第56話

 何でここに大和がいるのだろうかと、結子は少し考えてみた。そうして、いくつかの可能性に思い当たった。思い当たったのだけれど、いちいち吟味するのが面倒なので、


――理由なんかどうでもいい。


 つかつか大和の目の前まで歩いていき、一言、


「帰って」


 はっきりと言った。


 大和は、余裕たっぷりの笑みで、


「邪魔にはならないよ」


 言う。


「存在自体が邪魔なのよ」


「おい、それは言い過ぎだろ」


「とにかく帰って、今日は遊びじゃないんだから」


 結子は真面目な顔で言った。明日の決戦の雌雄を左右する大事な日なのだ。


「明日、何があるんだよ?」


「キョウスケとデート」


「なら『決戦』って何だよ。おかしいだろ」


「おかしいのはあんたの頭よ。何で女の子同士のところにのこのこ現れるの?」


「両手に花の状態になりたくてさ」


 モテモテヤロウの気持ちを味わいたいという厚かましいことこの上ない少年のそばで、明日香は意外なことに、静かな面持ちをしている。結子が、彼女からも何か言うように促したところ、


「一緒に来てもらうわ。それが嫌ならわたしが帰る」


 と信じられないような言葉を聞いた。


 大和が、どうだ、と言わんばかりの得意げな顔になる。


 結子は不審げに明日香を見た。明日香にとっては、自分の目の前でこうして結子と大和が話しているのを見るだけでも不快なハズである。まして、今日これから何時間か大和をついて来させるとなれば、当然彼はちょくちょく結子に話しかけるだろうから、明日香のそのストレスたるや、大空を陰らすほど膨れ上がるのではないだろうか。見上げた結子の目に、のっぺりとした白色の雲が映った。すでに、明日香のストレスの兆候が現れているようだ。


「男の子の評価があったほうがいいでしょう。女の子と男の子の感覚って違うから。女のわたしが可愛いと思っても、男の本田くんがそう思うとは限らない。そこをヤマトに補ってもらうの」


 その明日香の声は、いかにも「以前からちゃんと考えておいたことで、今考えたことじゃありませんよ」という落ち着きに満ち満ちていたが、結子は信用しなかった。大体にしてだ、大和には女の子の外見に関する審美眼など無い。それが証拠に、結子は大和とクサレ縁を結んでからこの方、十年間というもの服装や髪型について言及された覚えが無い。何を着ていても髪を切っても、全く反応なし。


「アスカは服をヤマトに褒められたことあるの?」


 結子は確認するように訊いた。もしかしたら、カノジョに対してはマメにそんなことをしているのかも、と思い直したのである。問われた明日香はちらりと隣の大和を見るようにしたが、それには答えず、


「お昼はご馳走してくれるんでしょ?」


 結子に向かって言った。どうやら明日香も服装を褒められたことはないらしい。やはり大和。期待を裏切らない男である。そんな彼を連れていっても荷物持ちくらいの役にしか立たないのは明らか。荷物持ちとは言っても、結子のお財布の中身からするとそんなにたくさんは買えないのだから、買い物袋を持ってもらう必要性だって高くない。すなわち、大和がついて来る価値はゼロに近い。結子はそう言って、明日香を説得しようとしたが、無視された。明日香は歩き出した。


 結子は、ふうと息をつくと、小さな背を追った。横に大和が並ぶ。その顔をじろりとにらんでやると、大和は気にせずニヤリとしてきた。


――まあ、いいや……。


 結子は気分を改めた。どんな意図があるか分からないにせよ、明日香がどうしてもと言うのなら反対はできない。今日はそういう立場である。その代わりに、


「お昼、おごってよね」


 大和に言っておくと、ファーストフード店ならという条件付きで承諾を得た。それから大和は足を速めると、そっと明日香の隣についた。その何気ない仕種に、結子はへえ、と感心した。二人一緒にいるところをちゃんと見たことがないから分からなかったが、寄りそうように歩く大和と明日香の姿を後ろから見ていると、カップルに見えた。


 駅前広場を抜けると、大通りに当たる車道があって、その脇を固めるように商店が並んでいる。昔の商店街の名残である。シャッターを下ろしているところがちらほらとあって、あんまり賑わっているとは言えない。結子は、前を歩く明日香と大和に続いて、大通り沿いの歩道を少し歩いたところで横に折れた。そこが駅前でもっとも賑わっている通りである。レンガ敷きになった街路であり歩行者だけが入れるようになっている。道沿いには飲食店やゲームセンター、書店、ドラッグストア、美容院などがびっしりと軒を連ねていた。


 やがて明日香が足を止めたのは、やたらと高級そうな服飾店の前だった。


「タイム、アスカ」


 結子は、明日香の腕を取ると、普通の中学生はこういう所では買い物はしないのだ、と言って、方向転換を求めた。


「この辺だとここでしか買わないんだけど」


 明日香は道に迷ったかのような顔をした。結子は、


――このブルジョワ階級め。


 と心の中で言ってから、店はこちらで指名させてもらいたい旨を告げた。


 明日香は渋い顔をして、


「ここだったら、何が揃ってるのか分かってて、すぐ選べるのに」


 抵抗するように言ったが、買えなければ選んでもらっても仕方が無い。結子は、明日香とそのおまけの少年を、通りの反対側へと導いた。


 その一角に、衣料品のアウトレット店があった。

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