第11話 転入生の案内は昼前に
雪芽の引っ越しを手伝ってから2日、自宅に電話がかかってきた。
「もしもし、柳澤ですけど」
『お世話になっております、陽介君の担任の山井田です』
「あ、山井田さん。どうしたんですか?」
『あー、柳澤か。この前話してたあれ、転入生の話な。今日来るって連絡あったんだが、どうだ、来れそうか?』
そう言う山井田の声は少し申し訳なさそうだった。
しばらく日が開いて、冷静に考えた結果、わざわざ俺を呼び出すことに罪悪感でも芽生えたか。
しかし約束は約束。俺は今日も暇だし、学校に行ったついでに少し街をぶらついて帰って来よう。
「全然平気だよ。何時に行けばいいの?」
『11時半に来るらしいから、それまでに来てくれればいい』
「了解です。じゃあまた」
『おう』
簡潔に用事だけ告げて、電話は切れる。
時計を見れば今は9時40分。今から準備すれば余裕だ。
俺は一応制服を着て、準備する。
転入生の案内なんてうまくできるかわからんが、身だしなみだけでもちゃんとしなきゃな。
一通り準備を終えると、もういい時間だった。
「あれ、お兄ちゃんまた補習?」
「違うわ、少し学校に用事があるだけ。チャリ借りるぞ」
「ふーん、あ、帰りにアイス買ってきて。ゴリゴリ君ソーダね」
「いや、自分でいけよ……」
扇風機の前でスマホ片手にだらだらしてる晴奈は、それなら自転車を貸してやらないと言い出した。
全く、しょうがない奴だ。
自転車に乗れないのは困るので、アイスを買ってくることを確約し、俺は家を出た。
外は今日も暑い。
いい加減に雨でも降ったらどうなんだと思うほどに今日も晴れ渡っていた。
あ、でも雨が降ると蒸すからやっぱなし。
高い空の積乱雲を睨んでいると、ポケットのスマホが震えた。
自転車を止めて見てみると、雪芽からだった。
『今日暇? もし暇だったら駅に来てほしいんだけど、どうかな?』
内容はそれだけ。
なぜ来てほしいのかすら書いてないので、いったい目的は何なのかわからないが、まあいい。
どのみちこれから駅に行くんだ。返信しなくてもいいだろ。
そう思い、俺は再びペダルに足をかけた。
するとまたスマホが震える。
何事かとみてみると今度は由美ちゃんだった。
『陽介さん、今日行ってもいいですか?』
時間が合えば大丈夫だと返信しておく。
というより何時に帰ってこれるかわからないので、俺が帰ってきたときに連絡するのがいいだろう。
『俺が帰ってきたらまた連絡するよ』
そう書き残して、今度こそ駅に向かって自転車をこぎだした。
――――
駅に着くと、以前のように雪芽がベンチに座っていた。
なにやらスマホを睨みながら、ぶつくさ呟いている。
「よっ!」
「わっ」
ばれないようにそっと近づき、少し大きめの声で驚かす。
案の定雪芽は驚いたようで、手にしたスマホを取り落としそうになっていた。
「もうっ! びっくりしたじゃん」
「くくくっ、今いい顔してたぞ~」
「サイテー」
雪芽のジト目をスルーして、俺はいつもの席に着く。
いや、もう友達なんだし、そんなに離れなくてもいいか。
そう思いなおして隣に座ることにした。
だって変だろ? 友達なのに離れて座るのなんてさ。
隣に座ると雪芽はスマホをバックにしまい込んだ。
「もー、来るなら来るって連絡してよ」
「こっち来てる途中だったんだよ。だから別にいいかなぁって」
そう言うと雪芽は少し声を荒げた。
「そうじゃないでしょ!? 既読スルーとかありえないよ! とりあえずメッセ見たら返信が基本なの!」
「はぁ……、そうなんだ?」
「……もしかして陽介君、女の子と連絡取りあったことないの?」
「うるへえ」
俺がふてくされてそう言うと、雪芽はクスリと笑った。
どうやら許されたようだ。
「でも、今度からはちゃんと返信してよね。心配になっちゃったじゃん」
「何を心配するんだよ?」
「秘密」
秘密の多い奴だ。
ミステリアスな女、と言う奴だろうか。
めんどくさいだけだと思うんだけどなぁ。大人になればわかるのかな?
そんなことをぼんやりと考えながら向かいのホームを見る。
そこにはホームと外とを区切る柵越しに、田んぼが広がっているだけで、やっぱり何もなかった。
「で、今日は何の用だ?」
「そんなことより陽介君なんで制服なの? また補習?」
「晴奈と同じこと言うなよ! もう補習は終わったんだって。今日は先生に呼び出されてちょっとな」
「……補習よりひどい事?」
「ちゃうわ!」
全く、どいつもこいつも補習補習って……。俺はそんなに勉強できない訳じゃないんだぞ。
しかし雪芽のこの反応。話をはぐらかしたか?
「で雪芽さん。今日は何の用で呼び出したんだ?」
「あ、もう友達なんだからさん付けはおかしいでしょ? 雪芽って呼んでよ」
「まあ、それはいいんだが、それだとフェアじゃないだろ?」
「フェアって何が?」
「名前さ。俺が雪芽って呼び捨てにするならお前も俺のこと陽介って呼んでくれなきゃ」
「……やっぱり陽介は意地悪だよね」
そう言う雪芽の頬は色づいて見えた。
俺も少し体が熱い。
……今日も暑いということだ。
とまあ、そんな風にはぐらかしたって俺をごまかすことはできないぞ。
雪芽からどうして俺を呼びつけたのかをまだ聞いてない。
「で、今日は何の用で呼ばれたんだ? 俺は」
「あ~……、今日も暑いよね」
「おい」
「…………」
詰め寄ると視線を逸らす雪芽。
俺はさらに詰め寄る、逃げる雪芽。
そんなことを数回繰り返したあたりで雪芽は盛大にため息をついた。
「わかったわかったよ。話すから、近いからっ!」
そう言って俺の体をぐいぐい押してくる。
俺は少し疑いを抱きながらも素直にそれに従った。
「私、今日はちょっと勇気が欲しくて。だから陽介に会いたくなったというかなんというか……」
「は? それって特に用事はないってこと?」
「…………まあ」
なにそれ? これで俺が何の用事もなかったとしたらただの嫌がらせじゃない?
まあ、実際用事があったからついでってことで問題ないんだけども。
「ま、それはもういいよ。俺だって用事のついでに寄ったみたいなとこあるし。でも、勇気が欲しいってどゆこと?」
「それは、まあ、別にやらなくてもいい事なんだけど、やらないとけじめがつかないというかなんというか」
「要領を得ないなぁ」
「し、仕方ないでしょ!? 知らない人と話すのあんまり得意じゃないし、それが男子だっていうからなおさら……」
「何の話?」
「秘密!」
またそれか。
しかしどうやら初対面の人と話すのが緊張してるってことかな?
なにを言っているのやら。俺と初めて会ったときはあんなに饒舌だったというのに。
しかも初対面の俺を煽り倒してくれたしな! まだ忘れてないからな。
「まあ大丈夫だろ。雪芽はコミュ力あると思うし、そんな不安がる必要ないと思うけどな」
「……ありがと」
消え入りそうなその声は、以前の俺では聞き取れなかっただろう。
以前の、遠く離れた席に座っていたころの俺なら。
だが今は聞き取れた。
それが嬉しくて、雪芽の隣に座れている自分が誇らしかった。
「ほら、もう電車来るよ。陽介も先生のお説教、がんばってね」
「いや、だからお説教じゃないって!」
そんな軽口をたたく雪芽の顔はなんだか晴れやかに見えた。
どうやら勇気は与えられたらしい。
俺は相変わらず重いドアを開けて、電車に乗り込む。
「陽介、また今日みたいに時々会いに来てって言ったら来てくれる?」
「まあ、俺が暇だったたらいくらでも」
「うん、ありがと」
ドアが閉まる。
雪芽が笑顔で手を振る。
俺はなんだか照れくさくなってしまって、雑に手を上げるだけに止めた。
人もまばらな車内で、クーラーの風が俺の髪を揺らす。
それは火照った俺の体をいい具合に冷やしてくれて、同時に俺はこの後何をしなくてはいけないのか思い出した。
そう、俺は転入生の案内を任されてるんだった。
それも女子だという話だし、雪芽のことを勇気づけてる場合じゃなかった。
考え出すと緊張してきたので、ひとまずゲームで心を落ち着かせる。
そうして気も
――――
「お、来たな柳澤」
「はい、補習以来だね、山井田さん」
「今日も遅刻するんじゃないかとひやひやしたぞ。ひとまず転入生が来るまで追加課題でもやっとくか?」
「げっ、それはなしだよ山井田さん!」
学校について数研に向かうと、既に山井田が待っていた。
そして飲み物いるか? みたいな感覚で課題増やすのをやめてほしい!
「冗談だ冗談。それより宿題は進んでるんだろうな? もう後2週間で夏休みも終わるぞ?」
「……進んでるよ」
「確かに俺はまだ教師として経験が浅いが、お前がまだ宿題をやってないことくらいは見抜けるぞ」
「やってきまーす!」
これ以上山井田といると、本当に追加で課題を出されそうな勢いだったので、俺はそそくさと自分の教室へ移動する。
誰もいない昼間の教室はなんだか新鮮で、俺は自分の席で念のため持ってきていた宿題をやる。
少し早めにつくことはわかってたから持ってきて正解だったかも。
しかしホントに何もやってないからマジでやばい……。
そうして数問問題を解いたあたりで、廊下から足音が聞こえてきた。
だが男の重い足音ではない。女子か?
足音はだんだん近づいてきて、ついに俺の教室の前に到達した。
「あれ、陽介? 何してんの?」
「なんだ
教室に入ってきたのは同じクラスの夏希だった。胸元に
夏希とは小学校から一緒で、こんな離れたところにある高校でも同じクラスの腐れ縁というか、幼馴染だ。
夏希は隆平と同じ陸上部所属で、ちょっと男勝りなところがある。
そういったこともあってか、高校だと隆平、夏希と俺で大体つるんでるイメージ。最近は女友達といることも多いけど。
そして夏希は女子にも人気がある。
この前後輩の女子から手紙貰ってるのを見たことがあるし、隆平が、夏希は部活で女子にモテモテだと言っていた。
「なんだって何よ。失礼なやつね。そう言うあんたは補習?」
「なんだよ皆寄ってたかって俺を補習者扱いしやがって……」
「隆平が言ってたわよ。陽介はクラスで唯一の補習対象者だって」
「まあ、それはホントだけど」
「ははっ! 陽介、数学昔から苦手だもんね!」
「うるへえ」
夏希は俺の隣の机に腰掛けると足を組む。
部活の練習をしていたのだろうか、体操服姿の夏希の肌は健康的に焼けていた。
しかし短パンから惜しげもなくさらされた太腿とか、昔より断然女性的になった体とか、幼馴染でもドキッとする。
「あんたその癖、ホント昔から変わらないよね」
「なにが?」
「都合の悪いこと言われるとうるへぇ、って言うやつ。間抜けな陽介にぴったりで私は好きだけど」
「うるへえ。……あっ」
反射的に口から出てきてしまった。
本当に癖になっているみたいだ。
「ぶっ! 言ったそばから使ってるしー!」
「うる――、っとあぶねぇ」
「あははっ! あー、苦しー! 死ぬ、笑い死ぬ!」
腹を抱えて笑う夏希。
そんなに笑うことないだろうに。
「それで、補習じゃないならなにしてるのよ?」
「山井田さんに雑用押し付けられてんの。今は山井田さんの指示待ち」
「あー、そういえば山井田先生用事があるって言ってたっけ。何なんだろうね?」
「さあ?」
そう
山井田の反応から転入生の話はまだ口外無用のようだし、言わないほうがいいだろう。
「ま、いっか。私タオル取りに来ただけだし、これで行くわね」
「おう、部活がんばれよ」
「あんたもね」
そう言って夏希は教室から去っていった。
俺が宿題に再び戻ろうとしたとき、夏希が出ていった方とは逆の方から山井田が入ってきた。
「お、感心感心。だが宿題はそこまでにしとけ。来たぞ」
山井田の言葉に緊張が走る。
俺は勢いよく宿題を閉じ、深呼吸をする。
さて、いよいよ転入生とご対面だ……!
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