第18話
前置き無しの第一声から、続く第二声が上がる。
「いつまで怒ってんだよ。一週間くらいは様子見ようと思って黙ってたけど、もう二週間以上だぞ。ていうか、そもそも何を怒ってんだ。はっきり言えよ。お前らしくない。もしオレが悪かったなら謝るから、陰険なマネすんな」
そう言うと、大和は席から立ち上がって、机から一歩離れた。
結子と大和の視線の高さがピタリ。
周囲にいたクラスメートたちが、「何だ、何だ? ケンカか?」と面白そうに二人に目を向ける。
向かい合う二人の間にある空気はピンと張り詰め、まるで仇敵同士のような風情である。
結子は肩から下げていた学校指定かばんを机の上に置いた。
「ねえ、覚えてる、ヤマト? 昔一緒にジャングルジムで遊んでたときのこと」
大和は眉をひそめた。
「城に見立てて遊んでたでしょ。わたしは女王で……えーと、あんた、何の役だったっけ? 国王か何か?」
「そんな役はもらったこと無い」
「じゃあ、勇者か。女王のロマンスの相手」
「馬車だよ」
「ん?」
「女王陛下を乗せる馬車だ」
結子は、ジャングルジムのそばで大和の背にうち乗っていた若き日の自分の姿を思い出した。
――さあ、走れ! ヤマト号! 風よりも速く!
――無茶言うなよ~、ユイコ。
――クイーン・ユイコと呼びなさい!
――後で交代しろよ、ユイコ。
――クイーンよ! お尻をぶたれたいの?
――分かったよ! 交代しろよ、クイーン!
――ウルサイ! 馬車がしゃべるな!
――ええっ!
結子は咳払いした。
「でも、四頭立て仕様の馬車ってことにしてあげたでしょ?」
「…………」
再び咳払いした結子は、二度の咳払いで己の過去のお茶目さんを綺麗に打ち払えたかのようなすっきりした顔をして、
「わたしが言いたいのはね、わたしたちはそんなときからの付き合いだってことよ。実に十年に及ぶ付き合い。そんなに付き合ってるんだからいい加減、わたしがすることには全て理由があるんだってことをしっかり理解してもらいたいな。今あんたと絶交してるのにもちゃんとした理由がある。あんたはわたしのことをただ信じていればいい。トラスト・ミー!」
そう言って、軽く両手を広げるようにした。
結子は話は終わったと言わんばかりに、机を回り込むようにして大和をかわして、自分の席についた。
机の上にある鞄から教科書を取り出そうとしたところ、大和の手が鞄を押さえるようにした。
結子は大和の顔を見上げた。
「しつこい男だなあ。いい加減、諦めてよ」
別れた元カレがつきまとってくるみたいな言い方をされた大和は心外な顔をして、「ちゃんと理由を言えよ」ともう一度要求したあと、結子がそれに答えないことに業を煮やした様子で、
「もしかして、お前のケツがでかいって言ったのを聞いたのか。それで怒ってるのか? それとも、借りた漫画に折り目つけたことか? それとも、小三のときにお前が近所の高校生に告白して振られたって話をみんなにばらしたことか?」
矢継ぎ早に言った。
結子は椅子に座ったまま、ふうとため息をついた。やれやれだ。幼い、幼すぎる。ミエミエである。怒らせて本音を聞き出そうという作戦だ。男子とはどこまで幼いなのか。愛すべき幼さである。
「……まさかとは思うけど、今の話全部本当に言ったわけじゃないよね、ヤマト?」
ほんの確認として訊いてみたことであるが、大和が真顔で考え始めるのを見て、結子は色を失った。
「ウソ……でしょ?」
噛みしめた奥歯の向こうから無理矢理に言葉を押し出すようにする結子に、
「じゃあ、他のことなのか?」
大和は探るような目である。結子は答えない。
「……ねえ、その小三のとき告白した話だけど、ソレ、キョウスケにも話したの?」
まさかいくら何でもそれはないと思いたい結子だったが、大和はこくりとうなずいた。
瞬間、結子は、立ち上がってこのデリカシーのデの字も知らない男に鉄拳制裁を加えてやるイメージを脳裏に浮かべたが、現実化はさせなかった。結子もそろそろいい年であるので、実力で男子を屈服させるのではなく、魅力で男子を落とす術を身につけなければならない。結子は、強引に口角を上げた非常にコケティッシュな笑みを浮かべると、
「そろそろ朝のホームルームが始まりますよ、ヤマトくん」
小首をかしげてみせた。
大和はゾッとしたような顔をしたが、それでもなお果敢に問いを繰り返した。しかし、結子はもう相手にしなかった。やがて予鈴が鳴って大和は自分の席につかざるを得なくなった。彼は大きくため息をつくと、
「分かった。もうお前には訊かないよ」
諦めたような声で言うと、結子に背を向けた。
とぼとぼと遠ざかっていく大和の後ろ姿を追っていると、周りからヒソヒソした声が聞こえてくる。
結子はキッと強い目を向けて野次馬連中を追い払った。
絶交計画。
それは誰もが幸せになれる夢のプランだと思っていたが、どうやらそういうもんでもなかったらしい。少なくとも大和は傷ついている。十年来の友人に無視されてがっくりきている。恭介だってあんまり賛成してくれていない。
雑念を消すため、結子は頭を振った。
ここでやめたら、始めた意味が無い。
始めた以上は、何らかの結果を得るまでやめることはできないのだ。
毒を食らわば皿までである。
そんな言葉を思いついてしまった結子は何だか自分がひどい悪役のような気がしてきたのだった。
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