第3話
「男が言うことには気をつけろよ、結子。男の頭の中はアホなことでいっぱいだ。男が真剣なことを考えてるように見えてもな、だまされるんじゃないぞ。所詮はアホ頭で考えられていることだ。考え出されたことは、全てくだらない。女の子っていうのは、そういうバカバカしいことに関わるもんじゃないんだ」
父のありがたい教えである。
これを教わったとき、結子が思ったのは、
「だから、お父さんが言ったことは、いつもお母さんに無視されてるの?」
ということであった。それはまだ結子が若葉のころ、つまり慎みを知らない幼いころであったので、思っただけではなく実際に口にも出してしまったのだった。父は、あどけない娘の辛辣な一言に、ショックを受けてうなだれた。
それはそれ。
確かに父の言う通りであると、花なら蕾が綻びかけた今の結子は素直に受け入れている。
男はアホである、と。
そうしてまた、クサレ縁の彼、大和自身もアホである。性別と個性の相乗効果。彼の口から出ることはすべからくアホらしい。
「だってさあ、『オレとお前はクサレ縁でそれ以上の関係じゃないってことを、お前からアスカに説明してくれ』って言うんだよ。そんなことしたら、よっぽど誤解されるじゃない」
柔らかく降る夕暮れの光のもと、家路を取りながら、結子はやれやれと首を横に振った。大和の依頼というのは、カノジョの明日香との仲を取り持ってもらいたいというものだった。何でも、大和が言うには、
「お前とオレの仲を疑ってんだよ、アスカのやつ。だから、そこんとこはっきり、お前の口から言ってやってもらいたいんだ」
ということだった。どうやら、大和のカノジョは常々、結子と大和との間には特別なつながりがあるのではないかと根も葉もないことを疑ってイライラしており、その苛立ちが、今回、大和がお昼休みデートをすっぽかしたことによって爆発してしまったらしい。それを鎮めてほしいという願いだった。
まったくもってバカバカしい。
「そういうことは部外者であるわたしが言うものじゃなくて、当事者であるあんたが日々の行動の中で示していくものでしょ。本当に片桐さんのことを想ってるなら、そういう行動を取れば良いだけの話じゃない。男なら黙って行動しろ」
そう言ってやった結子だったが、自分にも責任の一端があるのであんまり強くも言えなかった。もちろん、悪いのは大和だ。しかし、明日香がひとり寂しく中庭やら屋上やらお城のバルコニーやらで、愛しい人を待っていたときに、その当の彼とくだらない話をしていたのが自分であるという事実は否めない。結局、結子は己の潔さに背を押され、しょんぼりとした大和への同情に腕を引かれる形で、「男の言うことは無視すべし!」という尊父の教えを無視するという賢くない選択をすることになった。
「片桐はプライド高そうだからなあ。がんばれよ、ユイコ」
隣からくっくっというおかしそうな笑いを交えた声で気楽なことを言ってきたのは、結子がお付き合いさせてもらっている、「させてもらっている」という表現をしたいくらいの少年だった。結子より少し高い背が綺麗に伸びて、爽やかな顔立ち。柔らかな目元には微笑みが漂っている。
結子は歩きながら少年の横腹を軽く肘でつついた。
「他人事みたいなこと言いなさんな。ヤマトは、できれば、キョウスケにも頼んどいてくれって言ってたよ」
「え、オレ? 何で?」
「二対一の方が数的に有利だろって」
「まるで喧嘩腰だな。やだよ、オレ」
「そんなこと言ってさ。助けてくれるんでしょ? ていうか、アレだな。キョウスケが一人で行ってくれてもいい」
「いや、おかしいよ、ソレは。全然説得力無いって。オレが言ったって」
「なんかヤな予感がするんだよなあ」
「ユイコならうまくやるよ」
結子は立ち止まった。家についたのである。
恭介は、じゃあまた明日、と言って歩き去ろうとした。彼は、ほとんど毎日、結子を家まで送ってくれるのである。恭介自身の家に帰るには遠回りになり、かつ結子の家は丘の上にあるので激しいアップダウンを経験することになるにも関わらずである。送ってくれて、そうして去っていく。
「たまには寄ってかない、キョウスケ? お母さんが連れて来いってうるさいのよ。帰るときはお母さんに車で送らせるからさ」
恭介は考える素振りを見せたが、
「いや、学校帰りだからやめとく。手土産も無いからさ。また今度にするよ」
そう言って歩き出した。歩きながら手を振るちょっとみ気取った姿も、ばっちり決まっているのだから恐れ入る。
結子は恭介の後姿をしばし見送っていた。
自分に自信が無いこともない、いや、むしろその辺の女子よりは上だと自負する結子であったが、それにしても恭介が付き合ってくれていることは僥倖であると言える。告白は彼から。今年の二月のことだ。もともとは大和と仲が良かった恭介と結子も自然に話すようになり、バレンタインデーに特別な気持ち無しに義理チョコをあげたところ、
「本命チョコとして受け取りたい」
という予想外の答えが返されて、そのあと、頬を赤らめながら、付き合って欲しい旨告白されたのだった。
華やかな外見とは裏腹にぼそぼそと
「あんな風にされたら、断れる女の子なんていないと思う」
とのちに結子は大和に語った。
恭介が結子と付き合うようになって、同学年女子の半分はひそかに袖を濡らしたという。結子にしても恭介に淡い憧れを持っていたそういう女子の一人だったわけであり、まさか自分が付き合えるようになるとは思ってもおらず、交際が現実になって四ヶ月経った今でも、恭介と付き合っているという事実に対して、いつまでも消化されない食物に感じるのと同様、違和感のようなものを覚えるのだった。
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