最終話 星流夜

 雨が止んだのは、みんながお腹を満たして一眠りした後だった。


 雨が止むのを今か今かと待っている間にうとうとし始め、ついには寝てしまった。


 外に出て空を見上げれば雲の隙間から月が見えた。小さな三日月である。


 光源となるのは月明かりだけで、あたりは薄暗い。


 涼しい風が流れる。水を吸って地面はぬかるんでいる。


「みんな、雨止んだよ」


 私以外はまだ眠っているようだったので、一人ずつ起こして回った。


 目をこすりながら、みんな目を覚ます。


「今、何時くらいだ?」


「もう真夜中だと思う。月が真上に来てたから」


「そうか」


 タケ兄は立ち上がると建物の外に出た。私も後に続く。


「風が気持ちいいな」


「うん」


「どうするんだ、行くのか?」


「行くよ、夜の方がセキュリティロボットから見つかりにくいからね」


「こんなに薄暗いとお宝も見つけにくいだろ」


「そこは私の経験で何とかなるよ。何年ゴミ山を漁ってきたと思ってるのさ」


 まあそうだな、とタケ兄が笑った。


 遅れてコジローとマサもやってきた。マサはまだ眠そうで目をこすっている。


「すっかり雨は止んじまったか。こんだけ地面がぬかるんでると、ヤンロボはまともに走れそうにないな。ブンブンには関係ないけど」


 コジローが地面のぬかるみ具合を確認した。


「もう行くの?」


 まだ目がちゃんと開いていないマサの質問に私は答える。


「うん。荷物を準備して二十分後に出発ね。いつでも逃げられる用意をしっかりして」


 私がそう告げるとみんなが、分かった、と頷いた。




######




 それからしばらく歩いた。


「もう近くまで来てるはずだから、ちゃんとみんな探してよ」


 地面は雨でぬかるみ、月明かりだけでは薄暗くてよく見えない。セキュリティロボットに見つかってしまうリスクを考えるとライトは使えないかった。


「もう一時間くらい歩いてるぜ。やっぱり明るくなってからのほうが良かったかもな」


 なかなかゴミ山天国は見当たらない。


 旅人が嘘をついたのだろうか、と今更ながらそんなことを考える。


「あっ、これ」


 その時、マサが何かを拾い上げた。みんなでマサの手をのぞきこむ。


 それはロボットの基板だった。電子部品がきれいに並んでおり、まるで芸術作品のようである。


「やっぱりもう近くまで来てるんだよ!」


「ああ、そうらしいな。このまままっすぐ行けば……」


 コジローの言葉が途切れる。


「どうしたの?」


「何か聞こえねぇか?」


 コジローがそう言うので、みんな耳をすませた。


 すると確かに遠くから音が聞こえた。


 何かが規則的に地面を踏みしめているようであり、音に合わせて微かに地面が揺れる。


「セキュリティロボットかな? こんな音を出すロボット知らないけど」


「それにしてもでかいぜ、こいつは。俺たちなんてひとたまりもない」


 コジローの話を聞いて、マサが震える。


 私は音がする方向を見て息を飲んだ。


「まさか、あれ……」


 遠くの暗闇にいくつもの明かりが見えた。その明かりは規則的な音と共に左右に揺れる。明かりから見える輪郭は、そのロボットが山のように大きいことを示していた。


「あれがゼン爺の言ってた大型ロボット兵器か」


 タケ兄も遠くのロボットが発する明かりを見ていた。


 ゼン爺から聞いたことがある。


 昔の話、ここにあった国が戦争の切り札として開発した世界最大のロボットがあると。数えきれない兵器を搭載しながらも、完全自律で動作し、通ったあとには何も残さない。

 さらにその巨体とは裏腹に少量のエネルギーで動作させることができ、エネルギー源は海水と太陽光である。


「とりあえず隠れられるところを探すぞ。ここじゃ見つかったらおしまいだ」


 タケ兄が歩き出した。


 あの大型ロボット兵器の進路は、どうやら私たちがいる場所を大きく外れているようだが、逃げるに越したことはない。


「このまま、まっすぐ進んで建物を見つけよう」

 

 私たちは再び歩き出した。


 後ろからは大型ロボット兵器が発する重低音が響く。


「あのロボットが見れただけでも満足だな。ゼン爺が聞いたら驚くぜ」


 コジローがそう言って笑うが、顔は少しひきつっていた。


「もう帰りたい」


 マサは小さく震えながら呟く。


「大丈夫だよ、明日には帰れる」


 私はそう口にしたが、自分でも本当に帰れるのか心配になってきた。


「あそこの建物にするか」


 先頭を歩くタケ兄が暗闇の先に、縦長のコンクリートでできた建物を見つけた。


 私たちはすぐにそこへ向かう。


 しかし、コジローはその建物のさらに奥を見ていた。


「おい、この先何かあるぞ」


 建物の中に入ろうとしたところで、コジローがその建物の先に何かあると言った。


「何かって何?」


「ほら、この先下り坂になってるだろ」


 先へ向かってみると、コジローが言う通り下り坂がある。暗闇で良く見えないがクレーターのようにこの辺り一帯が大きな穴になっているようだ。


「しかも見ろよ、これ。ヤンロボの頭が落ちてるぜ」


 コジローが足元にあったヤンロボのパーツを拾い上げた。


「じゃあ、この先がゴミ山天国?」


「そうかもしれねぇ」


 私とコジローは、後ろから大型ロボット兵器がやって来ていることも忘れて走った。


「おい、待て! 何があるか分かんないぞ」


 タケ兄も追うようにして走り、マサも遅れないように続いた。


 みんなで転がるように下り坂を走る。


「あった……」


 そして見つけた。


 月明かりに照らされて、ロボットの部品がどこまでもうず高く積まれている山が見える。見渡す限りパーツの山。ここが目的のゴミ山天国だった。


「何だこのロボット、見たことねぇな」


 コジローはさっそくゴミ山を漁り始めた。私もそれに続く。


「見たことないロボットばっかりだね」


 心配性のタケ兄と怖がりのマサも、ゴミ山天国を前にして、さすがに呆気に取られていた。


 ここは村の近くにあるゴミ山と違って、状態の良いパーツが驚くほど多い。まだまだ使えるものがたくさんある。


「これ、ブンブンが搭載してるレーダーセンサーだ! 精度がめちゃくちゃ高いし、300メートルくらいまで見えるはず」


 私は欲しかったレーダーセンサーが見つかって気持ちが高ぶる。


「こっちもあった、何のロボットかは分からないけどこいつのコンピューターそのままもらってくぜ。こんなに小型化できるんだな」


 コジローはせっせとロボットから剥がした小さなコンピューターをリュックに入れる。


 ここは本当に宝の山だった。


 私も手に入れたお宝をリュックに詰めると一息ついた。今日はいろんなことがあって頭が追いつかない。


 宝の山をてっぺんまで登ってみた。高さは10メートルほど。そこに腰かけ、空を見上げる。見晴らしがいい。


 いつの間にか雲は晴れて、月が明るく輝いている。夜空にはこれでもかというくらいに星が散りばめられていた。


「キレイだな、星」


 タケ兄が隣に座った。コジローとマサもやってくる。


「そうだね」


 遠くでは大型ロボット兵器の明かりが揺れる。間近で見れば恐ろしいのかもしないが、この距離で見ると現実味がない。


「あれはブンブンかな?」


 マサが指差した東の空には、一つの明かりが点滅を繰り返しながら北に向けて飛んでいた。


「ブンブンかもな」


 コジローが答える。


 このゴミ山天国から見上げる夜空は、なぜかいつも見る夜空とは違って見えた。夢の中にいるような感覚を覚える。


 そしてそれは私だけでなく、みんなが同じように感じているようだ。みんな、ぼんやりとした顔で空を見上げていた。


 昨日までの私たちとは何かが違う、そう思えた。


「あっ、流れ星」


 見上げた夜空から一つ星が流れる。






## 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星流夜 鈴木田 @mogura_suzuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ