第45話
体は完治して頭は痛くなくなったものの、その代わりに今度は胸が痛くなってきた。心の病である。
てっきり恭介はこのあいだの金曜日の件で怒っていたその理由を話してくれるものとばかり思っていた結子は、当てが外れて、しかし、がっかりしている余裕は無かった。
結子は、公園から学校へ向かう道をカレシの横で歩きながらその間、自分を罵っていた。五か月も一緒にいながら、恭介の本心を知らなかった、いや知ろうとさえしなかった、その無神経、無分別、無思慮、ついでに無器量で無器用。まったくもってしょうもない子である。
自分への罵声は校門をくぐるときまで続けたが、そこできっぱりとやめた。自己嫌悪の沼にずぶずぶと沈んでグズグズしていたところで、手に入るものはない。世の中にはそれで慰めを得るような人もいるらしいが、結子は違う。行動こそが人生を変えるという信念の持ち主である。とはいえ、
――どう行動すればいいんだろう……。
そこが明らかではない。恭介の傷心に対して何をしてあげれば良いのか。さっぱり分からない。
「がっかりさせたかもしれないけど、話せて良かった」
結子のクラスの前で別れ際に、恭介は言った。結子は静かに首を横に振っただけで、何も答えなかった。今は話したい気分ではない。確かにがっかりはしたが、それは恭介に対するものではなく、自分自身に対してのものだった。恭介は、「じゃあ」と言って少し微笑むようにして立ち去った。
結子は教室に入った。すると、またたく間にクラスメートに囲まれた。わたしってこんなに人気あったっけ、と不思議に思った結子だったが、謎はすぐに解けた。
「もう体はいいの、ユイコ? この前は本当にびっくりした~。急に気を失うんだもん。でも、その後はもっとビックリだったけどね。本田くんがユイコのこと背負ってさあ、保健室に連れてって。カッコイイよね、本田くん。わたし、初めて、気絶した子を羨ましく思ったよ」
一人の女の子が言うと、周囲から同意の声が上がった。何のことはない、教室で演じられたドラマの役者をからかいに来ただけである。
「あーあ。わたしも背負われたいなあ」
「わたしも~」
「わたしはお姫様抱っこがいいなあ」
「あんたの体重じゃあ、男の子が可哀想」
「それで、あれから本田くんと何があったの? 本田くんのクラスの子に訊いたんだけど、本田くんもずっと保健室にいたらしいじゃん」
誰かが言うと、みな興味津津の視線を結子に向けた。
結子は毅然とした態度で、質問はマネージャーを通してするようにとかわして、彼女らを席に返した。あれからカレシと何があったか? とっても気まずくなっています。
その打開策について、結子は実に午前中の四コマの授業時間を使って考えていたが、それはただ時間を浪費しただけに終わった。さっぱり分からない。何をしてあげれば、恭介の傷ついた心を癒してあげることができるのか。結子は自分の頭脳を全く過大評価していない。なので、四時限目が終わった時点でこれ以上考えることは諦めて、代わりにアドバイザーを探すことにした。カウンセラーも兼ねてもらえればなお良い。さて、では誰が良いか。給食を食べながら、結子は考えた。
クラスメートは論外である。彼女たちは、ただ面白がるしか能が無い。
では、友人の
結子は、スクエアグラスを装備したお団子頭の少女、
結子は、自分の人脈のあまりの狭さに嫌気がさした。繊細微妙な事柄を相談できる相手をすぐに思いつけないなんて、ティーネイジャー失格ではなかろうか。そう言えば、折角カレシができたというのに、この五ヶ月間、恋の悩み的なものを全く相談したことが無い。カレシの一挙手一投足に憂うる自分の様子を、涙に濡れながら、夜を徹して語ったことが一度も無い。これはどういうことかと考えれば、しかし、答えは簡単である。聞いてくれる友人がいない、ということもさることながら、そもそも恭介がいい人すぎて、カレシの行動に傷つけられたことなどなかったのだ。
そんないい人を苦しませているのだから、結子の苦悩はますます深い。結子は心中で恭介に詫びた。今のところ、心の中で謝ることしかできない。
「ごめんなさい」
と口に出せば、それは恭介の心に届くかもしれない。しかし、そういうやり方は、卑怯であるように思われた。ちょっと足を踏んだくらいだったらまだしも、踏みつけにしたのが彼の心であるのなら、言葉だけの謝罪なんていうのは、逆に誠意の無さの表れではないだろうか。してしまったことが言葉ですすがれるのだとしたら、こんなに安い話はない。しかし、その安さとはすなわち人格の安さである。結子には誇りがある。
うんうんと唸りながら、頭の中で他の候補者をピックアップしようとしていたとき、
「大丈夫か、ユイコ。まだ具合悪いのか?」
結子は、前から気づかわしげな声を聞いた。
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