見え始めた光明

第24話 友への近道は共に過ごす時間にある

 夏希に励まされてから、俺は補習に行った。


 駅にはもちろん誰もいなくて、それは寂しいことだったが、でも、きっとまた会えると信じているから涙はこらえた。



 学校ではお冠の山井田が待ち受けていたが、最後は俺の心配してくれていた。

 なんだかんだ言って、山井田は優しい。


 補習を受け、次の再テストで合格すればいいといわれ、その日俺は帰された。

 きっと再テストの内容は変わらないだろう。勉強なんてしなくても9割とれるし、もう学校に用事はなかったのだが、俺には他にやりたいことがあった。


 雪芽を救う方法は今のところ分からない。

 寿命が縮んだ原因も分からないし、まずは今がどんな状況なのかを正確に認識することが大事だと考えたのだ。

 その前段階としてちょっと聞きたいことがあった。



「あ、陽介……」


 とある人物を探していると、昨日会ったばかりの夏希に出会った。

 夏希はやっぱり部活のようで、体操服姿だった。

 適度に日焼けした肌には汗をかいている。どうやら今しがた練習が終わったらしい。


「おう、夏希。約束通り来てやったぞ」

「何言ってんのよ、来るのが当たり前なの!」

「それもそうだな。まあ、夏希と話したおかげかな」


 俺がそういうと、夏希は驚いた表情で一歩下がる。


「なっ、なに言ってんのよ!? 別に私は何も言ってないしっ」


 そういう夏希の目はせわしなく左右に動いている。どうしたのだろうか?



「あっ、そういえば昨日言ってた返事ってやつ」

「え!?」

「あれ結局何だったんだよ? 思い返してみてもさっぱりだったんだが」

「あぁ……、そう。それなら気にしなくていいから、ホント。……はぁ」


 夏希は非常に残念そうにため息をつくと、ジト目で俺を見つめ、もう一度ため息をついた。


「まぁ陽介だから万に一つも気が付きやしないと思ってたけど、こうも気が付かれないとショックよね……。私って魅力ないのかしら?」

「魅力? なんのこと?」

「何でもないわよ」


 そういう夏希は呆れ顔だったが、肩の力は抜けているようだった。



 夏希は魅力たっぷりだと思うけどなぁ。

 日焼けもちょうどいいし、顔も悪くない。体も全体的に引き締まっていてスレンダーだし、それでいて出るところはちゃんと出ていて、太腿はなんかエロいし、気さくだし、一緒にいて心地いいけどな。そういうことじゃないのか?


 そんなに何を心配に思うことがあるんだろうか? 俺にはよくわからん。



「あ、そうだ。夏希、ちょっと聞きたいことがあるんだが、今時間いいか?」

「なによ? 時間はあるから聞いてあげる」

「おう、助かる。実はな、とある女の子と仲良くなりたいんだが、どうしたらいいと思う?」


 これは俺がこの先、雪芽と仲良くなっていくために必要なことなのだ。

 今まではなんとなくで仲良くなっていったが、これからはなるべく早く仲良くなる必要がある。


 そうして友達としての時間を増やすことで何か手掛かりが見つかるかもしれないし、もしそれで救う方法が分からなくても、思い出は作れる。どちらにせよ必要なことなのだ。


 しかし、俺の質問を聞いた夏希は驚きの次に怒りの表情を浮かべ、突然背を向けた。


「知らないっ! 時間ないからもう帰る!」


 そう言って足早に去ってしまった。


「時間あるって言ったじゃん……」


 ……いったい何なんだ?


 夏希の様子が少しおかしい気がするが、俺は何もしてないし、何かあったんだろうか?


 もし大変そうなら今度は俺が手を貸す番だ。その時まではそっとしておこう。

 それが次の夏休みでも、その次でも。夏希が困ってるなら俺は手を貸す。そう心に決めた。



 夏希は行ってしまったし、俺はもともと探していた人物を探し始める。

 その人物とは高校で夏希と一緒によくつるんでいる隆平だ。

 夏希と一緒の陸上部だし、多分この時間ならもう部活は終わってるよな。きっとまだその辺に……。


「あれぇ? 陽介じゃん、どしたのー?」


 後ろから聞こえてきた声は、俺の探している人物のものだった。


「隆平!」


 隆平は夏希より黒く日焼けした肌に、大量の汗を滴らせながらそこに立っていた。



 相変わらずひょろっとした奴だ。

 決してガリガリというわけではないが、細い体に筋肉がぴったりくっついてるイメージ。

 短パンから覗く太腿は凹凸が激しく逞しいもので、長距離の選手ということが一目でわかる。


「どーした? まさか陸上やる気になった?」

「いや、補習で来たんだよ」

「あぁ、山井田先生の言ってた補習者ってお前だったのか! なぁんだ。陽介、陸上すごかったって聞いたから期待してたのに」


 そういう隆平の顔はそこまで残念そうではなかった。

 このやり取りは一年前に散々やったしな。あまり期待はしてなかったのだろう。


「……昔のことだよ。それよりさ、ちょっと聞きたいことあんだけど、時間いい?」

「いいよー。もう部活は終わったしね」



 俺たちは場所を教室に移し、対面して座る。

 隆平はタオルで汗を拭きつつ、どんな話なのかと目を輝かせている。


 そんなに面白い話じゃないけどな……。


「で、話ってのはだな、女の子と仲良くなる方法を一緒に考えてほしいんだ」


 俺がそう言うと、隆平は怪訝そうな顔をした。 


「それ俺に聞くのかよー? もっと適任がいるんじゃないの?」

「まあなぁ、女友達もろくにいない俺たちがいくら頭ひねってもなとは思うんだけど……。さっき夏希には聞いたんだけどさ、答えてもらえなくて……」


 俺がそう言うと、隆平は目を見開いて固まった。

 それからしばらくして、隆平は身を乗り出して問いかける。


「陽介、夏希にそれ聞いたの?」

「あ、ああ。なんかまずかったのか? 怒ってたっぽかったけど……」


 それを聞いて隆平は額に手をあてる。

 な、なんだよ? 何がまずかったんだよ?


「陽介ぇ、お前ってやつは残酷だなぁ」

「え、残酷? どゆこと?」


 隆平はそれには答えず、椅子にもたれかかると、ため息をついた。


「まぁ、夏希も陽介がそういう奴だってことは分かってるだろうから多分大丈夫だろうけど……」

「なに、俺そんなにまずいことやらかしたのか?」

「まぁ、それも含めてってことなんだろうなぁ。俺は陽介が羨ましいよ」


 なんだよ、要領を得ないなぁ。



 隆平はこれで話はおしまいとばかりに手を打つと、再び身を乗り出した。


「それで、女の子と仲良くなりたいんだっけ? それどんな子なの?」

「そうだなぁ、人付き合いが苦手で冷たく見えるけど、ほんとはよく笑う優しい子、かなぁ?」


 そう言うと隆平はニヤニヤしながら問いかける。


「なに、陽介その子のこと好きなのぉ?」

「べ、別にそんなんじゃねぇよ? ただ仲良くならなくちゃいけないっていうか」

「ふーん……。じゃあ夏希はどうすんのさ」


 夏希? なんで夏希の話が出てくる?

 でもそうだなぁ、夏希と雪芽は仲良かったし、問題ないと思うけど。


「多分大丈夫だろ。きっと夏希も仲良くなれるから」

「そーゆー事じゃないんだけどなぁ……」


 そう言って笑う隆平は、少し寂しそうな顔をしていた。

 何なんだよ……。さっきから夏希の話ばかりだ。夏希は関係ないだろ。



「まぁ、仲良くなるなら最初は趣味とかじゃない? そこから個人的な話をしていって仲良くなるとかさ」

「うーん、趣味かぁ。あいつ趣味は散歩だって言ってたかなぁ」

「散歩って渋いなぁ……。それじゃあ散歩がてらカフェでお茶しながらおしゃべりしてけば仲良くなれるんじゃない?」

「あー、それいいかもなぁ」


 散歩っていうかデートみたいなもんだけど、それならかなりの早さで仲良くなれそうだな。

 最寄りカフェが遠いし、ちょっと誘うハードルが高そうな気もするけど……。


「他には? なんかないかな? もうちょいハードル低いやつで」

「うーん、じゃあなるべく長時間一緒にいて話をすることじゃないかな? 結局それに尽きるともうよ、男も女も、誰かと仲良くなるならさぁ」

「まぁそうだよな。試してみるわ」

「ほどほどにがんばれよ~」


 隆平は呆れたように笑い、ひらひらと手を振る。


 でもそうか、結局のところ彼女もいないような俺にできることは、話をして一緒の時間を増やすことくらいしかないのか。

 雪芽と初めて出会ったときは次の電車を待つ1時間が、俺と雪芽の時間だった。だから次はもっと多くの時間を彼女と共に過ごさなくてはいけないわけだ。



「話聞いてくれてありがとな。そんじゃまた」

「おーう。じゃあなー」


 そうして俺は隆平と別れた。



 家に帰る道すがら、俺はどうやって雪芽との時間を作るかを考えていた。


 今までと同じように次の電車を待つ1時間だけじゃ足りない。もう少し共有する時間が必要だ。

 やっぱり隆平が言ってたように散歩に付き合ってカフェでお茶なのかなぁ。

 でもなぁ、いきなり散歩に誘うのはなぁ……。下心見え見えな感じするし、嫌だなぁ……。


 そうして考えているうちに、俺は最寄り駅に到着していたのであった。



「こうしてみてみると、この駅ってなにもないんだよなぁ」


 人も、物も、観光地も近くない。

 何にもなくて、でもそれがいいって、雪芽は言ってた。

 静かで落ち着くと。




「……俺たちはそれでいいのかもしれないな」




 そうやって、夏の音に耳を澄まして、同じ時を一緒に過ごして、そんな時の中で互いの距離を測っていけば。


「でもなぁ!」


 それじゃあ間に合わないかもしれないしなぁ。難しい……。


 それでもやるしかないんだ。俺のやり方で、雪芽と何度でも友達になって、救う方法を探し出す。

 そしていつか、いつか必ず、雪芽を救う。




「……だから、待っててくれよな」




 空を見上げて呟く。

 そんな俺の言葉に返す者はいない。

 ただセミの鳴き声が、木々のざわめきが、太陽の日差しがあるだけだ。


 俺は微笑むと歩き出す。

 もう大丈夫、もう俺は雪芽から逃げない。雪芽を助けるって決めたから。



 次がある保証はない。でも、もし次があるなら、この地獄が続くなら、その時は雪芽の傍にいよう。

 地獄の中でも光を見つけるんだ。その光を束ねて希望にするんだ。


 だから俺は次の夏休みの始まりを待つ。

 その日まで、白血病のことをよく調べておこう。そして雪芽を助ける方法を探しておこう。





 ――――




 8月23日、23時57分。

 その時、俺は起きていた。


 あと3分で夏休みは終わる。

 きっと時間が巻き戻るとしたら日付が変わる瞬間だろう。

 その瞬間を確認しておきたいという思いがあった。


 正確な時間が分かれば、ループを抜けたかどうかの指標にできるかもしれない。そう思ったのだ。



「もし今回でループを抜けたら、雪芽を助けられず、かつ夏休みの宿題もやってないからとんでもないことになるぞ……」


 冗談を言って緊張を和らげる。


 時計を見ると、時間は23時58分。あと2分だ。



 すると目がかすみ始めた。

 目をこすっても視界は晴れない。


 やがて頭がボーっとしてきて、思考に靄がかかる。考えがうまくまとまらなくなってくる。

 体を支えられなくなってきて、堪らずベッドに倒れ込む。


「な、んだ、これ……?」


 次第に意識がすっと遠のいていき、瞼が重くなる。


 眠い……、とても眠い。

 意識を手放して、今すぐ睡魔に身をゆだねてしまいたい。


 だめだ、時間を、確認しないと……。



 必死に開いた目に映った景色はぼんやりとしていて、明瞭ではなかった。

 その中で何とか時計を確認する。


 時間は――


「23時、59分……」




 雪芽、きっとまた、会いに行くからな……。そしてきっと――




 そこまで考えたところで、俺は意識を手放してしまう。

 そして、深い眠りの中に、落ちていってしまったのだった。

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