第57話
店内は広々としていて明るく、清潔な光に溢れていた。開店時刻からまだ間が無いというのに、若者を中心にして既に多くの客で賑わっている。よほどオシャレに対する意識が高いのか、他にやることがなくてかつDVDを借りに行くのに飽きたのかのどちらかだろう、と結子は推測した。
「じゃあ、お願いします。先輩!」
結子は明日香に向かって元気良く敬礼した。
「何で『先輩』なの? 同学年でしょう」
わざわざ答えてくれる明日香は律儀である。
「やー、美の先輩的な意味でさ」
結子は言った。
明日香は、どういう雰囲気のものを選べば良いのか、服装のオーダーを訊いてきた。結子は、可愛くなれるならどういうものでもいい、と適当極まりない答えをした。それをそばで聞いていた大和は、
「無理するなよ、アスカ。できないことはできないわけだから」
攻撃的なことを言って、明日香の肩を軽く叩くようにする。ムッとした結子は、明日香から真面目な視線を送られていることに気がついた。どうやら、しょうもないカレシと違って彼女の方はこの件にしっかりと取り組んでくれそうである。
結子の現在の格好は、グレーのパーカーとデニムのショートパンツ、足にはスニーカーという、スポーティと言えば聞こえは良いが、詰まるところ単に動きやすさを重視しただけの服装である。アスレチック施設でも駆け回るのであればピッタリだけど、カレシの隣を楚々と歩くのにはふさわしいとは言えない。
「さあ、どうする?」
結子は、軽く両手を広げた。
明日香は、じっくりと結子を見ながら構想を練るような様子を見せたあと、ここで待っているようにと言い置いて、おもむろに歩き去った。結子は、その場にぼんやり立っている大和に対して、
「何してるのよ。早く行きなさいよ、荷物持ち」
言う。大和は、おお、と今気がついたような顔でカノジョの後を追った。
結子は近くにあった休憩スペースのベンチに座りながら、近くの喧騒に何とはなしに目を向けていた。友達連れや家族連れ、恋人同士などが、よりウツクシクなろうと自分たちに似合う服を探して、目を血走らせている。幸運にも無事新しい服をゲットできた人もいれば、不幸にも自分が気に入った服がちょうど他の人にも気に入られてその人との間で取り合いになっている人もいた。少し離れたところに知り合いの子の姿を見つけたような気がしたが、もちろん話しかけに行きはしなかった。結子の為に真剣に服を選んでくれているであろう明日香に悪いと思ったからである。けして、面倒だったからではない。
待つ結子。
明日香はしばらくして帰ってきた。その後を、大和がなにやら山盛りになったカートを押しながら、ついてくる。まるでスーパーで母親の手伝いをしている子どものような格好。
「エライね、ボク」
結子は大和にねぎらいの言葉をかけてやった。
明日香はカートの中に入っている戦利品を指差すと、結子に試着するように言った。
「え、これ、全部?」
結子は体をのけぞらせた。十着くらいはありそうである。
「時間かかりそうだねー」
結子は自分の面倒くさがりを婉曲にアピールしたが、
「そうね。だから、さっさとして」
明日香にはまるで効果がなかった。
結子は試着室に入ると、明日香が持ってきてくれた服を一着ずつ身につけていった。肩の辺りがスリットになっているチュニック、シャツのようになったワンピース、ドクロが大きくプリントされたTシャツに、バックに大きなリボンがついたドレスなどなど、なかなか自分ではチョイスしそうにないものばかりである。
結子は試着室から出るたび、ファッションモデルのようにポーズを決めてみた。そのたび、
「そういうの、いいから。普通に立ってて」
明日香は難しい顔をしてつれないことを言った。それから、結子の前から横から後ろから、ためつすがめつする。
「じゃあ、次」
一着、着たり脱いだりするだけでも数分かかる。それを十着分終えたときには、小一時間が経過していた。
「で、どれが一番良かった、アスカ?」
結子が期待の眼差しを投げると、明日香はそれに答えず、別のものを選んでくると言って背を見せようとした。結子が慌てて止めた。
「アスカ。もういいよ。この中から選ぼうよ」
明日香は切れあがった瞳に鋭い光をためた。
「妥協するの?」
「そういうわけじゃないけど――」
「あなたはわたしに頼んだんでしょ。だったら、最後までわたしに従ってもらう」
そう言って、くるりと背を向けると、明日香は歩き去った。また別のアイテムを物色しに行くのである。
「あいつ、完璧主義なところがあるんだよなあ」
大和が言う。
結子は、男の子代表の彼に、今着た中で何が一番良かったか訊いてみた。そうして、
「どれでも変わんなかったけどなあ。何を着ててもユイコはユイコだろ」
という全く訳の分からない回答を得たので、早く明日香を追うようにと言った。大和の回答に、結子は明日香のことを可哀想に思った。どんなにオシャレをしてもカレシに気がついてもらえないとしたら、オシャレをやめるか、それとも他の誰かのためにオシャレをしたくなるのではないだろうか。
完璧主義少女と鈍感男が帰ってくるまで、今度はそれほど待たなかった。
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