第4話 「グッバイ・サンタクロース」
「いやー、ナニコレナニコレー、予想外にもほどがあるってー! 過去の自分に殺されるなんてダッサー。マジ、マジウケんだけどー!! あっはっはっはーー!」
波音が振り向くと、そこにいたのは小柄な少年だった。端正に切り揃えられた前髪からはその少年の育ちの良さが伝わってくる。その反面、その顔に貼りつけた笑みは果てしなく下品で、波音には先ほどの男の笑みを連想させた。
「あー、傑作、傑作。やっぱゴミはどんなに加工してもゴミなんだ、よーくわかったよ、まぁ、僕はもともとそんなことわかってたけど」
靴のかかとで男の亡骸を弄び、少年は息絶えた男へと軽蔑の眼差しを送る。
「せーっかくサンタが望むものをプレゼントしてやったって言うのに」
「……全部、あなたのせいなの? この人に黒サンタのことを教えたのは、そして過去に送り込んだのは!!」
波音の問いに、小柄な少年はにっこり笑って答える。
「もちろんその通りさ!! 幼少期に受けた黒サンタからの呪縛のこと、コイツはずっと苦しんできたみたいだったからね。僕がサンタとして精神操作を解除して、ヒントを与えてあげたんだ♪ ……でもその後を追ってみたら死んでんじゃん。そんなのつまんねーから」
「……つまらない? ふざけてるの? そんな軽い、たったそれだけの理由で、私は死ぬ思いをして、この子は殺されたって言うの!?」
声を荒げる波音を少年は嘲笑う。
「うん。だって、その方が面白そうじゃん」
まっすぐで純粋な目をして言う少年に、波音は思わず言葉を失った。
「いやー、サンタの力に目覚めてからさー、そのへんのガキにプレゼントやったりもしたんだけどさー。飽きんだよねー、これが。もうワンパターンでクソゲーなのさ。そんなのやるより、ちょっといかれた奴らの願いを叶えた方が何倍も、何百倍も面白いんだよ。……現にほら、こんなだっせー死に方で死ぬ阿呆の姿も見れたし……」
「……して」
「え? 何ですか?なんて言ったんですか?」
「撤回して!! この人は確かに常軌を逸した人だったけど、貴方に人生をおもちゃにされるような権利なんてない! ……だから、ゴミとか阿呆とかあなたが言ったこと全部、撤回してよッ!!」
きっと少年を睨み付ける波音。少年はしばらく半笑いで波音を眺めてから、
「はは。うっせぇよブスッ」
手を伸ばして空を鷲掴みにする。波音の身体が宙に浮き、首筋が何か圧迫されて息が出来ない。
「あーあ、せっかく消化不良感否めないのを、なんとかネタにして笑ってやろうと思ったのに……興ざめだよ興ざめ。……責任取って死刑ねー」
絞められる自身の首に手を伸ばし、波音は必死に首を掻く。
「お前の大好きなそこのゴミと、死後の世界で再会でもしろよ。寛大なサンタからのプレゼントだ」
口から何かわからないものが流れ出し、波音の意識が遠くなる。
「じゃあね、メリークリスマス。もっとも、君はたどり着けないけど」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
地鳴りのような音がして突如天井が崩れ、少年に降り注ぐ。同時に黒サンタが手に持った刃物と共に推進力を伴って少年へ飛びかかった。
突然の天井の崩落に気をとられた少年はその一撃をかわすことが出来ず、深々と胴体へと刃物が突き刺さった。同時に波音の拘束がとけたらしく、その場に崩れ落ちる。
「がは、……お前……なぜ、……動ける?」
吐血交じりの少年へ、黒サンタが息を乱しながら答える。
「……なぜ?」
「……んなの決まってんだろ…………」
黒サンタはその手をかぎ爪のように構え、
「てめぇみたいな下衆を殺すために生きてっからだよぉおおおおッ!!!!」
目にもとまらぬ速さで少年の左胸をぶち抜いた。
その手を抜くと、少年の身体から血がしぶきを上げて噴出し、そのまま地面へと倒れる。
「が……、こ、れで、……おわ……りだと……おも……」
天井からの落下物が少年の顔になだれ込み、土煙が辺りに広がる。
廃墟と化した納屋からは、黒サンタと彼に担がれた波音だけがその場を後にした。
***
波音が目を覚ますと、そこは見慣れた自室だった。
なんだか頭がぼーっとして、何も考えることができない。その感覚のまま何気なく寝返りを打つ。
そこには、黒サンタの顔がすぐ近くにあった。
「うううわわわわわわ!!!」
思わずベッドを転げ落ちそうになり、寝ぼけていた頭が一気に目が覚める。同時にベッドサイドに上半身を預けていた黒サンタも目を覚ました。
「ん……、あ……起きたのか」
「おおお起きたのかって、何その反応!? 勝手に人のベッドで寝ててなんでそんなに冷静なの!? ……ま、まさか私が寝ている間、私の身体に変なことをッ!?」
「……してねぇけどよ、一応お前もボロボロだったから、その……」
「……その?」
「……勝手に服は着せさせてもらったが……」
「……ッ!」
波音が自身を見下ろすと、ついさっきまで来ていたはずの学校の制服ではなく、見慣れたパジャマになっていた。そのデザインの幼稚さといい「着せられた」ことといい、いろいろと処理しきれない波音の顔がみるみるうちに赤くなる。
「な……ッ!! バカッ! 変態ッ! ゴミ! 死んじゃえ!! もう私お嫁にいけない!!!」
「……ちょっと待て。なんで善意の行動をそこまで罵られなきゃならねぇんだ!? あの血だらけの服で寝たらベッドが再起不能になんだろ。一体何の問題があんだよ!」
「うるさい! 知らない!! ……だって見たんでしょ、私の裸!! 触ったんでしょ、私の身体!!」
「……いや、見てないし、触ってないけど」
「嘘!! そんな見え透いた嘘を言ったって……」
「……お前、忘れてない? 俺、黒サンタ、超能力者だってこと」
しばしの沈黙。
「……お前が考えてることはたしかにそうだ。そう疑惑するのは普通は真っ当だ。だが俺は、お前の裸を見なくても服を脱がせられるし、ベッドへも運ぶことができる」
「しょ、証拠はッ!? その主張が本当で、あなたが私に何もしてない証拠は?」
「……そこまで言うなら、過去に、戻ってみるか?」
しばしの沈黙。波音は顔を赤くしたまま黒サンタをねめつける。しかし視線で抗議する以外の方法をとることが出来ないようだった。タイムリープは負担がかかることを波音は知っていたからだ。
「……ほらな。お前は何も恥ずかしがることなんてねぇんだ。……唯一挙げるとしたら、その絶望的センスの欠如したガキくさい寝間着くらい……」
「うううっさいバカッ!!」
その時。
「波音? ……さっきから誰と話してるの? 気のせいかしら、男の声が聞こえるような気がするんだけれど」
「何! 男を連れ込んでいるだと! ちょっと、入らせてもらうぞ、波音!!!
「ちょ、いきなり何言って……っまま待っ……」
ガチャリと扉が開けられ、ベッド上で見知らぬ男と顔を合わせている娘の姿を両親が目撃する。
あわわわわ、と波音はその顔色を真っ青にするが。
「ちょっと悪いな」
瞬きの間に黒サンタは両親との物理的距離を詰め、二人の顔の前に手をかざす。
「君たちは何も見なかった、そして何の興味もない、それが君たちの真実」
黒サンタの手が下りると、波音の両親は遠い目をして部屋を後にした。その様子を呆然と波音が見送っていると、
「大丈夫だ。危害は何もない。ただ忘れて、興味を無くしただけだ」
「うん。わかってるよ」
波音が笑い、黒サンタはフッと肩の力を抜いたようだった。
「……結局、アイツは何者だったの?」
「俺と同じサンタクロースだ。あんだけ若い能力者を見たのは久しぶりだけどな」
「同じ? あなたはクネヒト……何だっけ」
「クネヒト・ループレヒト」
「……その、くね、ああもう、黒サンタでいい?」
「お前がいいならいい」
「じゃあ黒サンタは、サンタと、別の存在じゃなく、同じってこと?」
「ああ。本質的には何も変わらない。ある日あるきっかけから、十二月にだけ発揮できる超能力に目覚めた者、それがサンタであり、黒サンタだからな。アイツと俺が違うのはその力を使う対象と、それぞれの力の大きさだけだ」
「そうなんだ。……なんだか不思議ね、あなたが「黒」で、アイツみたいなろくでなしがサンタクロースなんて。全国の子ども達の夢が全壊よ」
「親と同じで、子どもはサンタを選べないからな。……それに、通常サンタは十二月にしかその能力を使えないが、力の強い者の中には十二月以外にも多少の能力を行使できる者がいる。ただ、そいつがどんな意思や志を持っているかなんてわからねぇからな。最近はああいう私利私欲しかない輩が、若年層の能力者の間で増えていると聞いたことがある。目をつけられたら不運としかいいようがねぇけど」
「……あんなのが、まだまだいるの? ……なんか、悲しくなるね」
「そうだな。でもだからこそ、黒サンタが要るんだろ?」
天井を向きながら、思考の読めない表情で黒サンタが言う。
その横顔をじっと眺めた波音は静かに尋ねた。
「……ねぇ、サンタクロースって、何なのかな?」
黒サンタはしばらく黙っていて、それからゆっくりと口を開く。
「……波音、お前はサンタを信じてたか?」
「……信じてた、かな。……中学に入るまでの話だけど」
「そうか。……俺は、物心ついてから、一度も信じたことはねぇ」
「……一度も、って……ホントに?」
「ああ。一度もだ。ずっと思っていた。そんな善意のある神様みたいな人間なんて、この世に存在しないと。この汚ねぇ世界にいるのは、悪意にみちた獣だけだと。俺はずっとそう思ってたんだ。……けどよ」
きつく拳を握り、黒サンタは続ける。
「来たんだ。サンタが。バカみたいなこと言っていると思うかもしれねぇが、あのイメージまんまの白髭のジジィが実際に来たんだよ。……でもアイツは、何もプレゼントはくれなかった。もちろん俺も信じてなかったから何もほしいものなんて無かったがな。それでも、代わりにアイツは俺の頭に手を乗せ、言ったんだ『メリークリスマス』と。……それきり、アイツを見たことはない。その代わり、俺はその時からサンタの能力に目覚めていた……」
「……それから色々なサンタに会い、話を聞いたが、共通していたのは全員がサンタを昔から信じていなかったことだった。そして各々のサンタが善悪問わず色々な人へサンタの能力を行使するのを見て、俺は少しわかった。アイツから言われている、問われている気がするんだ。『お前は誰に与えるのか』『何を与えるのか』と。『サンタを否定するのなら、お前の答えを見せて見ろ』と。……正直、答えはわからない。黒サンタが正しい道なのか、本当にこれが誰かを救える道なのか。まだ俺にはわからない。……でも、だから俺は、その答えを見つけるためにこの力を使う。それがたとえ他のサンタとぶつかることになったとしても……」
黒サンタの言葉に、波音は目を閉じて答える。
「……救われてるよ、ちゃんと。すくなくとも私はそう。あなたが、黒サンタで本当に……」
言葉が終わるよりも先に、波音の意識が途切れ、ふらつく身体を黒サンタが支える。
「……すまん。思ってたよりも話し込んじまった。おかげで操作のきくタイミングが最悪だな」
波音の身体をそっとベッドに横たえ、布団をかけてやる。安らかな寝息を漏らす彼女の頭に、黒サンタは静かに手を置く。
「サンキュー、波音。お前が体張って命を救ってくれたことは忘れない。……でもお前は、俺のこと忘れてくれ。お前には黒いサンタは似合わない。どんなに傷ついても諦めなかった、汚されなかったお前の心が、俺は心底うらやましい。だから、お前は光の中で生きてくれ。それが、俺の、クネヒト・ループレヒトからのプレゼントだ」
黒サンタの手が光を帯びる。
「じゃあな波音、メリークリスマス」
***
「波音……波音! 起きなさい!遅刻するわよ!」
けたたましい母の声に意識が覚醒し、波音は身体を起こす。
「……お母さん……おはよ……」
「何がおはよ……よ。まったくこのコったら部屋の掃除もしないで、こんな遅くまで寝て、ほんと何考えてるのかしら」
せわしなく動き部屋を片付け始める母から逃げるように波音は階段を降る。
「おはよう波音。昨日はずいぶん帰りが遅かったようじゃないか。何か父さんに言うことはないのか?」
「……朝から勘弁してよ……。せっかくいい夢を見てたような気がするのに」
「あら。めずらしーわね、アンタが夢なんて。いつも夢なんか見ないほどよだれ垂らして爆睡するのが日課なのに」
「……うるさい、もーほんとやめて。……せっかくのいい夢、忘れちゃうじゃない……」
「……ほう。それでそれは一体どんな夢だったんだ? 父さんに話してみなさい」
「アナタ……いくら自分の娘の気持ちがわからないからって深層心理を責めるのはどうかと思うわ……」
「そ、そんな裏心などあるはずない。……いいか波音、母さんのジョークを真に受けちゃ……」
「……サンタの夢……」
「「……え?……もう!?」」
父と母は波音の発言に虚を突かれた様子だった。気にせず、波音は続けた。
「…………不器用な、優しい、サンタの夢だった……」
***
土ぼこりが晴れても、周りに明かりの無いその場所では、乱雑に散らばる瓦礫からその建物の面影を感じることはできない。
黒サンタが波音と去った後。
そこには誰もいなかった。ただ、納屋の跡地で死体が転がっているだけだ。二つは子どもで、そのうちの一つは背中を刃物で刺され、入口の近くに横たわっている。もう一つの方は同じように胴体に包丁が刺さっているが、こちらは半身が瓦礫に埋もれ、その胸元には風穴があいていた。
その死体を、瓦礫の上から見下ろす存在が、一人。
「黒サンタ……」
顔や、表情は暗闇に隠れて視認することはできない。
ただ、その深紅の赤いローブだけが風を受けて揺れていた。
サンタが街で殺ってKILL ~凶悪犯罪少年には、どす黒いプレゼントを~ 或木あんた @anntas
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます