深まる秋の別れ
第80話 田舎のハロウィンは静かに過ぎる
「じゃあねー、由美! 柳澤さんもまた来週!」
「うん、また来週ー!」
「えっと、また来週」
あたしが帰る支度をしていると、クラスメイトの女子がそう声をかけてきた。
由美が返すのに
由美に
最初は周りの目が気になって思ったように由美と話せないこともあったけど、今はもういつもと変わらないように話せるようになってきた。
そのせいか、由美を通じてクラスメイトからも声をかけられることが多くなり、あたしは徐々にクラスになじんできていた。
もう、あたしが空気でいる必要はなくなったんだ。もしまた由美がいじめられるようなことがあっても、今度はあたしが助けになるって、そう決めたから。
「晴奈、ほら行くよ!」
「分かったから引っ張んな」
由美もそんなあたしの態度を悟ってか、学校でもあたしといることを優先するようになった。
未可子さんをはじめとする由美の友達は、それを面白く思ってないみたいだけど、由美はそんなこと気にしてないみたい。
でも、あたしのせいで由美の友達が離れていくのはなんか申し訳ないから、あたしも未可子さんたちと仲良くなれるよう努力してみよう。
そんなことを考えながら、あたしは由美に手を引かれるまま教室を出た。
「じゃあ今日はウチんちにこのまま来るってことでいいんだよね?」
「うん。あ、ちょっと待ってて」
昇降口から下ばきに履き替え外に出たところで、あたしは由美に断って一人体育館前に足を運ぶ。
「……やっぱりか」
しかし、そこにエロ猫の姿はなかった。
一体どこに行ったのか、昨日からエロ猫の姿を見ていない。
最近は学校でも由美と一緒にいることが多くて、エロ猫と話をする時間もあまりなかったんだけど、チラチラ視界には映っていた。
それがどうしたことか、昨日から姿もめっきり見なくなった。
あれだけあたしの後をつけ回して、ついて来るなと言っても聞かなかったエロ猫が、いったいどういう心境の変化だろう?
「どうしたの? 晴奈」
「……ううん、なんでもない。いこ」
あたしの様子を不審に思ったのか駆け寄ってきた由美に、何でもないと笑って見せる。
そうして背を向けてあたしは歩き出す。
……きっと気持ちい昼寝スポットを見つけたとか、好みの女の子を見つけたとか、そんなことでしょ? 猫は気まぐれなんだし、別に不思議なことは何もない。
……なにも、ないはずだよ。
もう一度、振り返ってみたけど、そこにやっぱりエロ猫はいなくて、ただ枯れ葉が風に舞っているだけだった。
その日、それでもなんだか不安になってしまったあたしは、家に帰ってからお兄ちゃんにエロ猫のことを話してみた。
「エロ猫がいないって?」
「うん。いつもウザいくらい後つけてくんのにさ、昨日から影も形もないんだよ」
「また誰か女子のスカートでも覗きに行ってるんじゃないか?」
「あたしもそう思ったけどさ、もし車に
「なんだ、心配なのか?」
「ち、違うしっ! あんなエロ猫のこと心配なんてしてないから!」
あたしはそう言い返すと、バカ兄貴はニヤニヤした笑いを浮かべながら、疑いの言葉を並べる。
ホントだっての! 心配はしてないけど、万が一そういうことになってたらって話だし!
バカ兄貴はしばらくそうしてあたしをからかった後、あたしの頭に手を置いて、くしゃくしゃにかき回した。
「ちょ、なにすんの!? やめてっ」
バカ兄貴の手を払いのけて、あたしはぐしゃぐしゃになった髪を整える。
……ったく、絡まったりしたらどうすんのさ。あー、静電気もひどいし、マジ最悪……。
「大丈夫だって、あいつは役目を果たしたからお前につきまとわなくなったんだって」
「はぁ? 役目?」
髪をぐしゃぐしゃにされたことに対する苛立ちから、あたしは語気を強めて聞き返す。
そうして見上げたお兄ちゃんの顔は、なんだか誇らしげに見えた。
「そ。俺が頼んどいたんだよ、晴奈のこと気にかけてやってくれってさ。それで晴奈はもう由美ちゃんと仲直りっていうか、したんだろ? 学校でも由美ちゃんと仲良くしてるみたいだし、その様子を見てエロ猫はもう大丈夫だって思ったんじゃないか?」
「え、ちょっと待ってなにそれ? あたし聞いてないんだけど」
「そりゃ言ってないからな」
さも当然だと言わんばかりに頷くバカ兄貴に、あたしは開いた口がふさがらなかった。
ってことはもしかして、エロ猫がしつこく学校に来ていたのはバカ兄貴のせいってこと?
後から聞いた話だけど、由美がお兄ちゃんにあたしのこと相談したみたいだし、もしかしてこの二人と一匹、共謀してたの!?
「……謀ったな、お兄ちゃん」
「え? 謀った? 何の話だ」
そうして睨み付けても、バカ兄貴はアホ面を晒すだけだった。
「きっと大丈夫だよ。どうしても心配なら駅にでも行ってみたらいいんじゃないか? もしかしたらいるかもしれないし」
「うん……。って、心配とかしてないからっ」
「はいはい」
そうしてお兄ちゃんは笑いながら部屋に戻っていった。
明日、ちょっと駅まで様子を見に行ってみよう。幸い土曜日で暇だし、一日エロ猫を探してみるのもいいかもしれない。
あいつのことを心配しているわけじゃないけど、あんだけ迷惑かけておいて一言もなしに居なくなったりしたら許さないんだから。
――――
翌日、あたしは自転車に乗って駅に向かっていた。
お兄ちゃんの言う通り、エロ猫は駅にいる可能性が高い。というより普段から駅にいるんだし、当然と言えば当然だ。
お兄ちゃんたちと共謀していたことについても問いたださなきゃいけないし、文句の一つも言ってやりたい気分だった。それに、他にも言いたいことがあるし。
田んぼの
それもいくつかの田んぼでしか見られなくなり、ほとんどはひび割れた地面と、まるで机に立てられた
青々と茂っていた草木もすっかり色を失い、道端の雑草も多くは枯れ始めていた。
秋も深まり、遠くに見える道路わきのイチョウ並木も、すっかり黄色に染まっている。きっと山の方はもう紅葉した木々で彩られているのだろう。
そういえばお兄ちゃんが、今度雪芽さんたちも一緒に紅葉狩りに行こうなんて言ってたっけ。なんで急にそんなアウトドア派になったのかは知らないけど、雪芽さんと一緒にいられるならあたしはなんでもいいや。
そうして秋に衣替えを済ませた景色を見ながら、あたしは駅にたどり着く。
自転車を止めて辺りを見回してみるけど、エロ猫の姿は見当たらなかった。
「エロ猫ー。いるなら出てこーい」
そうして声をかけてみても、返事をするのは風に舞う枯れ葉くらいのもので、あたしはあたりを捜索してみることにした。
駐輪場や駅舎の周り、駅舎の中やホームに至るまで。そうしてくまなく探してみても、やっぱりエロ猫の姿は見当たらなかった。
もしかしたらちょうど出かけているのかもしれない。だとしたらしばらく待っていれば帰ってくるはずだ。
あたしは駅舎の中の椅子に座って、エロ猫の帰りを待つことにした。
取り出したスマホで漫画を読み、物音がするたびに顔を上げる。
それは電車であったり、車であったり、鳥であったりと様々だったが、どれもエロ猫とは関係のないものだった。
そうして何本の電車を見送っただろうか、スマホの充電も少なくなってきて、あたしはそろそろ帰ろうかと腰を浮かせた。
その時、駅舎の外で物音がして、あたしは慌てて外に飛び出す。
駅舎の扉を開けると、少し離れたところにエロ猫がいるのが見えた。
「エロ猫!」
あたしの声にエロ猫が振り返る。
しかしその顔は、あたしの知っているエロ猫のそれではなかった。
「……違う」
去っていく猫の体にハートの柄はなく、あれは別の猫だったと分かった。
あのエロ猫、ホントにどこ行ったんだよ……。事故とか、あってないよね……? あるいは誰かにいじめられてるとか……。
あーもうっ! エロ猫の癖に心配させんなっ! どこか行くなら行くで何か一言残して行けっての!
「……って違う! あたしは別にあいつのこと心配なわけじゃなくて――」
……あたし、誰に言い訳してんだろ。バカみたい。
あーぁ、もう日も落ちてきたし、帰ろ。どうせ女の子のお尻でも追いかけてるんでしょ。心配するだけ損ってもんだよ。
そうしてあたしは自転車にまたがり、家路につくのだった。
家につくと、お兄ちゃんはあたしを待っていたようで、何やら嬉しそうに話しかけてきた。
「晴奈、31日は暇か?」
「まぁ、学校終わったら暇だけど」
「雪芽がさ、ハロウィンだから夕方からパーティーでもしないかって言って来てさ、晴奈も一緒にどうかなって」
「雪芽さんとハロウィンパーティー!? 行く行く!」
あたしが参加の意思を見せると、お兄ちゃんはそれを予想していたように頷いた。
「じゃあ雪芽にもそう言っておくな。しかしハロウィンなんて何やるんだろうな?」
「仮装とかじゃないの? あとお菓子貰うやつ」
「マジか……。俺たちなんて仮装どころかハロウィンでパーティーもしたことないぞ?」
「ついでに言うとハロウィンにカボチャを食べたりとかもしてないしね」
東京だと仮装パーティーで渋谷が大混乱とか、よくテレビで見かけるけど、こんな田舎じゃハロウィンを祝う家の方が珍しい。
お母さんが言うには若い夫婦の家とかはイルミネーションをしたりすることもあるらしいけど、老人の多いこのあたりではそんなものを見ることすらない。
そういえば由美の家は毎年カボチャのランタン作って飾ってたっけ。由美んちはお父さんもお母さんも若いし、そういうのに敏感なのかも。
うちでのハロウィンと言えば、お母さんが買ってくるお菓子がいつものパッケージじゃなくてハロウィン仕様になってるくらいだし。いままであんまり意識したことないんだよね。
あ、そういえばお兄ちゃんがよくハロウィン限定がどうとか騒いでた気もする。どうせゲームの話だろうけどさ。
「仮装するのかどうかも雪芽に聞いておくか。あと必要なものも」
「やめてよっ! なんか田舎者っぽいじゃん」
「いや、田舎者だろ、俺たち」
まぁ、そうだけどさ。なんか恥ずかしいじゃん!
それにしてもハロウィンか。いままであたしには関係なかったイベントだけど、楽しみになってきたかも!
「……あれ、ちょっと待って、ハロウィンって前にもなんか聞いた気がする」
「は? そりゃそうだろ。毎年やってんだから」
「そうじゃなくて、なんか最近誰かから聞いた気がするの」
今まですっかり忘れてたけど、ハロウィンって言われて思い出した。あれは一体誰に言われたんだろう?
「しばらくしたらポンと思い出せるだろ。それより今日駅に行ってたのか?」
お兄ちゃんは他人事だからと無責任なことを言って話題を逸らす。
あーもうっ! 今ここまで出かかってるんだから黙ってて!
「……駅?」
「ん? そう、駅。エロ猫が心配で探しに行ったんだろ?」
「エロ猫……。そっか、エロ猫だ! エロ猫に言われたんだった!」
「おおぅ、何を言われたんだよ?」
急に大きな声を出したあたしに、お兄ちゃんは驚き、引き気味だ。
でもそうか、そうだった。エロ猫に言われたんだ。確か内容は――、
「ハロウィンで女の子たちときゃっきゃうふふした後に帰るって、そう言ってた!」
「きゃっきゃうふふ? なんだそれ?」
「言葉のままでしょ。そうじゃなくて帰るって方が問題なの!」
あれはエロ猫とお兄ちゃんがなんか約束をした後、あたしがエロ猫の目的について聞いたときのことだったはず。
誰かの観察・報告をするっていうから、随分前から駅に居ついてるのにまだ終わらないってことは、いつになったら終わるのかって尋ねたんだ。その時にそう言っていた。
あの時はよく考えていなかったけど、帰るっていったいどこに? 少なくともここじゃないどこかに行っちゃうってことは確かだ。
てことはエロ猫は、ハロウィンの日にここじゃないどこかに帰っちゃうってことだ。
「大変だよお兄ちゃん! エロ猫がどこかに行っちゃうっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます