終わらせはせぬと歌う銃声・前

 結論を先に言えば、僕は提示された一週間の期限内に決断ができなかった。

 いずれにせよ【闘争】の仕事が終われば傭兵であるレナードはこの国を去る。彼の気持ちを考えれば、新たな戦地へ連れて行ってくれと頼むことはできない。では、大人しくキャピタルから出向いてきた人間に取り入って【学園アカデメイア】へ渡るか。それでも、生まれ育った母国を離れることには抵抗がある。かといってこれからの将来に当てがあるわけでもない。心にずしりと沈み、重石となった葛藤を抱えて。僕はレナードに連れられて祝賀会の会場にいた。キャピタルの人間と接触することも考えて、僕は武器を携帯していない。窓の外、流れる川をぼんやり眺めていると、警備用の武器を携えたレナードからふと声を掛けられた。

「シャヒン、祝賀会は夜からホールで開かれる。今は正午前だ、まだキャピタルの人間はほとんど来ていないが念のため会場周辺を見回ってきてくれるか」

 了承の返事を返して足早に去る。正直、期限である今日に至ってもなお判断を保留している状態でレナードの側にいるのは気まずかった。見回りを口実に、会場の外に出て当てもなく歩きまわる。一週間前にレナードが言っていたように【闘争】から集合指令が出たのか。レナードと同じ装備に、狼の紋章を刻んだ男達が会場内にやたら目についた。彼ら以外には民間人の姿はあまり見ない。周囲を観察しつつ、建物の外に出た。


 首都の街並みは騒がしい。見渡せば、洗練されたデザインの建物が目立つ。川沿いに立ち並ぶ広告看板の群れには、キャピタルの企業のロゴ。流石首都であるだけはあって、他の地域よりもキャピタル由来の資本の影響が強いらしい。ゆったりと流れる川沿いを離れ、資本の流入によって潤った街を、行く当てもなく一人歩く。


「どうする……キャピタルは……ぞ」


 喧騒に紛れて、微かに懐かしい響きが聞こえた気がして、僕は振り返った。よく聞こえなかったが、間違いない。古語だ。レナード達外国の人間が話す、大戦以来のこの国の公用語こと共通語英語ではない、この国独自の言語。僕が最後に聞いたのは、今はもう存在しない生まれ育った村でのこと。妙にその響きが気になった僕は、古語の聞こえた裏路地の方向に向かった。


「警備……間に合わない……無理だ」

「……指示……キャピタルの………実行」


 騒々しい表通りと違い、人気ひとけの無い裏路地で何やら男達が古語で会話している。何故人目をはばかるようにして、現在では理解できる人間も少なくなった古語で会話しているのか。男達の様子に不穏な気配を感じた僕は、物陰で聞き耳を立てる。

「了解。……爆弾を……」

「……キャピタルの連中が……標的……傭兵だけでも」

「爆破後に………突撃だ」


 漏れ聞こえた声は看過できない内容を含んでいた。キャピタル。爆弾。傭兵。突撃。幾つかの単語をしっかりと頭に刻み込み、僕はそっと後ずさる。男達に存在を気取られぬよう気配を殺して、来た路地を戻った。再び大通りに出た瞬間、全速力で駆け出す。向かうは祝賀会の会場、レナードのいる場所だ。

 幸い、僕が駆け戻ってすぐ。レナードは会場の建物の中ほどで見つかった。

「おう、どうしたシャヒン。そんなに慌てて」

「この会場に爆弾が仕掛けられている! じきに爆発する、目標は多分キャピタルの人間だけど、【闘争】の人員も含まれている!」

 荒い息ごと吐き出すように伝えた僕の報告に、レナードの顔色が変わる。戦闘服の肩口に掛けられていた通信機を掴み取った。

「アルファワンより総員、会場内に爆弾ありとの報告! 直ちに」



 何事か叫びかけたレナードの声を掻き消すように。轟音が全てを埋め尽くす。

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