されど行きつく戦場の果て・前
五十年前。大戦に巻き込まれ、この国は象徴たる王家と民主的な選挙で選ばれた安定政府を同時に失った。それでも欧州を構成していた多くの国のように、国そのものが消失しなかっただけましな方であるのは否定できない。
国としての名を失った欧州の地には戦後、行き場を失い新たな安定を求める資本が集まった。集積した
内戦。僕か故郷の全てを奪ったこの胸糞悪い状況は、五年前から始まった。きっかけさえみてみれば何てことはない、キャピタルも一枚岩ではなかったというだけ。政府内の利害の対立は武力闘争へ発展し、キャピタルの主流から外れた側は反乱軍と名前を変えて、政府軍と共に僕の国を大戦以来の戦火渦巻く地獄へ再度叩き落した。
レナード達の属する
レナードに救われた僕が彼と行動を共にするようになって、三年。僕はレナードについて、治安維持という名の反乱軍の残党狩りをしていた。
もっとも、活動のほとんどはパトロールだ。ゲリラが出没しているという地域を見回り、治安維持に当たっていることを誇示する。その際、迷彩の応用でジープにキャピタルのシンボルを掲げることも忘れない。二、三ヵ月に一回くらいは戦闘指令が下ることもあった。臨時政府に通報されたゲリラの目撃・被害状況はそのまま【闘争】に伝えられ、現在地や規模などから適任と判断されたものが掃討に向かう。キャピタルから送られる衛星動画のバックアップを受けて指示された地点に到着してからが、仕事の本番だ。ターゲットに気付かれない程度の距離に車両を停め、搭載された迷彩を起動して周囲に溶け込ませる。トランクを開けば、詰め込まれているのは小銃にライフル、手榴弾に果ては対戦車ミサイルまで。車内から獲物を掴み出すのは僕だけ。レナードの常備する拳銃は安全地帯での護身程度、本格的な戦闘には適さない。
銃火器の代わりは、彼の鍛え上げられた胸板の上で鈍く光る端末が果たす。装飾品のように首から下げられ、狼の牙を模った【闘争】の紋章が刻まれたデバイス。それこそがレナードの唯一にして最大の武器だった。
脳幹に埋め込まれたキーが、戦闘の準備を終えたレナードの意志を認識する。微弱な磁気信号を通して、キーとデバイスがリンクする。漆黒の上で狼の牙が光り、デバイスが軽く振動するとほぼ同時。がっしりとした彼の身体の輪郭が、大きく波打つ。筋肉が盛り上がり、銃弾を弾く分厚い毛皮が服を飲み込むように広がっていく。四つん這いになった体が膨れ上がる。二、三秒の後、そこにいるのは巨大な狼だ。
「行くぞ、乗れ」
狼の姿になっても発声能力は維持されるらしい。自分の銃を腰に提げ、毛皮によじ登った。僕が地面に立つ自分の頭程の高さにある狼の背中に身を伏せ、しっかりと捕まったのを確認して。狼は地を駆ける。
狼の嗅覚で風下に回り込んだレナードは、そのまま気付かれぬようターゲットに忍び寄っていく。一人ずつ始末していくこともあれば、一気呵成に距離を詰めて敵中に踊りこむこともある。狼の分厚い毛皮は、小火器の銃弾程度はたやすく弾く。距離を詰めてしまえば、あとは一方的な狩りだ。
僕の役割は、基本的に安全地点からの援護だ。銃を握った経験などあるはずもない。それでもキャピタルから支給されたという銃は、スコープを覗き込むだけで的確極まる銃弾を放っていく。
「適材適所、だ。ガキはそこから援護していろ」
レナードはいつもそう言って、突撃の直前に僕を物陰に降ろしていく。戦闘中は敵勢力の注意は完全に狼に向いているため、死角からの銃弾に気付く者はほぼいない。稀に僕に気付いた者がいても、その次の瞬間にはレナードに始末されている。
敵の掃討が確認できた後、写真付きの報告書を送信すれば政府からの報奨金が【闘争】を経由してレナードの口座に振り込まれる。都市部へ向かい、その金で数日から数週間過ごせば、パトロールなり戦闘なり次の任務指示の到着だ。
本来は、レナードも僕を戦闘には参加させたくはないのだと思う。僕を拾ったばかりの頃、何度かレナードは都市部で彼の車から僕を降ろそうとした。そのたびに、絶対に嫌だとしがみつく。ゲリラの襲撃以外にも、内戦の遺した爪痕は深い。パンク状態の孤児院などもってのほか。仕事を探そうにも、身寄りのない十四の子供ひとり雇ってくれるところなどない。だったらレナードに着いていく。戦場での援護も小間使いでもなんでもする。だからどうか、僕を傍においてほしい。
そう食い下がって何度目か。レナードは僕の同行をようやく認めてくれた。あるいは、最初の出会いで手を差し伸べたこと。その行為自体に責任を感じているのかもしれない。そうして僕達は、共に荒野を往き、戦場で背中を預け合うようになった。
レナードと離れても、行くあてがない。それが口実に過ぎないと、分かってはいた。
恩人であるレナードへの感謝。彼のためならどんなことでもするという感情とっもうひとつ。
家族を、村の皆を殺した男達が憎かった。子供なりに愛していたこの国を、蝕む奴らが許せなかった。レナードといれば、復讐ができる。やり場のない憎しみを、復讐として存分に悪党へぶつけられる。
憎悪に塗れた稚拙な打算も、きっとレナードには見透かされていたのだろう。
最初に人を殺した時は、高揚よりも衝撃の方が強かった。戦闘が終わった後で、何回も嘔吐した。罪悪感に襲われ、真っ青な顔でえずく僕をレナードは慰めもせず、叱りもせず。僕を一人にして、自分は黙々と戦場の後始末をしていた。
慣れとは酷く恐ろしいものだ。
経験した戦闘の数が両手の指に余るようになるころには。銃を持つ度に震えていた手も、竦んでいた足も、敵の命を刈り取るために動くようになった。胸に沈む罪悪感を、この国のためだという義務感と復讐の快感で誤魔化して誤魔化して。僕達は三年間そうして過ごしてきた。
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