とあるバッファーの妖剣覚醒 ~理不尽にも勇者パーティーを追放されたので、人化妖剣のお姉さんに魂を売って、強くなります~

井浦 光斗

第1話 バッファーは用済みらしいです

「サイ、悪いが貴様にはこのパーティーを抜けてもらう」


 ある明け方、泉の畔にて――

 強面をした賢者ゼノスが放った言葉は、俺の心に突き刺さると同時に、冒険の終了を知らせた。

 邪竜の眷属が居座る根城へ向かう途中の泉の畔、そこで俺は悪夢のような宣告を受けたのだった。


「な、なんで……? なんで俺が?」


「薄々気づいているだろう? 邪竜に挑む上で個々は複数のことをなさねばならない。保護魔法にのみ特化したバッファーなど、私たちのパーティーには要らないのだ」


 それはゼノス自身の失望の言葉としても見て取れた。

 世界を暗黒の渦に陥れようとしている邪竜の復活を止めるため、旅をしている勇者たち。

 そのパーティーに俺も含まれていた。


 けれど――


「確かに貴様のバフは素晴らしい。バフを重ねがけする技術はバッファーの中でも一握りだからな。だが、君は他の戦闘能力があまりにも低すぎる。剣術は初級、魔法はバフのみ、そんな君と、ある程度のバフと最上級治癒魔法を使える聖女とでは、どちらの需要が高いと思う?」


 聖女……、それは最近このパーティーに入ってきたイリアのことだろう。

 彼女の持つ治癒魔法の才能は凄い、満身創痍の人ですらも完全に回復させられるほどだ。

 その上、保護魔法も重ねがけは出来ないが、効力の高い一種のバフをパーティー全員にかけられる。


 どう考えても、彼女が俺の上位互換であることは明らかだった。


「今後、私たちは魔物の中でもトップランクを誇る眷属達と戦わなければならない。そんな中、そのランクに見合わないものを連れて行くのは、本人にとっても良いことではない。わかるよな?」


「あ、ああ……」


「追放の理由は以上だ。反論はあるか?」


「…………」


 反論したくても、出来なかった……。

 何故ならゼノスは一言も、俺を愚弄する様な事は言っていなかったからだ。

 真実を全て、淡々と語っただけなんだ。


「というわけだ、さっさと荷物をまとめて私たちの前から失せろ」


「……分かったよ」


 震える手でギュッと拳を握りしめつつも、俺は頷いた。

 自分の無力をここまで恨んだことは一度もなかった。


「それと1つ、私情を語ってもよいか? 人族と魔族のハーフなんぞ、目障りなんだよ。今まで丁重に扱ってやっただけでも感謝するがいい」


「……クッ」


 やっぱり、皆そう思っていたんだ。

 人族と魔族のハーフというだけで、俺は嫌われ続けてきた。

 そして、誰もが俺という存在を除け者扱いにする……。実力が認められていようが、いまいがに関わらず。


 去っていくゼノスの後ろ姿を眺めながら、俺はその場に崩れ落ちるのだった。



 ☆


 俺はは幼き頃から保護魔法ことバフの才能を持った少年だった。

 生まれて間もない頃に親は魔物に殺され、天涯孤独の身だった。


 それ故に孤児院で育った俺がその能力の存在に気づいたのは5歳の頃。

 後に勇者となる幼馴染のクレハが凶暴な熊に襲われた時、彼は知らずの内に保護魔法を自身に掛け、熊を迎撃したのだ。


 それが俺にとって全ての始まりとなったのだった。


「――ねぇ、一緒に冒険者にならない?」


 そう誘ってくれたのはクレハだった。


 人族と魔族のハーフ、通称”亜人魔族”だった俺は孤児院でも皆から避けられて生活していた。

 しかし、クレハは違った。俺が亜人魔族だろうと関係なしに、彼女は優しく接してくれたのだった。

 そして、孤児院から自立する12歳の時、俺に手を伸ばしてくれたのも彼女だった。


 こうして俺はクレハと共に冒険者となって、様々な依頼を熟し始めた。


 戦闘スタイルは俺がバフをクレハにかけて、剣の達人である彼女が攻撃を仕掛ける。

 治癒術士がいなくとも、低・中ランクなら全然やっていけるほど、俺たちの息はピッタリだったのだ。


 でも……、冒険者としての活躍と聖剣の適性により、彼女が勇者として抜擢されたことで全ては変わった。


 パーティーに賢者ゼノスと、エルフ弓聖のミイナが加わり、俺たちは自然と高ランクの依頼を熟すようになった。

 高ランク程度ならまだ何とかなった、けれど最高ランクになると、バフの才能だけではどうしようもなかった。


 その上、勇者の使命として邪竜の眷属の討伐と、古の聖剣を探すという旅の目的が加わり、俺は徐々についていけなくなってきていた。


 その矢先だった……。パーティーのリーダーでもない賢者ゼノスに追放を言い渡されたのは。

 だがしかし、勇者を抜擢したアストレア帝国の側近である彼が最も権力を持っているのも事実。

 従わざるを得なかった……。


 クレハの足手まといにならない為にも、俺はパーティーを抜けなければならなかったんだ……。


 ☆


「ねぇ、どこ行くの?」


 荷物をまとめて、パーティーの元から去ろうとした俺に声をかけたのは、クレハだった。


「……止めないでくれ。ここに俺の居場所はないんだ」


「それはゼノスに何か言われたからでしょ?」


「…………聞いてたのか?」


 クレハはコクリと頷いた。


「一部ね。でも、何のことか位は分かったわ」


「そうか……、なら尚更止めないでくれ。俺はこれ以上、君といられない」


 再び歩き出そうとすると、クレハに腕を掴まれた。

 振りほどきたかった。けれど何故か俺の腕に力は入らなかった。


「ごめんね、サイ……」


 突如、クレハは謝罪の言葉を口にした。


「アタシが勇者になりたいなんて言ったからだよね。こんな事になっちゃったの……」


「そ、それは違う! 君は剣の達人だし、それに上級魔法も使いこなせる。君ほど勇者に相応しい人は他にいない!」


 現に俺はクレハが勇者になった事を誇りに思うし、況してや恨んだり、妬んだりなどしていない。


「悪いのは俺だ。俺が実力不足だからだ。君は何も悪くない」


「そうかもしれない。でもアタシはまだ後悔してるの。あの時、これからを考えずに、勇者を夢見て適正試験を受けた事を……」


 クレハは胸に手を当てて、物悲しげに言った。

 いつもそうだ。戦闘中でも、それ以外でも彼女は俺を無駄に庇おうとする。

 必要以上に俺に優しく接してくる。


 ふと彼女は、手を下ろし、俺に助けを乞うかのような、潤んだ瞳を向けた。

 怪訝に思い、首を傾げる俺だったが、次の瞬間、驚愕で打ちのめされることになる。




「実はね。アタシ、昨日告白されたの」




「は……?」




 衝撃の一言に心臓がドクンと鳴り響き、全身に戦慄が走った。


 予想など一切していなかった。

 覚悟を決めた俺はそれをよく飲み込み、次の質問にいち早く移る。


「誰に?」


「貴方を追い出した張本人よ。ただでさえ、女誑しの噂があるのに、アイツはとうとうアタシにまで手を伸ばしてきたみたいね」


「あの賢者に……、そんな噂が?」


 そんな事は全くもって知らなかった。

 それ以前に、親友であるクレハを誑かそうとしている事に俺は途方もない怒りを覚えた。


「それで、オッケーでもしたの?」


「する訳ないじゃない! 死んでもしたく無いわよ! でもアイツに引き込まれるのも時間の問題だと思う……。現に手始めに貴方が追放された」


「な……っ!?」


 じゃあ、俺は――本当に目障りという理由だけで、追放されたというのか?

 どこまで自分勝手な事をするつもりなんだアイツは。

 権力さえあれば、何をしても許されるのかよ!


「でも……、誰もアイツには逆らえない。本当に逆らったら、どうなるか分からない……。少なくとも、私を軽く超える戦闘力の組織を持っているのは確かなんだから」


 クレハは長いため息をつくと、無理をして笑顔を作った。

 左頬にできたえくぼも、特徴的な涙ぼくろも、その時だけ何故か全てが偽りに見えた。


「ごめんね……。私じゃ、貴方の追放を止めることは出来なかった。本当にごめんね……」


「いや――君のせいじゃないよ。君は何一つ悪くないじゃないか」


 今にも泣き出しそうだった彼女は少しの間、目頭を強く抑えると、改まって俺の顔を真剣に見つめた。


「……1つだけ約束してくれない?」


「約束?」


「いつか強くなったら、帰ってきて欲しい。あの賢者に文句を言わせないほど強くなって、帰ってきて……! アタシには貴方の力が必要だから……」


 言葉を紡ぐに連れて、語勢が徐々に弱まっていく。

 そんな彼女の弱々しい姿を見かねた俺はつい、彼女の手を握りしめていた。


「――分かった、絶対に帰ってくる」


「サイ……」


「絶対に帰ってきて、また君と旅をする。だから、その時まで待ってろ」


 それだけ言うと、俺は彼女の手を放し、身を翻すとゆっくりと歩き出した。

 それ以降、彼女の俺を呼び止める声は一切聞こえなかった。


 同時に俺の心は失意から新たなる決意へと入れ替わる。

 最低で最悪の賢者ゼノスの手中からクレハを救い出すために、バッファーである俺は更なる力を求めて、前へ一歩一歩進み始めたのだった。

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