第16話
「なにソレ、ドジっ子アピール?」
「そんな地味なアピールよりさ、
「あのさ、わたしが間違ってたら指摘してもらいたいんだけどさあ……ノロケ、うざし」
「いーなあ、おいしいよね、『ブルーム』のケーキ。あたしも食べたーい」
「そんなんどーでもいいからさ、
結子は手にしていた携帯電話をベッドの上に放り投げた。
一連のメッセージは、友人からのものだった
「隣の家の男の子の分までケーキを買っちゃうなんて、わたしってホントにドジでしょ、てへ」
という文面で送りつけたメールへの返信である。
ティタイムから一時間が経過している。
大和の分のケーキまで買ってきてしまってあまつさえそれを用意しようとしている結子に、母のニヤニヤは止まらなかった。結子は何も言わないよう、母に念を押した。こういうときの不用意な一言から、親子の間に亀裂が走るのである。母はうんうんと神妙にうなずいていたが、本当に分かったかどうかは疑わしい。今も階下からは笑い声が流れてきており、
「ウチの結子ったら大和くんの分までケーキ買ってきたのよ。愛しちゃってるんだわ。はやいとこ結婚させてあげましょうね」
娘の失敗でママ友の笑いを誘っている可能性は十分にある。
傷心の結子は友人に助けを求めたわけだが、結果は先の通り。みな素っ気ない。まあ確かに、多少うっとうしいメールだったかもしれない。それは認めよう。てへ、って何だよ、という話である。しかし、そのお茶目さんの裏には切ない乙女心がある。友だちを名乗るならば、メール文の行間を読み、結子の苦悩を推し量り、そこはかとない慰めの言葉をかけてくれても良いのではなかろうか。
「そうではなかろうか!」
結子はベッドに飛び乗ると、再び携帯を手に取った。
コールに応えてくれた声に、結子は
例えば、ジーンズを履くときのことを考えてもらいたい。履くときに右足から入れるだろうか。それとも左足? どちらにしても、先に入れる足は毎回同じハズである。そうして、それは意識してなされた行為ではない――何らかのジンクス的なものを持っている人は別として。無意識である。
「それと同じことよ。特別な意味は無いの」
結子は唾を飲んだ。
返ってきた声は優しかった。
「分かるよ。わたしもさ、家に何か買って帰るとき、何となく二人分買って帰っちゃうんだよね。隣のヤツの分なんだけど。昔からそうしてたからもう癖になっちゃってるんだな」
「はじめからヒナちゃんに電話すれば良かった!」
「でもさ、そもそも癖になってるってことは、やっぱり好きだってことでしょ?」
「前言撤回」
携帯の向こうから明るい笑い声がする。
「だってさ、ジーンズに先に入れる足は単なる習慣かもしれないけど、そもそもジーンズを履くこと自体は好きなわけでしょ。大和くんの分までケーキを買ってしまうのは単なる習慣かもしれないけど、そもそも大和くんのこと自体は好きなわけじゃん」
何だか変な理屈のような気がしたが、どこがおかしいのかはよく分からない。ただはっきりと分かるのは、結子が求めているのは理屈などではなく、同情であるということだった。それも全面的な同情である。
「キミは選ばれたのだよ。ユイコなぐさめ係りに」
電話の向こうでかしこまったクラスメートの姿が見えたような気がしたが、
「あ、ゴメンネ、ユイコ。ケンが来たみたいだから、切るね。そんなに気にすることないよ、元気出して。じゃあ、また学校で」
錯覚だった。
結子はぷっつりと切れた電話を空しく見つめたあと、ベッドに大の字に横になった。
まさか絶交しているその相手のためにケーキを買ってきてしまうとは、いくら習慣化している行為であるとはいえ、恥ずかしいにもほどがある。その恥ずかしさを抑えて告白したというのに、結果は無惨であった。母からは嘲笑され、友だちからは取り合ってももらえない。結子は彼らに対して常に誠実に接してきたつもりであるのに、なにゆえ報われないのか。雨に濡れた子犬のように心細い結子の心を温めてくれる人が、なぜいないのか。
――この広い世界にわたしはひとりぼっちだったんだ……。
結子は真実を知って愕然とした。そうして、そんな残酷な真実を知ってしまってこれからどうやって生きていけば良いのか、途方に暮れた。
階下から聞こえるおばさま方の笑声が、結子のもの思いごっこを許さない。
結子は最後の手段を取ることに決めた。
「どうした、ユイコ? 何かあったのか?」
再び役目を与えてやった携帯電話から柔らかな声が聞こえてくる。
結子はグスグスとしゃくりあげながら、恋人に向かって、今日起こった忌まわしい事件と世の無情について切々と訴えたのだった。
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