第50話 昔の話はテスト後に
「……え? テスト? 今日から?」
朝、電車を待つ間の少しの時間で、今日のテストの話題が出た時に陽介はそう言った。
「え? もしかして陽介忘れてたの……?」
「嘘でしょ? ホームルームでも言ってたじゃない」
「いや、いや待って? 今日は何の教科?」
「あんた理系でしょ? 私文系だから聞いても意味ないんじゃない? 確かプリントに書いてあるわよ」
私がそう言うと陽介は鞄をあさり、くしゃくしゃになったプリントを広げる。
「……ほんとだ、書いてあるわ。えっと、今日は国、数、物か。物理がやばいやばい!」
そう言って慌てて鞄をあさり、物理の宿題と思われる冊子を取り出した。
どうやら宿題は持ってきていたらしい。
「今からやっても無駄無駄。実力テストなんだから、実力で解かなくちゃね」
「範囲分かんないもんね。私もちょっと不安」
そういうユッキーは全然不安そうに見えなかった。
確かうちの学校結構学力高くないと入れないはずなんだけど、ユッキーは入って来てるし、頭いいんだろうなぁ。
……なんか私も不安になってきた。ちょっとやっておいた方がいいかも?
「なんだよ、夏希も不安なんじゃん」
「うっさいわね! 私のは確認よ確認! 陽介のは悪あがきでしょ? いっしょにしないで」
「じゃ、じゃあ私も確認しとこ……」
私が持ってきていた教科書を広げると、陽介が何が嬉しいのか笑ってそう言った。
それを見たユッキーも不安になった様子で、まだ新しい鞄の中から教科書を取り出していた。
教科書もまだまだ綺麗で、表紙も照り返しているしページも綺麗なままだ。
そうして電車の中でも私たちは黙々と悪あがきをつづけた。
駅に着くと、私とユッキーはバスで、陽介は自転車で学校に向かった。
うちの学校は山の上にあるから、自転車だと相当大変なんだけど、陽介はよく頑張るわね。
曰く時間どおりに来ないバスより、自転車の方が早いとか。ほんとかな?
実際学校についてみると、陽介はすでに教室にて悪あがきの続きをしていた。どうやら本当に自転車の方が早いらしい。
テストだからいつもの席順ではなく、名簿順に座っているので、陽介は窓際の後ろだ。
私とユッキーは廊下側の前。ただ、私とユッキーは前後で並んでいるので、話し相手には困らない。
教室の中はすでにテストを諦めた人、悪あがきを続ける人、友達どうして確認作業をしている人など様々だった。
私とユッキーは互いに問題を出し合ったりして確認作業をしながら陽介を見ると、すでにテストを諦めた男子たちからまた赤点を取るなどと
先生が入って来て、いよいよテストが始まった。
今日と明日の2日間、たるんだ休み明けの空気を無理矢理正すような時間が、幕を開けたのだ。
――――
「終わったー!」
「なっちゃんお疲れ!」
「ユッキーもね」
最後のテストが終わったとき、教室は様々な吐息であふれた。
皆口々に終わったと言っているが、そのニュアンスは達成、絶望、解放と様々。
最後のテストは英語。文理関係ないので、同じクラスの人たちが同じ教室で受けている。
ユッキーは理系だそうで、私とはいくつか受ける教科が違うのだが、そういった理由でこうして振り返ったユッキーと労いあえている。
「陽介、大丈夫かな?」
「さあ? また赤点だったりして」
そうして二人して陽介を見る。
陽介は脱力したように椅子にもたれかかっていて、その口元は終わったと動いたように見えた。
「……あれはダメだったみたいね」
「うん……。補習になったら手伝ってあげよう?」
「ユッキーは優しいわね。まぁ、手伝ってあげるけど」
そうして二人笑いあった。
テストが終わったこの日、ほとんどの部活は休みということもあって、皆浮足立っていた。
さっそくゲームセンターに向けて教室を出ていく男子たち。これから駅前にできたパン屋に菓子パンを買いに行く女子たち。皆それぞれにやりたいことのために教室を出ていく。
中にはユッキーを部活に勧誘したり、食事に誘ったりする女子もいたが、ユッキーはそのすべてを断っていた。
それはユッキーが遠慮しているとかではなくて、先約があったからだ。
「池ヶ谷さん、これから俺たちでお昼を食べに行くんだけど、よかったらどう? 歓迎会もかねてってことなんだけど」
今日はバスケ部も休みらしく、広瀬君もユッキーを食事に誘ってきた。
広瀬君の後ろには高野君とその他何人かの男女。どうやら食事に参加する面々らしい。
他の男子は滅多に声をかけてこないのに、広瀬君はさすがね。女子を相手にするのに慣れてる。
私も部活帰りが一緒になると声を掛けられたりするけど、ちょっと苦手なのよね……。この、なんでも理解してます~、みたいなすまし顔が気に入らない。
そんなこと言ったら広瀬君のファンの子から袋叩きにされるだろうから言わないけど。
「ごめんなさい、私先約があって……」
「それって陽介のことかな? だったら陽介も一緒に――」
「ごめん、ユッキーは私と用事があるの。だから今回は無理」
私が広瀬君の言葉を遮り、ユッキーの代わりに断りを入れる。
気に入らいないと思っていたからか、少しきつめの言い方になっていたようだ。広瀬君が気圧されたように口をつぐんで初めて、しまったと思った。
「……そっか、残念だ。じゃあまたの機会にね!」
しかし、広瀬君はあくまでもにこやかに、去っていった。
さすがというべきか。その笑顔の下に、何が隠されているのか。きっとその片鱗すら彼は見せることはないんだろう。
「ごめんね、なっちゃん。私がもっとしっかり断れてればいいんだけど……」
「いいのよ。転入してきたばっかで強くは言いづらいでしょ? こういうのは私に任せてくれればいいの」
「うん、ありがと」
そう言って微笑むユッキーを見て、そこらの男子が声をかけられないのも分かる気がした。
なんというか、高嶺の花のような存在の上に、転入してきたばかりで距離感もつかめない。
有り体に言ってしまえば、恐れ多くて声をかけられない。そんなところだろうか?
陽介はどうやってそんなユッキーと仲良くなったんだろう。話は聞いたけど、陽介がそんなにぐいぐい女子に話しかけていける性格じゃないのは知っているし……、気になる。
……陽介の一目ぼれ、とかだったら私に勝ち目なんて――
「なっちゃん?」
「……え? な、なに?」
「もう~、テストが終わって気が抜けちゃうのはわかるけど、そろそろ行こっ!」
「そうだったわね。そろそろ行くか!」
ボーっとする思考を振り切り、私は椅子から立ち上がる。
鞄に荷物を詰めていると、後ろから声がかかった。
「夏希、お疲れ~」
振り返ると隆平と陽介だった。
隆平は疲れをにじませながらも、達成感を感じさせる微笑みを浮かべて。陽介は諦めたようにため息をついていた。
「隆平に陽介もね。その様子じゃ陽介は無事赤点みたいね」
「うるへえ」
「あははっ! なんかその口癖、久しぶりに聞いた気がする。私結構気に入ってるのよ? 間抜けな陽介らしくてさ」
私がそういうと、陽介は驚いたような表情をして、微かに口元に笑みを浮かべた。
そして小さく頷くと、
「……うるへえ」
もう一度そう言ったのだった。
――――
あれから隆平と陽介は二人してどこかへ遊びに行った。
私とユッキーは二人だけで電車に乗り、家の方に帰っていく。
こんな風に二人でいることってあったかな? なんだかいつも陽介もいた気がする。
ユッキーは私と二人の時でもよく笑うけど、陽介といる時のそれとは少し違う気がする。
……それがどうしたってのよ。ユッキーが陽介のことどう思ってようが、私がイライラする必要なんてないじゃない。
そうよ、何も気にする必要なんて、ない。
気が付けば電車は目的地についていて、私は重い電車のドアを手で開けて外に出る。
それに続いてユッキーもホームに降り立つと、電車はそれ以上人を吐き出すことなくドアを閉めた。
駅舎を出て、私の家に向かう途中でスーパーに寄り、思い思いのお昼を買う。
ちょっと味気ないが、これからこのお昼を私の家で食べながら、ユッキーとお話があるのだ。
あれは土曜日にユッキーと陽介のデートっぽいものに遭遇した後、夕方ごろだったか、ユッキーからメッセージが届いていた。
――なっちゃんと陽介の昔のことを聞きたい。
大体そんな内容だった。
きっと昔私と陽介が陸上部で一緒だったという話を聞いてから、気になっていたんだと思う。
テスト終わりは私も暇だったし、私の家には卒業アルバムとかいろいろあるしと、ちょうどいいということで今日、私の家に呼んだのだ。他に聞きたいこともあったしね。
家に着くと、ユッキーは大きく口をあけてほえ~っと間の抜けた声を上げた。
その様子がなんだかおかしくて、思わず笑うと、ユッキーは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「だって、なっちゃん家すごくおっきいんだもん。お庭とかすごく立派だし!」
「そう? この辺はみんなこんなもんよ。敷地ばっか広くて、不便なだけ」
「いいなぁ。私はお庭で遊んだことなんてないから、こんな広いお庭があって羨ましい」
ユッキーは庭に植えられた松の木や、庭石を物珍し気に眺め、門から玄関へと続く飛び石を渡る。
家に入ってからも事あるごとに歓声を上げていて、観光地に来た観光客のようだと思った。
きっと私が都会に行ってもこんな感じなのだろう。見ているものがビルか民家かの違いしかない。
それから一通り談笑しつつ食事を済ませ、私たちは本題に移ることにした。
「これが小学校の時の卒アルね」
「え!? これがなっちゃん? かわいい~!」
「そう? このときは結構がさつだったから、男の子とか泣かせてたのよ?」
「えっ、すごい……」
今見てみるとひどい格好だ。スカートなんてめったに履かなくて、いっつも短パンで走り回ってた。
このときは陽介ともあんまり関わりなかった。
親同士が仲良かったから、その関係でどこかに行くことはあっても、学校で仲良くしていたわけではなかったのだ。
「んで、こっちが陽介」
「かわいい~! でも今とあんまり顔変わらないね」
「ぶふっ、ええ、そうねっ」
確かに、顔の輪郭が丸いくらいで、今とあんまり変わってない。
それがなんだかおかしくて、ユッキーと二人して笑った。
しばらく小学校のアルバムを見ながら、あんなことがあった、こんなことがあったと話をしてから、中学校の卒業アルバムに手を付けた。
「これは入学式の時撮ったやつね」
「あ、これなっちゃんだ。なんだかまだボーイッシュだね」
「まぁ、この時点ではあまり小学校との差はないわね。んで、こっちが陽介」
集合写真の奥の方で立っている陽介を指さす。
こうして改めて見てみると、このときの陽介はまだまだ幼い。
「この後、私と陽介は陸部の仮入部で一緒になって、知らない仲じゃなかったし、同じクラスだしで少し話すようになったの」
「じゃあ、なっちゃんと陽介が仲良くなり始めるきっかけが、部活だったんだ」
「そういうことね。んで結局私も陽介も入部して。二人とも同じ短距離走だったから、自然と会話する機会は多くなっていったのよ」
アルバムをめくる。1年の運動会。私も陽介もリレーをしている。
めくるたびに思い出が甦る。それはついに2年のところに入った。
「あれ? この年は陽介リレーに出ないの?」
「……そうね。陽介が部活を辞めたのは2年の春だったから、6月の運動会のころにはもう走るのをやめてた。それ以来陽介は走ってない」
「そういえば1年で陸上部を辞めたって言ってたもんね。陽介はめんどくさくなったって言ってたけど……、なんで部活辞めただけで走ることまでやめちゃったの?」
「話すと長くなるけど、聞く?」
「……うん」
話してもいいよね? だってあんたは何とも思ってなさそうだし。
それともあんたの居ない所で勝手に話したら、やっぱり怒るかな? 過去の話を蒸し返すなって。
でも、あんたはよくても私が嫌なの。あの事を過去にするのは。
だから話す。怒るなら私だけに怒りなさいよね、陽介。
「あれは言ってしまえば陸部に入ったときから始まっていたのかもしれない。だから私たちが陸部に入ったときの話から始めましょ」
そうしてアルバムと共に、陽介の過去の1ページを、めくり始める。
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