感傷:泣き蛇

 氷の世界を、壊して暴れて逃げ出して。

 小瀧は今、とまどいよりも強い、熱い感情に苦しみ悶えていた。

 熱を冷ますために、あるいは光から逃れるために。小瀧は、寒く暗く狭いところで、鞠のように身を丸めていた。両目からは絶えず雫が零れ落ちている。


「これが、恋か」


 震える声で、噛みしめる。


「こんなに苦しいのかよ、恋ってのは」


 気まぐれに奪った『恋心』。あのとき感じた、小瀧にとっては小さかったミヤの痛み。自身に降りかかると、こんなにも――


 ぽろぽろと、小瀧の涙は落ち続ける。


 苦しさの中で思い出されるのは、ミヤと交わした何気ない言葉。過ごしてきたあたたかい時間。

 ある日現れたアキヒコを邪魔に思った気持ち。


 ミヤのことは全部全部、自分だけのものにしたい。

 自分を見てほしい。自分だけを見てほしい。


 いつからか自覚した心は、奪った『恋心』がもたらしたもの。


「――ああ、ミヤ、ミヤ……」


 ミヤの優しい目。「愛してる」という言葉。


「わからねえ、わからねえ。おれには『愛』なんてわからねえよ……」


 ああ、ミヤ、ミヤ――


 小瀧の涙は止まらない。

 そして小瀧の白い身体は黒く染まり、小さくなっていく。

 どんどん黒く、どんどん小さく。

 瞬きのうちに、消えてしまいそうなくらいに。


 ――小瀧


 小瀧は幻を聞いた。自分の名を呼ぶ幻を。

 それはミヤの声に思えて、そんなはずはないと、頭の中から振り払おうとする。


 ああ、苦しい、苦しい。

 いっそのこと、このまま消えてしまおうか――


「小瀧!」


 それは今度こそ、まちがいなくミヤの声だった。

 反射的に顔を上げた小瀧の目に、薄黄味の生地と紅の線で描かれたアンティーク模様がひるがえる。

 袖口から伸ばされた白い手が、小瀧の尻尾を捕まえた。


「見ーつけた」


 ミヤが笑う。少女らしく、無邪気に。


「小瀧。わたしの『恋心』、返してもらうね」

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