人形

祖バッタ(羊)

マネキン・ショー

「ん…?」

 冨樫は目の前のモニターの数値を見つめ直した

 9464番のLAVが若干高くなってきている。

 今日の世界も正しく狂っていて、我々100人程度の人間以外は思想まで縛られて生活をしている。

 ちなみに、LAVというのは

 ラテン語で「Liberum Arbitrium Voluntatis」、つまりは「自由意志」に関する数値だ。

 これが実に厄介で、押さえつけても押さえつけてもこの数値だけは管理しきれない。

 だから我々がこうやって厳重に管理してるんだが…

「どうしたんです?先輩」

「んや、こいつ、LAVだけ他の人間よりすば抜けて高いんだ。」

 ほら、ここ。という代わりにモニターを指さす

「あ、ホントだ。日常生活のプログラム組み直します?この子の今までの記録調べてきます」

 普通、現代の社会ではこうした精神的な数値の均衡を崩さないために日常生活のテンプレートを作って、無意識にそのテンプレのみに従うようされている。

 例えば、この子の場合

 7:00起床

 7:02朝支度

 7:05朝食

 7:20登校

 …のように、全て事細かに設定している。なんなら通学路さえプログラムしていて、寸分違いなく毎日同じ歩幅で歩かせている。

 それでも自由意志は途絶えない。

 彼らは、体は支配されつつも心の奥底では自由を願っている。

 さぁ、今日も彼らの自由を殺す仕事をしよう。



 毎日広がる光景は、毎日同じものしか移さない。

 空はもう灰色しか映さないけど、昔は青かったんだって。

 コツ、コツ、コツ、コツ

 僕はただただ自分の足音を聞く。

 なんで足音はなるんだろう?きっと、いつか、誰か、教えてくれる。

 カタンコトン、カタンコトン、カタンコトン

 電車が後ろからやってくる。

 中の人達は全く同じ間隔で、全く同じ顔で、同じ格好で中に入っている。

 これから会社に行くんだね。パパもきっとそこにいる。

 カンカンカンカンカン

 踏切の音が鳴る。

 あぁ、そういえば最近、いつも通りじゃない光景が増えたんだ。

 踏切の真ん中に、犬がやってきた。

 犬は線路の真ん中に立つと、僕を見ながら

 グシャッ

 僕は赤い飛沫を受け、また学校に向かう。

 犬は、どうして死ぬんだろう?

 僕も、いつかは死ぬのかな?



「分かりましたよ先輩」

 さっきの後輩が後ろから声をかけてくる。

「おう、悪いな…俺の担当なのに」

「んっ、まぁ…ツケにしておいてあげますよ」

 下品な笑みを浮かべて、後輩は親指と人差し指で円を作って『金』のサインを作る。

「調子に乗るな」

 受け取ったファイルで頭を小突いた。

 イテッ、っと声を漏らして手をヒラヒラさせながら退散して行く姿が見える。

 まぁ、コーヒーくらいでも奢ってやるか。

 ファイルを開き、9464のデータを打ち込む。

 異常なし、異常なし、異常なし……ん、

「見つけた」

 8歳の誕生日の時に配給させた犬が行方不明になっている。

 犬のLAVも管理済みのはずだが……?

 その後…しばらくしてから9464の日常にも異常が。これは…

 犬?だろうか。

 彼の通学路の途中にある踏切、そこで「犬が轢かれる」習慣がついている。

 4649の習慣にいつの間にこんなものが組み込まれていたのか。

 バグの更新は簡単だった。

 モニターに表示されたパネル式の生活習慣の中から小石をどけるだけ。

 これだけで、他人の人生なんて掌握できる。

「更新…っと…」

 更新は一回寝ると反映される、だからきっとこの子も明日には嫌な物を見なくて済むだろう。

 しかし、このこの視点カメラから見る授業風景はいつも筆舌し難い何かを感じる。

 ただ黙って、異常な速度で黒板を羅列する教師、それをただただ黙々と写すだけの生徒。

 響き渡るのはチョークと黒板が殴り合い、シャープペンシルとノートが啀み合うその音だけ。

 午後の体育も声援のようなものが聞こえるようだが、誰も彼も笑ってはいない、応援している顔つきにもなっていない。

 彼らにとって人生とは何か。

 それを見るだけの私の人生は何か?

「………っふー…」

 管理する側も楽じゃないな。と、ため息をつく。

 冨樫は指で眉間を抑え、目をギュッっと瞑った。ここ最近、休めてなかったからかな…なんか眠く……。



「9459。満点。9460。満点。9461。満点。」

 僕らの名前と、同じ点数。

 なんとなけ今日だけは、空が違う色を写しているんじゃないかな。そんな他愛もない期待で空を見上げる。相変わらずの灰色。

 僕はさっき一瞬だけ思いついた。

「誰かに強いられてる気がする」

 何かが僕らの生活を操作してる、そんな想像が頭を過り始めた。なんでかは分からない。それ以上考えようとしたら思考が一瞬正された気がした。

 ただ、その異質な思考の変化が僕にさらなる疑念を抱かせた。

 ここで、いつもと違う行動を取ってみよう。

 初めての試みだった。僕はこのテストを受け取らない。

 いつもと違う僕を見て、先生は何をするんだろう。

 半分畏怖を覚えながら僕は待っている。

 …畏怖?



「先輩!先輩!起きて!…起きろ!」

 後輩の声が聞こえる。

「アラート!」

 後輩はモニターを勢いよく指さした、

 そうか、俺は寝てたのか……。…?

「アラートだって?!」

 指さす方向を見ると、LAVが限界値までふりきっている人間がいる。

 9464か…!

 視界をモニター全体に映す。

 ここまで来ると、俺達全員の問題になってきてしまう。

 何しろ、人の想いは伝染しやすい。

 怒りや恐怖は、特に。



 もうすぐ僕の名前が呼ばれる、9462…9463…!

 でも、嫌な予感が強かった。

 9463の後ろに僕はいないのに、9463は僕を見ない。

 9465の前に僕がいないのに、9465は僕を咎めない。

 そして、また電流が走った気がした。

 あのプリントは、何としても手に取らないといけない気がした。でも、もう遅かった。

 先生は言う

「9464。満点。」そう言ってテストを虚空へ差し出し、床に落とした。

 何事も無く、みんなは進む。僕のテストは後続する皆に踏み潰されていた。

「あああああああああああああああああ!!!!!」

 目からとめどなく液が、額から、脇から、おへそから、背中から。

 全身から液が吹き出した気がした。

 僕らは、ずっと管理されていたんだ。

「ああああ!!!」「あああああ!!!!!!」

 次々に声が上がる、皆、気付いたんだろう。

 僕らは怒り、箒や椅子、机なんかを担いでバスへ向かった。

 バスをジャックしたら僕らは工場へ向かい、壊して、あの空の向こうを眺めるんだ、と僕らは口に出さなくてもわかったように行動をしていた。

「ああああああああ!!!」

 近くに落ちていた箒を持って僕も通学路を遡る、もうしばらくするとバスが見えるはずだ。


 不意に、踏切が目に入った。

 あの犬達の死は、踏切が僕の視界に入ることがトリガーになっていたとしたら…。

 僕は1人立ち止まって、皆過ぎ去った後も少し残ってみる。

 犬が、現れた。

 僕の体は自然に動いていた。

 いつもは知らない犬だけど、あの犬は知ってる。いなくなったと思っていた!ずっとこの街にいた!

 前に、飼っていた犬だった。

 カタンコトン、カタンコトン、カタンコトン

 奥から電車が走ってくる、

 コツコツ、ダダダダ…

 いつもと違う音が聞こえる、それだけで、生きてる気がした。

 僕は線路から犬を突き飛ばすと、初めて、自分の意思で、自分の喋りたい言葉を喋った。

「もっと、自由から━━━━」

 灰色の空を最後に、その幕は降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人形 祖バッタ(羊) @tamitune370

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ