第68話 恋の形は人によりけり

 修学旅行2日目。今日は水族館を巡って1日が終わる予定だ。

 私たちは今、沖縄で一番大きな水族館に来ていて、ここではザトウクジラが有名なんだそう。


 私たち以外にも客はたくさんいて、押し合いへし合い水族館を進んでいく。



「それで、結局二人は仲直りできたんだ。よかったね、雪芽!」

「うん! ありがとう、ヒナちゃん」

「もー、ヒナでいいって! 私と雪芽の仲じゃん!」

「えへへ……。わかった、ヒナ!」


 ヒトデの水槽を前にして、ヒナとユッキーは楽しそうに話をしている。

 昨日に引き続き同じ班であったこともあり、随分仲良くなったみたい。


「それでどうして仲直りできたの? 昨日ヒナが寝ちゃうまでは険悪だったよねー?」

「えっと、それは……」


 ヒナの問いかけに、ユッキーは困った顔で私を見る。

 ヒナ、抜けてるように見えて意外と鋭いのよね……。


「ヒナが寝ちゃった後にいろいろ話をしたのよ。それで無事仲直りってわけ」

「そ、そうそう! ヒナすぐ寝ちゃったからね!」

「えー? ヒナもおしゃべりしたかったー! ていうか、恋バナもしてないし!? 今日は絶対やるからねっ!」


 それ以上ヒナは何も追及してこなくて、正直助かった。

 外に出て、先生たちに怒られたのだけは知られちゃまずい……。



 それから、私たちは水族館を自由に見て回った。

 途中ユッキーが陽介たちを見つけて呼び止めようとしていたのを阻止したり、いろいろと肝を冷やしたりはしたけど、楽しい時間だった。


 友達と気兼ねなく笑いあって、楽しいこと、感動したことを共有できるのって、こんなに幸せなことだったんだって、改めて実感した。



 ザトウクジラの水槽では、ちょうど餌槍の時間だったらしく、多くの人が立ち止まって水槽を眺めていた。

 ザトウクジラが餌を食べ、その周りを小魚が取り囲んで泳ぐ様は圧巻で、神秘的ですらあった。


「なっちゃんなっちゃん! あれ見てすごいよ! すごいすごい!!」

「確かにすごいわね! 写真撮ろ写真!」


 そんな風に騒ぎながら写真を撮ったけど、背景の明るさに露出が合っちゃって、顔は真っ暗だった。

 そんなできそこないの写真を見て、主役はクジラだから大丈夫だなんて言って。



 そして楽しい時間はあっという間に過ぎていき、気が付けば日も落ちてきていた。


 そこからは今日の宿に向けてバスで移動する。

 そうしてたどり着いたのは1つの村。そこに今日の宿があるのだ。


「それじゃあ各班ご家庭に迷惑をかけないように! 班長はちゃんと責任をもって班員をまとめること! いいな?」

「「はーい」」


 そうして各班それぞれ今日の宿となる民家の人の元に散り、挨拶をしている。

 そう、修学旅行2日目の今日は民泊をするのだ。



 私たちも気のいいおばさんに挨拶を済ませ、さっそく車でお宅まで移動する。


 お宅についてからは荷物を整理して、少し村を回って、高台から夜景を見たりなんかをした。

 私たちの地元は山に囲まれているから、こうして見渡す限り海に囲まれている様は珍しく、終始みんなテンションが高かった。



 それから宿泊先に戻り、夕食となったのだが、その量がものすごかった。


「女の子しかいないからちょっと少なめだけど、遠慮せずにどんどん食べてねぇ!」


 おばさんはそう言っていたけど、少なめって、どの辺が……?

 所狭しと並べられた大量の料理を目の前に、私たちは覚悟を決めるのだった。





 ――――





 夕食を食べ、お風呂に入った後、私たちは各々布団にもぐりこんでいた。


 結局大量の夕食を、ユッキーはすべて食べきれずに残してしまった。

 ヒナもあと少しというところでギブアップし、私と結奈で何とか二人の残した分も食べきったんだけど、明日の朝もこの調子だとさすがにお腹持たないわよ……?



「やっとこのときがやってきたねー! ヒナ待ってたっ!」

「ヒナ、昨日は寝ちゃったからね。ま、私抜きで適当に盛り上がっててよ」

「何言ってんの! 結奈も話すんだよ~?」

「え!? 私は別にいいってっ!」


 ヒナは布団にもぐりこむなりはしゃぎだして、今日はすんなり眠ってくれそうになさそう。

 結奈はそんなヒナに真っ先に絡まれていて、随分にぎやかだ。



「それでそれで、結奈は誰か好きな男子いないのぉ~?」

「わ、私? 私は特にいないかなぁ。昔はいたけど、今はいないよ」

「昔? だれだれ!?」


 ヒナがさっそくそんな話をし始めて、結奈は少したじろぎながらも、さらりとそんなことを言った。


「うーん、昔と言っても1年前くらいだけど、私、広瀬君が好きだったんだ。今はもう好きじゃないけど」

優利ゆうりのことを? ヒナも優利のこと好きー! 優利ってかっこよくて優しくて、運動も勉強もできるし、完璧って感じだよねぇ~」

「そうなの?」


 結奈とヒナが、広瀬君の話をする中、ユッキーは不思議そうな顔で首をかしげている。


「そうなんだよ~。優利はバスケ部で部長やってて、クラスでもいっつもトップの成績だしね~! クラス委員長もやってて責任感もあるし、おまけにイケメンだし! 向かうとこ敵なしって感じ?」

「その完璧さが、逆に胡散臭いというか、近寄りがたいというかさ……。だから私は今は好きじゃないってこと」


 結奈がそう言うと、ヒナは何か思い当たる節があるのか、声を上げた。



「あー、確かにねぇ。優利は臆病だから」

「臆病?」

「うん。いつも自分の周りに人がいて、自分が一番目立ってないと不安っていうのかなぁ? 中学の時からそんな雰囲気してたしぃ? まぁ、そういうところも可愛いっていうかぁ、ほっとけないっていうの?」


 そういえばヒナは中学の時から広瀬君と仲が良かったって言ってたわね。


 それにしても、あの広瀬君が臆病……。それは意外に思えるけど、なんとなく納得できる気がした。

 ユッキーは広瀬君とも出会って少ししかってないからよくわかってない様子だけど、確かに彼はいつも自分の奥深くを他人に見せまいとしている。


「だから体育祭で柳澤君がめっちゃすごかった時、優利ちょっと不機嫌だったでしょ~?」

「そうだったんだ……。すごいねヒナ、広瀬君のことよく見てるんだ」

「まぁね! ……それよりも~、雪芽は誰が好きなの?」



 ヒナに声をかけたユッキーが、今度のヒナの標的になってしまったようだ。

 それでもユッキーはたじろぐこともなく、落ち着いた様子でいる。


「私は陽介が好きだよ」

「「え!?」」


 余りにさらっと言うもんだから、思わず私も驚いて声を出しちゃった……。

 ヒナと結奈も、目を丸くして驚いているみたい。


 そのひんむいた目を、そのまま私に向ける。

 いや、何でこっちを見るのよ……?



「な、なんで柳澤君? 彼顔も普通だし、勉強やスポーツがすごいわけでもないじゃん!?」

「そうそう! リレーの時は確かにすごかったけど、それが理由?」

「そうだね。確かに陽介はイケメンでも、文武両道なわけでもなくて、誰もが羨む魅力がある人じゃないけど、とっても優しい人なんだよ?」


 ヒナと結奈の言葉に、ユッキーは丁寧に応える。

 陽介がこう言ってくれた、こうしてくれた。そんなことを話すたびに、ヒナたちは意外そうに声を上げる。



「へ~、雪芽はそれで柳澤君のこと好きになったんだぁ。……でも、夏希も柳澤君のこと好きなんじゃないの?」


 ヒナが目を輝かせて私を見る。

 ……まぁ、もうそのことは解決したんだし、言ってもいっか。


「うん、私も陽介のことが好きよ」

「そうだよね? ってことは修羅場……!?」


 結奈がハラハラした様子で私とユッキーを交互に見やる。


 私はユッキーと顔を見合わせて、声を上げて笑う。

 その様子が不思議だったのか、結奈とヒナはきょとんとした表情で私たちを見ていた。


「あははっ、もう大丈夫よ! そのことは話がついてるから。ねっ?」

「うん! 私となっちゃんは好敵手ライバルなんだよ!」

「え、それってどっちが勝っても恨みっこなしみたいなアレ……?」

「まぁ、そんなとこね」


 それでもしばらくの間二人は半信半疑だったけど、私たちが仲良く笑いあっているのを見ているうちに、納得してくれたみたい。



「……ていうか、なんで私が陽介のこと好きだって知ってたのよ?」

「だって、夏希分かりやすいしぃ?」

「そうだね、少し見れば誰でもわかるよ、夏希が柳澤君のこと好きなのはさ」

「嘘でしょ!?」


 勢いよくユッキーに振り向くと、ユッキーは微妙な笑みを貼り付けた顔をして、目をそらした。


「あはは……、そんななっちゃんも可愛いよ?」

「え、じゃあもしかして陽介にバレてる……?」

「「それはないない」」


 そうしてあれこれ話し込んで、二日目の夜は更けていくのだった。





 ――――





「なっちゃん、どうするの?」

「え、なにが?」

「陽介とのことっ! 修学旅行中に仲直りした方がいいよ。じゃないとめいっぱい楽しめないと思うの!」


 私たちは今、民泊のおばさんに連れられて、この村のいろいろなところを巡っている最中だ。

 今はちょうど近くの砂浜に来ていて、こんな何でもないような砂浜ですら観光地みたいに綺麗なんだなと思っていたところに、ユッキーからのこの言葉。



「でも、陽介たちと行動するのは明日で最後じゃない? 別に帰ってからでも遅くはないと思うんだけど……」

「ダメだよ! それじゃあ陽介と修学旅行の楽しい思い出を作れないまま終わっちゃうんだよ? なっちゃんはそれでいいの?」

「よくはないけど……。って、ユッキーは私とライバルなんでしょ? 私の味方してどうするのよ」


 私がそう言うと、ユッキーはなんだか複雑な表情をして、小さく唸る。


「うぅ~……、私も陽介と二人きりで素敵な思い出作りたいけど、なっちゃんとも友達なのっ! なんか私一人だけでっていうのは嫌だし、どうせならなっちゃんも含めた3人で楽しい思い出作りたいなぁって……」


 ……この子は本当に陽介と付き合おうって気があるのかな? 私が陽介と喧嘩している今、それも修学旅行という特別なイベントの最中で、ユッキーが出し抜こうと思えばいくらでも陽介と接近するチャンスはあるというのに。


 そんな風に考える私は、ずるい人間ってことなのかなぁ……。



「まぁ、ユッキーがそれでいいなら私は構わないけど……。ホントにユッキーはそれでいいの? 私を出し抜けるチャンスなのよ?」


 私も大概何を言ってるんだろう? これじゃあまるで出し抜いてくれって言ってるみたいじゃない。

 それでもユッキーは首を横に振り、朗らかに笑って見せる。


好敵手ライバルは正々堂々フェアに戦うんだよ。出し抜いたりとかそんなこと、しないよ」


 うぅ、その純真さが眩しい……。

 やっぱり私って汚い人間なのかなぁ……? こんな私を、陽介は許してくれるのか、ちょっと心配になってきた。



「じゃあ修学旅行中に仲直りするのはいいとしても、タイミングがないじゃない? ホテルにいったら男子の部屋がある階には行けなくなるし、今日は1日私たちで行動するじゃない。みんなで行動している時なんてゆっくり話もできないだろうし……」


「ふふんっ! 実は私、なっちゃんと仲直りしてから、どうやったらなっちゃんと陽介が仲直りできるかなぁって考えたの。そしたらホテルに着いてすぐ、ちょっとだけ自由な時間を見つけたの!」


 ホテルについてすぐというと、確か荷物を置いて、その後にホテル前の浜辺で海水浴の時間があったはず。

 任意参加だから、一応水着は持ってきたけど、ユッキーたちと仲直りできなかったら参加しないつもりでいた。


「もしかして海水浴の時間で? だってあの時間は水着でしょ? ちょっとさすがにそれは……」

「だーめっ! そこで仲直りできなかったら次の日の午後にあるガラスづくり体験とか、お土産屋さんとか、いろいろ楽しくないもん!」

「で、でも、他にもクラスの皆がいるし……」

「隅っこでやれば大丈夫!」

「いや、でも――」


「雪芽ー! 夏希ー! もう行くよー!」


 尚も私が渋っていると、砂浜を見下ろせる道から、結奈が声をかけてきた。



「じゃあ、頑張ろうっ、なっちゃん!」

「ちょっと、ユッキー!」


 ユッキーはそういうと小走りに結奈の元へ行ってしまう。


「本当にやるの……?」


 一人砂浜に取り残された私は、どうしたらいいのか分からず、少しの間だけ立ちすくんでいたのだった。



 それから民泊のおばさん家族ともお別れの時がやってきた。

 沖縄の人は随分と温かくて、別れ際にももうあなたたちは家族だから、いつでも帰ってきなさいとまで言ってくれた。


 ヒナなんかは随分懐いていたから、その言葉に涙を流していた。しかし、ホテルへ向かうバスの中で、他の班の子たちと民泊中にあったことで盛り上がっていたから、実はそんなに悲しかったわけじゃないのかもしれない。



 そんな風にあっという間に時は過ぎていって、気が付いたら海水浴の時間となっていた。


「うわぁ、なっちゃんの水着なんかすごいね」

「え、そう? これくらいみんなも同じようなもんじゃない?」


 余り装飾の少ないビキニなんだけど、これくらいなら地味な方で、別に普通だと思うけど……。


「そういうユッキーは水着というよりほぼ服ね」

「だって恥ずかしいし……」


 ユッキーはフリルのビキニの上にパーカーを羽織っていて、前も完全に閉めちゃってるから、ほとんど服と変わりない。


 それでも浜辺の男子たちからチラチラ視線を感じるし、露出を抑えても結局視線を集めてしまうことに変わりはないみたい。

 となると私はさしずめユッキーの引き立て役ってこと? まぁ、じろじろ見られるよりいいけどね……。



 もうだいぶ日も沈みかけてきた砂浜で、そんなことを話していると、少し離れたところから広瀬君と高野君が姿を現した。


 二人ともよく引き締まった体で、無駄がない。さすがはバスケ部のエースたちね。

 広瀬君は淡い水色の水着で爽やかに、高野君は少々派手な柄の水着でやんちゃそうに見える。


 広瀬君は身長も高いし、浜辺に姿を現しただけで注目の的になっている。

 となると、さしずめ高野君は広瀬君の引き立て役かな? というかいつもそんな感じか。



 その二人の少し後ろから、陽介と隆平が姿を現した。


 陽介は何も飾らない黒の水着。学校指定の水着じゃないだけましね。

 隆平は落ち着いた緑の水着で、のほほんとしているあいつにはぴったりかも。



 そうして見ていたからか、広瀬君が私たちに気付いて声をかけようとした。

 その瞬間、素早く広瀬君を取り囲む女子が数名。それによって広瀬君はファンの子たちの対応に追われ、私たちに声をかけるどころじゃなくなったみたいだ。


 正直助かった。今は広瀬君の相手なんてしている場合じゃないしね。

 ユッキーを一人、広瀬君の前に残していくのも心配だし。



「陽介ー! ほらなっちゃん、陽介来たよ」

「う、うん……」


 ユッキーの呼びかけに陽介が気が付き、隆平と一緒にこちらにやってくる。


 少し緊張してきた……。な、なんて切り出せばいいのよ? いきなりごめんって謝ればいいのかな?


 そんな風に体を固くしていると、誰かが私の手をそっと取った。

 顔を上げると、ユッキーが隣で優しく微笑んで、大丈夫だよと言う。

 その手の温もりに、緊張が和らいでいくのを感じる。



「おう、どうした雪芽、何か用か?」

「うん、なっちゃんが少し話があるって。ね?」


 そう言われて、陽介が私を見る。

 それでも、すぐに目をそらしてしまった。……やっぱりまだ怒ってるのかな?


「えっと、少し二人で話したいことがあるんだけど、いい?」

「……ああ。じゃあちょっと行ってくる。隆平、雪芽を頼む」

「え、え? 話って? それに俺が池ヶ谷さんをって、ちょっと!?」


 戸惑う隆平に、陽介は頼んだからなと一言残して、先に歩いていく。

 私はその背中を追いかけ、人の少ない浜辺の隅まで移動した。



「それで、話ってなんだよ?」


 以前と変わらないように聞こえて、それでもどこかやっぱり固い声。

 そんな陽介の雰囲気に、すこしだけ緊張がぶり返してきたけど、ユッキーがせっかく作ってくれた機会を無駄にはできない。



 頭の中はごちゃごちゃで、何もまとまってないけど、それでも気持ちは決まっているから。


 だから心のままに話してみようと思う。駅で言い合いをした時みたいに、感情のままに。

 それでも、あの時のように汚い感情じゃない、虚勢を張らない私の素直な気持ちを、ありのままに。



 そうして私は口を開く。

 仲直りのための第一歩を、踏み出すために。

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