第65話 10月の沖縄は未だに夏
駅に集まったクラスメイトたちは、早朝だというのに元気で、他のクラスも同様に賑やかだから、普段以上の
本当は私も同じように楽しい気分で騒ぎたいくらいだけど、そうもいかないのよね。
確かに少しは前向きな気分になってきたけど、まだまだ騒げるほど元気じゃない。
どうやらそれはユッキーと陽介も同じようで、少し離れたところで騒がしい生徒たちを眺めている。
「池ヶ谷さん、退院したばかりだから無理はしないでくれ!」
「う、うん。ありがとう、ございます……」
「ははっ、そんなに畏まらなくてもいいよ! 今日から修学旅行なんだから、楽しんでいこう!」
そんなユッキーに、広瀬君はいつもと変わらないテンションで話しかけるている。
ユッキーはその対応に困っているようだった。
「そうだぞ、雪芽も病み上がりだからな。具合が少しでも悪くなったら俺に言えよ?」
「あ……、うん、ありがと」
陽介はそんなユッキーに助け船を出していた。
前は私もああやってユッキーを庇う立場だったのに……。
「……そうか。池ヶ谷さんのことは陽介に任せても良さそうだね。それじゃあ二人とも、無理しない程度に修学旅行を楽しもう!」
広瀬君はそれだけ言うと他の生徒に声をかけに行った。
そのことにユッキーは胸をなでおろし、その様子を見て陽介は
そんな二人を見て、私はなんとも言えない感情を覚える。
きっとそれは汚いものだ。
私はそんな自分の気持ちに
それから学年主任の先生がいろいろとお話をして、新幹線に乗り込むために移動することになった。
その最中も生徒たちは騒いでは叱られ、また騒いで叱られるということを繰り返している。楽しみな気持ちが抑えきれないのだろう。
私はそんな喧騒をどこか遠くに感じながら、新幹線の席に腰を落ち着ける。
私の隣には私とユッキーの関係を悟ったらしい結奈が座り、ユッキーの隣にはヒナが座って、お菓子なんかを薦めていた。
やがて新幹線は走り出し、車内ではトランプをやりだす人や、お菓子をつまむ人など、みんな思い思いに楽しんでいる様子だった。
チラリと陽介を確認すると、まだ出発して間もないのに、すでに寝入っていた。
隣に座る隆平は私の視線に気が付いた様で、私と目が合うと苦笑いを浮かべた。
それから電車を乗り継ぎ、空港へ到着。
買い物兼昼食時間があり、それぞれ昼食を済ませて集合し、積み込む荷物を受け渡したりした。
そうして着々と出発の準備が整っていくのだった。
「うわぁ、ちょっとヒナ怖くなってきたかもぉ!」
「ヒナ静かに。もうすぐ離陸なんだから」
飛行機に乗り込み、離陸まであと少しと迫った機内は、空の旅への期待と不安に満ちていた。
それはどうやらヒナも同様らしく、結奈にたしなめられている。
「えぇ? ノリわるーい! 結奈は怖くないの?」
「私は別に――、きゃあ!」
緩やかに進んでいた飛行機は、少しだけ停まると次の瞬間急加速した。
それには結奈もたまらず短く悲鳴を上げ、他の女子たちも、歓声にも似た悲鳴を上げた。
そうしてしばらくの後に浮遊感を感じ、ついに陸を離れたことを知る。
「……結奈の悲鳴かわいいかったねぇ」
「う、うるさいよ、ヒナ!」
飛行機が安定して、一息ついたところでヒナが
でもすぐに楽しげな顔に変わっていたから、結奈もテンション上がってるみたいね。
私も飛行機に乗るのは初めてだからなんだかテンション上がっちゃった。私今空を飛んでるんだもの!
そうして空の旅を楽しむ一時だけ、私は嫌なことを忘れられたのだった。
――――
「あ、暑いなぁ、沖縄」
「ヒナ暑いの苦手~」
「確かに、少し暑いよね」
私達の修学旅行先、沖縄につくと、そこは私達の中ではすでに過ぎ去ったはずの夏が、まだそこに居座っていた。
結奈とヒナは沖縄の暑さにすでにやられている様子。
ユッキーは口では暑いと言ってるけど、その顔はそうでもなさそうだった。
「ほらあんたたち、この程度の暑さで音を上げるんじゃないの」
「ヒナたちは夏希ほど頑丈じゃないの~!」
「ちょっとヒナ、それって私がか弱い女の子じゃないって意味~?」
「夏希顔怖い! 笑顔だけど怖い!」
そんな暑さに、きっと私も浮かされている。
あれだけ楽しめるはずはないと思っていた修学旅行も、楽しめているのだから。
こんな風に明るい気分になったのは久しぶりで、なんだか懐かしかった。
それから私たちは沖縄の歴史について、現地の人に話を聞いた後、ホテルへと移動した。
話をしてくれたおじいちゃんが何回も同じ話を繰り返すものだから、皆疲労困憊の様子だった。
ホテルにつくと、荷物を部屋に運び込み、お風呂へと向かった。
女子が先にお風呂ということで、男子には悪いけど、先に旅の疲れを癒させてもらった。
ヒナが浴槽で泳いで、それを結奈が注意して。そんな様子をユッキーは楽しそうに見つめていた。
そうして夕食を食べ、就寝時間になってもユッキーと仲直りするためのきっかけなんて訪れなかった。
灯りが消えた真っ暗な部屋で、騒がしかったヒナが真っ先に寝入った。
ヒナ、恋バナがしたいとか何とか騒いでたのに、先に寝ちゃったら意味ないじゃない。まぁ、私としては静かに寝れて有り難いんだけどね。
そうして結奈も小さく寝息を立て始める。二人とも相当疲れていたんだろう。
私も徐々に瞼が重くなってきて、今にも意識が途絶えそうになったその時、小さく声がかかった。
「ねぇ、なっちゃん、起きてる?」
その声に手放しかけていた意識の手綱を握り直す。
「うん……、起きてるわよ」
「ちょっと売店まで付き合ってくれない?」
「売店って……。もう就寝時間よ」
「いいからいいから」
そうして私は強引にユッキーに外へ連れ出されてしまった。
道中先生たちに見つからないか冷や冷やしたけど、ユッキーはそんなこと気にしてない様子でずんずん進んでいく。
ホテル1階の売店で菓子パンを購入したユッキーの後ろで、私は一体何をやっているんだろうと疑問に思う。
私、今はユッキーと敵同士で、こんな風に仲良く就寝時間に部屋を抜け出すような関係じゃないと思うんだけど……。ユッキーはそういったことを気にしないの?
「お待たせ!」
「買うものは買ったんでしょ? じゃあ帰るわよ」
「ちょっと待って、なっちゃん」
私が背を向けて部屋に帰ろうとすると、ユッキーは真剣味を帯びた声で呼びかけた。
「ちょっと浜辺でも歩かない?」
「はぁ? 何言ってんのよ、ダメに決まってるでしょ? ホントは部屋からも出ちゃいけない時間に、ホテルから出るなんて、何考えてんのよ?」
私がそう
「今日はちょっと不良な気分なの」
その笑みは全く不良っぽくなくて、私はただ茫然とユッキーを見つめる。
そうしてみてもユッキーの真意はわからなくて。
「……なんなのよ、それ」
ただそう言い返すことしかできなかった。
――――
「うわぁ! どこまで行っても真っ白な砂浜だね」
「……そうね」
「でも夜の海ってちょっと怖いよね。吸い込まれそうになる」
「そうね。……ねぇ、そろそろ帰らないの?」
結局心配で付いてきてしまった……。
だってこんな夜に、ユッキーだけを外に放り出すわけにはいかないし、もしそれでユッキーの身に何かあったら目覚めが悪いし。
だからこうして一緒に砂浜を歩いているんだけど、そうしてかれこれ10分ほど経った。それでもユッキーは一向に帰る気配を見せない。
「う~ん、向こうまで行ったら帰るから」
そう言ってユッキーは遠くに見える砂浜の終わりを指さし、菓子パンをほおばる。
こんな時間にそんなもの食べたら太るわよ? 大丈夫なの?
……もしかして食べても太らないとか? だとしたら私はまた一つユッキーを許せなくなるわけだけど。
「こんな時間に菓子パンなんて食べたら太っちゃうよね。今までこんなことしたこともなかった」
ユッキーはそう言うと、菓子パンの半分を私に差し出した。
つい反射的に受け取っちゃったけど、これって私も道連れってことよね……? 私は別に不良な気分じゃないんだけど……。
「ねぇ、なっちゃん。修学旅行楽しい?」
ユッキーは私の前を歩きながらそう問いかける。
「ええ、楽しいけど……」
「じゃあ、私と一緒だ」
ユッキーは振り向き、微笑む。
月の光に照らされて、ユッキーの笑顔はいつもより大人っぽく見えた。
「私はね、こんな風にみんなでどこかに旅行に行くなんてこと今までなかったから、とっても新鮮で楽しいの」
再びユッキーは背を向けて歩き出す。その表情は伺えないけど、きっといつものように口元に笑みを浮かべているような気がした。
私はその後を追いかける。落とした視界にはユッキーのつけた足跡が残っていた。
「私は引っ越してきてから起こる全部が新鮮で、楽しくて。陽介やなっちゃんみたいな友達ができたことも、学校へ毎日通えることも、体育祭なんていう私から一番遠い行事にも参加できたことも」
ユッキーの足跡を踏みながら歩いた。ユッキーのつけた足跡を踏みつぶして、私のものに変えていく。
そしてユッキーがまだ私のことを友達だと言ってくれることに、嬉しい気持ちと罪悪感が沸き起こる。
「それと、好きな人ができたのも、初めてだった」
顔を上げてユッキーを見ると、彼女は海を見ていた。
吸い込まれそうで怖いと言っていた海を、どこか懐かしそうに、愛おしそうに。
私の視線に気が付くと、ユッキーは照れ臭そうに笑い、クルリとターンしてまた歩き出す。
「陽介は同じ年代の人と話すのが苦手だった私に辛抱強く話しかけてくれて。知り合いだから、準友達だからって突き放しても詰め寄って来て。友達だよなって言ってくれた。強引な人だなぁって思った」
その話を、私は知らない。
陽介が強引に誰かと距離を縮めるなんて、想像もできない。
ゲームのためとかなら多少は強引なこともすると思うけど、あいつはそういった労力のかかることをあまりしたがらないし。
「でも陽介はとっても優しい人だった。最初は変な人だなって思ったけど、何回か会っていくうちに優しい人だなって分かったの。それで、気が付いたら好きになっちゃった。人を好きになるのってもっとなにかドラマチックなきっかけがあるんだと思ってたけど、案外日常の積み重ねで起こるものなんだね」
それを聞かせて、私にどうしろというんだろう。
それともこれはただの独り言なんだろうか。
「ちょっと話がそれちゃったね。つまり、私は引っ越してきて陽介に出会ってから、新鮮で楽しいことの連続だったってことなの。……って、本題はそうじゃなくて」
そこでユッキーは立ち止まり、私に振り向く。
「私、仲のいい友達はいなかったから、こうして友達と喧嘩することも初めてで、どうしたらいいかわからなくて。なっちゃんと友達のまま、陽介のことも好きでいたい。そう思ったけど、どちらかを選ばないといけないんだって、なんとなくそう思ってた」
そうだ、私もそう思っていた。
いや、今でもそう思っているのかもしれない。だってこうしてユッキーに冷たい態度のままなんだから。
私は、どちらかを選べと言われたら、きっと陽介のことを選ぶ。ユッキーと友達でなくなることを選ぶ。
「だから私、なっちゃんと友達でいようって思ったの。陽介のことを諦めて、なっちゃんと友達のままでいようって。きっと後から来た私は、なっちゃんと陽介の間に入ることなんてできないから。勝ち目なんてないと思ったから」
「…………え?」
私と友達でいることを、選ぶ……? なんで、そんな、……え?
「なんで、なんでよ? だってユッキーは私よりずっと綺麗で、陽介をどんどん変えていって、私にできないことがいくつもできる! なんで勝ち目がないなんてそんなことっ……!」
「だって、なっちゃんと陽介はとっても仲良しに見えたし、お互いのことをよく理解しているみたいに見えたから。だから、私はせめて陽介とも、なっちゃんとも友達のままでいようって思ったの」
……あぁ、なんて眩しい子なのよ。
ユッキーは初めて好きになった人を諦めてでも、私と友達でいてくれようとしてたんだ。
ユッキーとの関係を絶ってでも陽介のことを諦めたくなかった私が、とっても醜く思える。
「なっちゃんはとっても仲良くなれた初めての友達だったから」
そんな風に笑うんだもの。ずるいわよ……。
これじゃあ私が、友達を切り捨てようとしたひどい奴みたいじゃない。
「だからリレーに陽介を推薦して、なっちゃんとバトンパスをするように仕向けて、確かめてみようって思ったの」
「あっ、確かめてみたいことってまさか……」
「うん。なっちゃんと陽介の間に私が入れないってことを、それで確かめられるかもって思って。なっちゃんから受け取ったバトンを陽介が受け取って、本気で走る姿を見れば、ね」
「そんな……。じゃあ、あの時すでにユッキーは陽介を諦めかけてたっていうの?」
「そうかな。でもはっきり諦めがついたのは、なっちゃんのために本気で走る陽介を見た時。私にはあそこまで陽介を本気にさせることはできないから、やっぱりなっちゃんには敵わないなぁって思ったの」
……そうだったのね。ユッキーはそんなことを考えて陽介をリレーに……。
でも、それはあんただけじゃないのよ、ユッキー。
敵わないと思っていたのは私の方だって一緒なんだから。
「私だって、ユッキーには敵わないって思った」
「え?」
「ユッキーは唐突に現れて、私と陽介が過ごしてきた時間なんて関係ないってばかりに陽介をどんどん変えていったもの」
私はユッキーに抱いていた劣等感、今まで感じてきた無力感をありのまま話した。
私の中の汚い感情も全部。包み隠すことなく。
それでも陽介にぶつけた時のような感情的なものではなく、極めて冷静に、落ち着いて話すことができた。
どうしてだろう。ユッキーも私と同じ思いを抱いていたって知ったからかな。それとも、ユッキーが陽介を諦めたって、そう聞いたからかもしれない。
ユッキーは私の話を聞き終わると、おかしそうに笑った。
「な、なによ?」
「ごめんごめん! でも、なっちゃんがそんなこと思ってたなんて知らなかったなぁ。私の言葉一つで陽介が変わるなんてこと、ないと思うけど」
そう言ってユッキーは再び歩き出した。
「でもねなっちゃん。私、なっちゃんに敵わなくても陽介を好きでいようって、諦めたくないって思ったの」
「え……、それじゃあ今までと何も変わらないじゃない!」
ユッキーは陽介のことを諦めたんじゃなかったの!?
それじゃあ今まで通り私とユッキーは敵同士。友達にも戻れず、何も変わらない!
「ううん、変わるよ。というより、これから変わるの」
そうしてユッキーは再び立ち止まり、クルリと振り向く。
「これから私たちは
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