第10話 二つの出会いは偶然につながる

「あー、暇だ」


 そうぼやくと、洗面台で何やらめかしこんでいる晴奈が声をかけてきた。


「暇が嫌なら部活やればいいのに。なんで入らないの?」

「いやだって部活は……、めんどいし、どうせ行かなくなるし」

「じゃあ宿題でもやればいいじゃん」

「宿題もめんどいし、やる気でないし」

「じゃあ寝てれば?」


 話をするのが面倒臭くなったのか、晴奈は投げやりにそう言った。

 まあ確かに寝てればいいのだが、こう暑いと寝てるだけで死んでしまいそうだ。



 補習が終わってもう3日経つが、俺はあれから一度も外出していない。

 これと言って用事があるわけでもないし、この暑さの中態々家から出る理由もない訳で。


 ちょいちょい由美ちゃんとメッセージのやり取りをしている程度で、後はゲーム三昧の日々だ。



 それだから俺はあれから雪芽にも会ってない。

 未だに俺たちは、準友達のままだった。


 今も駅に行ったら彼女はいるのだろうか? いつまでも準友達なんて言う意味不明な関係だともやもやするし、会いに行ってみるのもいいかもしれない。



「じゃああたし出かけるから。お兄ちゃんも出かけるなら戸締りしてよね」

「おーう、いってらっしゃい」


 晴奈はここ最近上機嫌で出かけていく。


 この前駅であった綺麗なお姉さんとお茶会をしているそうだが、あんなにめかしこんで、男じゃないだろうな?

 もしそうならお兄ちゃんに一度会わせに来なさい!



 ……そうはいっても本当に何もすることがない。

 図書館にでも行って宿題やるか。


 でも歩きだしめんどいなぁ……。



 そんな風にあれもやだ、これもやだとしているうちに、どんどん時は流れていくのだった。





 ――――





「お兄ちゃん明後日暇?」


 補習が終わってから5日がたった日の夕食、晴奈がそんなことを言い出した。


 まあ、暇だ暇だって言ってきたんだから当然暇なわけだが、いったいなんだろう? 洋服買ってとかだったら無理だからな?



「まあ、暇だけど」

「じゃあ引っ越しの手伝いしてくれない?」

「は? 引っ越し? いやいや、いくら何でも中学生で同棲は早いだろ。そういうのはせめて大学生になってからに――」

「何勘違いしてんの? そうじゃなくて、この前駅で会った綺麗なお姉さんがいるって言ったじゃん? その人の引っ越し」


 な、なんだ、びっくりしたぁ……。

 まさか中学生にしてこの家を出ていくのかと思ったぞ。義務教育の分際で男と同棲なのかと変に焦ってしまった。



「しかしなんでまたその人の引っ越しを手伝うんだよ?」

「由美んちのあたりに引っ越してくるんだって。それで、引っ越しの男手が足りないっていうから手伝うって言ったの」

「なるほどなぁ? その人は晴奈の友達なのか?」

「そう。お父さんに話したら軽トラ貸してくれるって言うから、それで引っ越しするつもり」

「軽トラで? どこから荷物運ぶんだよ」

「街の方」


 遠いな……。

 荷物が一人分だったら軽トラで二往復程度だが、それでも一往復1時間はかかるぞ……?


「それ大変じゃないか? 普通に引っ越し業者利用した方がいいだろ」

「でもそれだとお金かかるじゃん。こんなに近いんだからそれはもったいないでしょ」



 そんなのは他人なんだから関係ないと思ってしまう俺は薄情なのだろうか。


 でも晴奈の友達だし、父さんも許可したなら手伝うべきだよな。


「わかった、手伝うよ」

「やった! じゃあそう伝えとくね」


 嬉しそうな春奈を見ていると、これといってやることもないし、その綺麗なお姉さんとやらにも興味があるし、満更でもなくなってきた。





 ――――





 そしてあっという間に2日が経った。

 朝は6時だというのに、日は高く昇っている。



 父さんの運転する軽トラはガタガタと音を立てて、もうオンボロであることを主張する。


 今時軽トラでもオートマだというのに、こいつはマニュアルだった。

 父さんの荒っぽいギアチェンジに文句も言わず対応している。


 晴奈が指示した住所に行くと、既に玄関にいくつか段ボールが出ていた。

 どうやらこのお宅で間違いない様だ。



 軽トラをとめると、丁度段ボールを外に運び出してきた男性がこちらに気付いて近づいてきた。


「こんにちは。池ヶ谷と申します。すみません、急なお願いをしてしまった上にご挨拶にもうかがえず」

「こんにちは、柳澤です。そちらのお嬢さんが晴奈のお友達ということですし、私がするのは車をお貸しするくらいですので。それに仕事に行く途中に寄っただけですから、お気になさらず」


 到着するなり父さんは男性と挨拶を交わしていた。



 俺たちが軽トラから降りるころに、ちょうど玄関から二人の人影が現れた。

 その二人はともに女性で、うち一人の顔は見覚えがあった。


「雪芽さん!?」

「雪芽さん!」

「「え?」」


 俺がその人、雪芽の名を呼ぶと同時に、隣からも彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 俺が驚いてそちらを見ると、声の主である晴奈も驚いた様子でこちらを見ていた。


 じゃあもしかして晴奈の言ってた綺麗なお姉さんって……。


「やあ、いらっしゃい、陽介君、晴奈ちゃん」


 このしてやったぜみたいな顔をして俺たちを出迎えに来た雪芽さんのことか!?


「え、なんで雪芽さんとお兄ちゃんが面識あるわけ!?」

「いやそれこっちのセリフ」

「あははっ! もーサイコー! 陽介君の顔今すっごくあほっぽいよ!」

「うるへえ」



 爆笑する雪芽の後ろから、困ったような笑顔でやってきたのは、雪芽の母親だろうか?

 雪芽をたしなめる姿は実におしとやかだが、どことなく雪芽に似ている気がする。雰囲気かな?


 彼女は雪芽と並ぶと、申し訳なさそうにこちらに頭を下げる。


「ごめんなさいね、この子ったら昨日からこの調子で。まさか雪芽の話に出てくる男の子と女の子が兄妹だったなんて知らなかったわ」


 そう言って雪芽の母親は雪芽の頭を軽くごつく。

 雪芽はごめんごめんと謝ってはいるが、まだ笑いの余韻が消えていない様子だった。


「もしかしてお兄ちゃんが言ってた駅で会った変な人って雪芽さんのことだったの?」

「え、ちょっと待ってなにそれ? 陽介君私のことそんな風に言ってたの!?」

「いやだって初対面の時は完全に変人だったじゃん?」


 むくれる雪芽、それに便乗して俺を責める晴奈、困った様子の雪芽の母親、焦る俺。

 状況は混沌を極めていた。



「要するに、私は陽介君、晴奈ちゃんと別々の時間に駅で会ってたってこと! 運命的だよねぇ」

「で、そのことを知っていたのに話さなかったと?」

「ごめんごめん、二人の驚く顔が見たくてつい」

「ホントに驚きましたよ!? せめてあたしには教えてくれてもよかったじゃないですかー!」


 状況をすり合わせると、本当に偶然だったようだ。

 意図して晴奈に俺のことを話さなかったのは悪意があるが、それも今となってはあまり重要なことではない。



 それから俺は軽く雪芽の父母とも挨拶を交わした。

 母親が静江さん、父親が鉄信てつのぶさんというお名前らしい。



「じゃあ、父さんはこれで仕事に行くから、お前たち、くれぐれも失礼のないようにな」


 父さんは挨拶もそこそこに、それだけ言うと歩いて職場の方に行ってしまった。

 ここから父さんの職場までそんなに距離がないことで、長く話し込んでしまったらしい。



 それから、長話もなんだということで荷物の積み込みが始まった。

 主に荷物をまとめるのが女性陣、運び込むのが俺と鉄信さんの男性陣ということで、作業は進んでいく。


 家具の類はそれほどなく、主に布団やら衣類やらが主だったので、これと言って重いものもないのが救いだった。

 どうやら家具類は引っ越してから購入するらしい。


 前の住居にあったものはほとんど部屋と一緒に借りていたものらしく、引っ越しに際して手放してきたという。



 積み込み自体はすぐに終わり、俺は鉄信さんと共に軽トラで荷下ろし先に向かう。

 女性陣は旧居に残ってお昼の準備だという。


 まあ、この量の荷物だったら俺たち二人だけで運べる量だし、問題ない。

 しかし、この30分ほどの時間の中、今日会ったばかりの大人と話すことなどそれほどなく、そっちの方が問題だった。



「陽介君は雪芽といつ知り合ったのかな?」

「えっと、夏休み入ってすぐだったので……、27でしたかね」

「そうか。さっき雪芽が変人だなんだと言っていたがあれは何かな?」

「い、いや、それは初対面の時の雪芽さんがあまりに僕に突っかかってくるものだったのでつい……」

「ふーん、そうか」


 なにやらピリピリした空気をまとっている鉄信さん。

 俺が何をしたというのだ。


 この人の妙に突っかかってくるところは雪芽に受け継がれているのかもしれないと、そう思った。

 それからの道中は沈黙が支配していて、なんだか気まずい往路となった。


 こんなんで無事引っ越し終えられんのかなぁ……。



 随分と長い時間をかけて引っ越し先まで移動した後、荷物を降ろすことになったのだが、ここでもいろいろあった。


 少し重い布団を運んで息をあげていると一言。


「ほら、こんなことでバテるようじゃダメだぞ、陽介君」


 段ボールをどさりと床に置くと、


「そんなんじゃ中身に傷がつくかもしれないだろう」


 と言われたりと、何かにつけていちゃもんをつけられた。


 本当に俺が何をしたというのだろうか……。

 ただ引っ越しを手伝っているだけだというのに、何が気にくわないんだろう。

 なんかだんだんイライラしてきたぞ。こっちは休日を割いて手伝ってやってるというのに!



 一通り荷物を降ろしきり、俺たちは復路につく。


 先程まで饒舌に俺に突っかかってきた鉄信さんは、今度も終始だんまりだった。

 車に乗るとしゃべれない人なのだろうか。



 しかし、もう少しで旧居につくといったところで鉄信さんは口を開いた。


「陽介君、おじさんは君が気にくわない」

「え」


 いきなりなんだそれは!? 俺何もしてませんよね!?


「君はいとも簡単に雪芽から笑顔を取り戻して見せた。それもたった一度顔を合わせただけでだ。おじさんたちがどれだけ努力しても成し遂げられなかったことを、君はそれだけのことで成して見せた。それがどうにも悔しくて」

「……」


「君の話を楽しそうにする雪芽を見ていると嬉しい反面君が憎たらしくなってくる」

「でも雪芽さんは晴奈の話もしてるでしょう?」

「晴奈ちゃんは雪芽の友達だからね」

「いや、俺も友達ですよ」

「だが君は男だ」


 えぇ……。

 俺が男だから冷たく当たってるってこと? 何それ理不尽。



「だが君が雪芽の笑顔を取り戻してくれたのは事実だ。そこは素直に感謝しなくてはいけないと思う。だから言わせてくれ、ありがとう」

「い、いえ、大したことでは……」

「大したことなのさ、おじさんたちからすればね。……雪芽は体が弱くてね、空気がきれいで静かなこの場所におじさんが呼んだんだ。そうしたら少しは良くなるだろうってね」


 信号機が赤になる。

 軽トラはゆっくり減速して停車する。


「まだ明確な変化はないが、咳も少なくなったし、いい方向へ向かってると思う。でも気がかりだったのが心の方だった」


 そう語る鉄信さんの顔は苦虫をかみつぶしたかのようだった。


「雪芽は度重なる病気のせいで疲れていたんだろう。あまり笑わなくなってしまった。昔はよく笑う子だったのに」


 昔を懐かしむ鉄信さんの声音は悲しげだった。


 確かに、最初会った時の雪芽は仏頂面の変な少女だった。

 だが今はよく笑う快活な少女へと変貌している。あれが素ということだろう。




「それがここ最近はよく笑うようにもなった。そのことがとても嬉しいんだよ」




 信号が青に変わる。


 鉄信さんはゆっくりと進み始める。

 雪芽達の待つ旧居に向かって。


 その運転は、さっきよりもいくらか優しいものへと変わっていた。


 それから車内では特に会話は交わさなかったが、往路よりも居心地が良かった。



 しばらくして旧居に戻ってくると、女性陣が昼食の準備を終えたところだった。


「あらお帰りなさい。ちょうどご飯ができたところですよ」

「ああ、うまそうな匂いだ。何を作ったんだ?」

「太巻きだよ。おいしそうでしょ!」


 池ヶ谷家族の会話をしり目に晴奈を見ると、晴奈もエプロン姿で自慢げに皿に並んだ太巻きを見ていた。

 どうやらちゃんとお手伝いはできたらしい。



「陽介君もお疲れ。はいこれお茶」

「お、ありがと」


 キンキンに冷えた麦茶は疲れた体によく染み渡った。

 途中で鉄信さんの鋭い視線に気づいたが、目を合わせてはいけない気がしてスルーした。



 それからみんなで食卓を囲み、昼食と相成った。

 互いの身内話に花を咲かせながら、太巻きを手に取っていく。


 一通り用意された太巻きを食べ終わると、今度は自分で具をまいて手巻きずし作ったり、楽しい昼食だった。



 その後、引っ越しはつつがなく進んでいき、思ったよりも早く終わった。


 それからゆっくりお茶でもしながら会話を楽しんだり、ちょっとしたゲームをして遊んだりと時は過ぎていくのだった。



 途中鉄信さんと静江さんは荷ほどきに行くと言って自分の車で新居の方へと行ってしまった。

 鉄信さんは俺と雪芽を一緒に残していくのは嫌だったようだが、晴奈がいるからと妥協した様子だった。


 そんな晴奈と雪芽さんは仲良く談笑中。こうして見ていると姉妹のようだな。

 あ、そういえば晴奈と雪芽さんは友達だって言ってたな。ってことはすでに4回以上会ってるってことか?



「そういえば雪芽さんと俺ってこれで4回会ったことになるよね? ってことは準友達卒業?」


 そう声をかけると、雪芽さんはそうだねと言って微笑んだ。


「確かに理論上はこれで友達だね。でも調子にのっちゃだめだからね、まだ友達ってだけで親友とかじゃないんだから」

「え、その先があるの?」

「当たり前じゃん! 友達はメッセージやり取りしたり、一緒に遊んだりはするけど、お泊り会まではしないし」

「なにそれ、親友は何回会ったらなれんの?」

「秘密ー」


 いたずらっぽく笑う雪芽はそう言うと晴奈を抱き寄せた。


「でも晴奈ちゃんとはもう親友だもんねー。というかもう妹みたいな感じ?」

「あたしも雪芽さんがお姉ちゃんだったら嬉しいです!」

「じゃあじゃあ雪芽おねーちゃんって呼んでみて!」

「ゆ、雪芽おねーちゃん……」

「きゃっー! 可愛いっ!」


 そう言ってより強く晴奈を抱きしめる雪芽。

 おいおい、勝手に俺の妹を取らないでくれ。

 そして晴奈も満更でもなさそうな顔しない!


 しかし、雪芽の理論で言う親友ってなんなんだろう。晴奈はもうその条件クリアしてるみたいだし、気になる。



 それから少しのもやもやを抱えながら時は過ぎていき、父さんが帰ってくる時間になった。

 その時までには雪芽の両親も帰ってきており、父さんとまた挨拶をしていた。


 俺たちもひとまず別れの挨拶をする。

 今日から新居で寝るみたいだが、まだ少しやることがあるらしい。



「あ、そういえば陽介君と連絡先交換してなかったよね? しとく?」


 挨拶の途中、雪芽は思い出したようにそう言った。

 そういえば連絡先の交換もまだしてなかったんだったな。友達が聞いてあきれるというものだ。


「ああ、しとこうぜ。せっかく友達になれたんだしな」


 QRコードを読み取って連絡先を交換する。

 新しい連絡先に雪芽の名前が刻まれていることに少し胸が高鳴る。


「これでいつでもお話しできるね」

「お、おう」

「……お兄ちゃん?」

「おーい、陽介、晴奈! 帰るぞー!」



 父さんの声がかかり、この場はお開きとなった。

 雪芽の両親に挨拶し、俺たちは軽トラに乗り込む。

 父さんが最後に雪芽の両親と軽く言葉を交わし、軽トラは走り出す。


 ミラーには手を振る雪芽が映っていて、それに返す晴奈も映っていた。

 俺も窓から手をだして軽く手を振る。

 その時雪芽が笑うのがミラー越しに見えて、俺は少し嬉しくなった。



 帰りの道、震えたスマホの画面には雪芽からのメッセージが届いていた。




『初メッセでーす! 陽介君、今日はありがとうっ! お父さんもお母さんも助かったって喜んでたよー。今度から家も近くなるし、晴奈ちゃんも一緒にどっか遊びに行こうね』




 俺は叫びだしたい衝動に駆られる。

 なぜだかはわからないが、そんな気分になったのだ。



 空を見上げると積乱雲が立ち上り、夕日で赤く燃えていた。

 そう、夏はまだ始まったばかりなのだから。

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