにも、逃げ場なんてないってことに。
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