第3話 兄妹の仲は家庭によりけり
「あ、自転車あんじゃん。なんで?」
俺が家に帰ると玄関に俺の自転車が置いてあった。
駅をいくら探しても見当たらないから、盗まれたんじゃないかって心配してたのに、なんで勝手に家に帰ってるの君?
「ただいまー」
玄関の戸を閉めながら声をかけると、中からやる気のないお帰りが聞こえてきた。
どうやら
「おい、今日出かけたのか?」
「うん。お兄ちゃん、あたしの自転車無断で乗ってかないでよ」
「はぁ? あれは俺の自転車だろ?」
「お兄ちゃんのはこの前壊れたとかで今修理に出してるじゃん」
「あ、そういえばそうだ。わりぃわりぃ、今度アイスでもおごるよ」
「アイスは別にいい。乗ってもいいけど、次はちゃんと許可とってよね」
「うぃー」
晴奈は扇風機の前でだらしなく寝そべっている。
あいつも今年で中2なんだし、もちっと恥じらいを身に着けたらどうかと思うが、曰くオンとオフがあるのだとか。
にしても食にがめつい晴奈が、今日に限ってアイスはいらないとか。どういう風の吹き回しだ?
あ、分かった! ダイエットだな~? 夏休みでゴロゴロしてるから太ってきたんだろ!?
そう思うと少しだけ寛容な気分になる。今日の夕食はちょっと脂質に気を付けてやるか。
ちらりと盗み見ると、なにやらスマホ片手にニヤニヤしている。
まーた友達とだべってるのか? 男だったらお兄ちゃん許しませんからね。
そういえば今日の帰りにはさすがにあの雪の妖精はいなかったな。いったい何だったんだろうか。ともすれば本当に妖精だったりして?
そんなことをいえばまたあの少女に笑われそうだが……。
時計を見ればすでに6時。夕食の支度をしなくてはいけない。
両親は休みが取れたからと言って二人きりで旅行に行ってしまった。子供を置いていくのかと抗議したものだが、俺には補習があるし、晴奈は温泉より友達と遊ぶ方がよかったらしい。
故に夕食は俺が作ることになっている。
まあ、最近はネットで大体の作り方はわかるし、その通りに作ってればゲテモノなんてできないのだから便利な世の中になったものだ。
「お兄ちゃーん、今日の夕食なに~?」
「今日は肉野菜炒めとコンソメスープだぞ」
今日の献立を聞くと、晴奈は勢いよく立ち上がり、キッチンへ駈け込んできた。
「なんでそんなに脂っこいものばっかりなの!? もうちょっとヘルシーなやつにしてよ!」
いや、これでも十分譲歩したと思うんだが……。
もともと油ギタギタ中華とかにしようと思ってたんだが、男子のヘルシーと女子のヘルシーの間には埋めがたい溝があるのだろう。
「文句言うなー。俺の料理が嫌なら自分で作りなさい」
「えー、それはめんどい……。から、寿司頼もうよ! 寿司!」
「そんな高いものは食べられません。そもそも夕食代にもらったお金も激少ないんだから、寿司なんて食べたら明日のお昼とか何も食べられないぞ」
それを聞くと晴奈はしぶしぶあたしも手伝うと言ってきた。
よしよし、こうやって妹は立派なレディになっていくんだな。
美味い料理が出来ればそれだけで男からの好感度は上がるからな。料理は美味くできるに越したことはない。
かく言う俺も手の込んだ料理は面倒臭いのでやらないのだが、それでもできないよりはましだろ。
一時期は料理ができる男子はモテるなんてもてはやされていたが、それもイケメンに限った話だったようで、俺みたいな一般男子にスポットは当たらなかった。
あぁ、世知辛いねぇ……。
「それで、お兄ちゃん。今日はあたしが献立決めてもいいよね?」
「別に構わんが、あまり凝ったのはやめろよ? あと冷蔵庫の食材でできる何かにすること」
「はぁ!? 何その縛り! い~じゃん新しいもの買っても!」
そんなことを言う愚かな妹に、俺は冷蔵庫の中身を見せてやった。
中にはまだまだ食材がたんまり残っていて、新たに食材を買い足すなんてもってのほかだ!
「ほれみろ。こんだけあれば肉野菜炒めとコンソメスープが作れるだろうが」
「いや、それはさっきやだって言ったじゃん。これなら豆腐ハンバーグとピーマンの肉詰めとかいっぱい作れるじゃん」
「おぉ……。なんかおしゃれっぽい」
「いやどこが?」
晴奈のバカを見る視線をかいくぐり、俺は早速豆腐ハンバーグとピーマンの肉詰めのレシピを検索する。
内容を見てみてばなんてことない。
要はハンバーグのタネ作って、ピーマンにぶっこめばいんだろ? んで、ハンバーグの肉の部分のいくつかを豆腐に置き換えればオッケーと。簡単簡単。
「うわぁ、べたべたして気持ち悪い……」
「ちゃんと手に油つけたか? つけないと手に張り付いて大変だぞ」
「え!? それ先に言ってよ~……。油つけないで触っちゃったじゃん!」
ハンバーグのタネをこね始めてすぐ、見れば晴奈はその両手いっぱいにタネをつけていた。
あーあ、こりゃとるの大変だぞ……。
「ばっか、ちょっと待ってろ、今取ってやるから」
晴奈の手からハンバーグのタネを取り除く。
取り除いてそのまま丸めて形を作ってしまう。
それにしても晴奈、大きくなったな。
昔は俺の人差し指握るのが精いっぱいの大きさだったのに、今じゃハンバーグ作れるんだもんな。
「お前もJKになったら化粧とかして、綺麗になっていくのかねぇ」
「な、なに? 急に。キモイよお兄ちゃん」
つい感慨深くなって口をついた思いは、晴奈に届かなかったようだ。
うーん、晴奈も大人になったらわかる日が来ると、お兄ちゃん信じてますからね。
「そもそも高校生って化粧とかするの?」
「さあ? 校則だと禁止されてるっぽいけど、みんなやってるんじゃね?」
「お兄ちゃん彼女いないから知らないもんねー」
「うるへえ」
そんな風に他愛ない会話をしながらペシペシ……。
ハンバーグのタネから空気が抜けていく。
「そういえば今日すごく綺麗な人を見たよ」
晴奈はおもむろにそう言った。
視線を向けると、晴奈はこちらを一瞥もせず、至って真剣にハンバーグのタネから空気を抜いていた。
「どこで?」
「駅。天使かと思っちゃうほど綺麗な人だった」
「ほーん。どんな人?」
晴奈はタネをまな板の上に置くと少し考えるそぶりを見せた。
「うーん、綺麗な白いワンピースに、かわいい麦わら帽子被ってて、なんかお嬢様みたいな人だった」
「え、それって……」
まさかやけに俺に突っかかってきたあの少女か? いやいや……。
「それで、よく笑う笑顔がとっても素敵な人だった!」
「あ、違うわ」
「さっきから何一人でぶつぶつ言ってるの?」
「いや、こっちの話」
よく笑う? 笑顔が素敵? あいつはほとんど笑ってなかったし、きっと別人だな。
しかしあの少女もなかなかの美少女だったのは間違いない。
……明日も遅刻したら会えるだろうか。
っと、バカな考えはよせ。今日山井田にこっぴどく叱られたばっかじゃないか。結局明日も補習になっちまったし。あー、最悪。
「そういえばお兄ちゃん、今日は朝からどこ行ってたの? 随分急いでたみたいだけど」
「んー? 補習」
「は? 補習? なんで?」
晴奈は新たに手に取ったタネの形を整える手をとめて、こちらを不思議そうに見ている。
あれ、今日補習だって言ってなかったっけ?
「テストで赤点取ったんだよ。んで、今日から補習だったわけ」
「うわっ、だっさ」
「うるへえ」
ダサいお兄ちゃんですいませんでしたねぇ!
ハンバーグを叩きつける手に力が入る。あ、勢いつけすぎて飛沫が。
「で、明日はなんかあるの?」
「んー? 明日も補習」
「は!? なんで? 補習は今日終わったんじゃないの?」
「いや、今日遅刻したから明日は振替補習」
「……うわ、だっっっさ」
「うるへえ」
俺だって遅刻したくて遅刻したわけじゃないし。1時間に1本しか電車来ないのがいけないんだし。
まあ、寝坊したのは俺に非があるんだけども。
「なーんだ。明日その人にお兄ちゃん紹介しようと思ってたのに」
「ん? なんだ、晴奈その人と友達にでもなったのか?」
そう聞くと晴奈はフルフルと首を振る。その振動でずり落ちてきた袖を口を使って捲り直す。
全く、お行儀の悪いこと。
「ただ、明日も同じ時間に行ったら会えるような気がしてるだけ。その人お兄ちゃんに会いたがってたみたいだったから」
「は? なんで俺に会いたがるんだよ」
「お兄ちゃんのバカ話したの」
「おん? いつ俺がバカやったんだ?」
晴奈はそれには答えず、ただ失笑だけを返した。
いったい俺がいつどこでバカやったというんだ……?
それから俺たちはハンバーグを焼き、ピーマンの肉詰めを作り、キムチと米をお盆に乗せて慎ましやかな夕食と相成った。
テレビを垂れ流しながら二人で食事をする。
これと言って話すこともなく、これうまいな、うんそうだねくらいの会話を断続的に繰り返していた。
それから各々食べ終わった食器を洗い、晴奈は居間でゴロゴロ、俺は風呂に入った。晴奈は風呂に時間がかかるから、いつも俺が先に入っている。
もう晴奈も立派な女子ということだ。
風呂からあがって晴奈を呼ぶ。後は好きなことやって寝るだけだ。
俺はスマホを手に取り、ゲームを開く。
「え、ちょっとまって、新マップ来てんじゃん! これはいかなくては!」
今ハマっているゲームに新マップが来ていた。どうやらイベント終了後に追加実装されたらしい。
俺は布団にもぐりこむとさっそく新マップに関する情報を集め始める。
ふふふ……、寝るまでには一通りクリアしてやるぜ。幸い夜はまだまだこれからだからな!
スマホの右上に見えた時刻のことはひとまず頭の外へ追いやって、俺の夜は更けていくのだった。
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