第4話

 恭介キョウスケと付き合い始めた頃、やっかみ半分で結子ユイコは随分叩かれた。


大和ヤマトくんっていう人がいるのに、他の男子と付き合うなんて!」


 結子は、カッコイイ幼なじみをキープしつつ、人気男子を籠絡した悪女として、一躍勇名を馳せた。結子が恭介と付き合うことに対して嫉妬心を持たない清らかな心もちの友人達にしても、


「あんたは絶対、大和くんとくっつくんだと思ってた」


 と一様に呆けたような顔をしたのだから、オドロキである。


 彼女たちの間では、結子が大和と付き合うというのはほぼ決定事項だったらしい。結子がこれまで大和とつかず離れずの微妙な距離を保っているのは思春期特有の現象であって、だんだんとそれが治まるにつれて意地を張ることをやめ、


「一番近くにいた人が一番大事な人だったんだ!」


 的な感じで大和の価値を再認識して、正式なお付き合いに至る。めでたくゴールイン。二人は幸せに暮らしましたとさ。そんな三文ストーリーを描いていたようなのである。


 まことにアホくさい。


 みんな少女コミックの読み過ぎで頭の中が虹色にでもなっているのだろう。


 恭介と付き合い始めた後でさえも、なお結子と大和の仲を勘ぐる者がいて、いい加減うんざりする所である。大和とは、普通のクラスメートとして普通に話をしたりとか、家がお隣同士なのでたまに互いの家に行ったりするくらいのことしかしてないのに、


「恋人同士みたいに仲良さそうにしてるよね」


 とは笑わせる。


 もちろん大和のことは嫌いではない。いや、むしろ好きだと言えよう。これは別に乙女の胸深くに潜ませておくような秘密の類ではない。誰から問われても、胸を張って、


「ヤマトのことは好きだよ」


 と答えることができる。大和もおそらくそうだろう。ということは、二人の「好き」にはロマンチックな香りは無いということである。それが周囲には分からない。分かりたくないのかもしれない。事実を見てそこから事実以上のものを作り上げるのが乙女の空想力というものであって、そうして出来上がったファンタジーは平板な事実そのものよりも数倍も面白いのだ。ただし、面白がっているだけの方はそれで良いかもしれないが、おとぎ話の登場人物にさせられた方はたまったものではない。結子は自分をヒロインに見立てて遊ぶような空想癖から既に抜け出ている。


 さて、翌日の昼休み。


 嫌々ながら交わした大和との約束を律儀に果たすべく、結子は三年三組へと足を向けた。そこにターゲットがいる。三組に着いて戸口付近にいた女子に呼び出しを頼むと、賑やかな教室の中から一人の少女が廊下へ姿を現した。思わず結子の口から感嘆の吐息が漏れた。


 切れあがった瞳に、つんととがった鼻、小さな唇。整った清楚な顔立ちの周りを軽くウェーブした黒髪が囲い、肩を覆っていた。体は結子よりひとまわり小さくて、夏服からのぞく腕も足も細い。かつ白い。さながら野に咲く一輪の雛菊のごとき、これこそ「ザ・女の子」とでも評したいような、あらゆるパーツが可憐に作られている少女だった。


――なに食べればこんな風になんのかなー。


 片桐明日香アスカ。三年三組が誇る美少女である。


 翻って結子自身を見れば、男の子と大して変わらないくらいの背丈である。それプラス、スレンダーと言えば聞こえは良いが要するに艶めかしさとは無縁のボディライン、大和撫子の淑徳をカケラも感じさせないような栗色がかった短めの髪。顔立ちも女の子らしさとは一線を画す強さがあって、「愛らしい微笑で男子をノックアウト」などということには縁が無さそうである。


 結子は自分に自信があるが、それはルックスについてのことではない。心根や能力、すなわち内面についてである。外面より内面が大事だよ、とは優しい母の言葉。その母は、結子に向かって「ユイちゃんはママに似て可愛いね」と外面も微妙な褒め方をしながら育ててくれたわけであるが、さすがに中学も三年になれば自分の容姿がどの程度のものかということはハッキリと分かるのだ。


――こんなわたしを選んでくれたキョウスケは最高!


 外見にとらわれない心眼を備えた古武士のような男性であると言えよう。


「何の用?」


 結子を認識した明日香の第一声は、耳の中でカチンと音を立てそうなほど固いものだった。


 結子は満足した。なかなか良い出だしである。話したいことがあるので少し時間をもらいたい、と続けたところ、


「いいよ。ちょうどわたしもあなたに話したいことあったから」


 なめらかな答えが返ってきた。ますますよろしい感じに、結子は心中で古武士のカレシに助けを求めた。


 廊下ではなんだからということで、結子が導いた先は、校庭の一隅だった。校庭では、寸暇を惜しんで遊ぼうとするわんぱく盛りな同年代の少年少女たちが、ドッジボールを投げ合ったり、サッカーボールを追いかけたりしていた。六月中旬の空には暗い雲が垂れこめて空気は涼しい。


「あの、ヤマトのことなんだけどさ」


 と切り出したところ、明日香の整った眉がぴくりと動くのが見えた。


「……岩瀬くんのことなんだけど」


 結子は言い直した。


「なに?」


 答えた明日香の声は、ただ今の空気よりもなお冷え冷えとしていた。どうも嫌な雰囲気である。やっぱりこんなこと引き受けなければ良かった! と結子は後悔した。しかし、もちろん、時すでに遅し。結子は心もち背筋を伸ばすと、事に向かう覚悟を固めた。

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