思想戦線異状なし
狼は世界を語る
僕を拾った男は、レナードと名乗った。
僕が彼の手をとった瞬間から、丸一日。村人と襲撃者達の遺体を埋葬し、戻らない家族の温もりがまだ残る家で最後の眠りについた翌日。レナードに着いていった先の村はずれで、彼が空中に向けて手を翳す。その途端、機械の駆動音と共に、何もなかったはずの空間から一台のジープが出現した。
「ただの環境迷彩だ」
事も無げにレナードは呟き、扉を開けて運転席に腰掛ける。促されるまま、僕も助手席へ乗り込む。シートに体を預けた瞬間、かつての日々がフラッシュバックする。いつものように父の運転で、都市へと作物を運びに行くかのような錯覚。非日常から眼を逸らすかのように、戻らない日々の思い出に浸る僕を置いて。ジープは発進し、緩やかに加速していく。住む人のなくなった村が砂埃の彼方に消えていくのを、リアガラス越しにただ見つめていた。
荒野を走る車の中で、レナードはこの世界について沢山のことを教えてくれた。
例えば、五十年前に勃発した第三次世界大戦、通称『思想大戦』のこと。
「二世紀近く前、相次いで起こった最初の二回の世界大戦は国の力と国境を巡るものだった。その後の世界は反省して、国連やら条約やらで国境を雁字搦めに固めた
お、ここまでは知っていたか?学校か、懐かしい響きだ。つくづくここも、内戦までは平和だったようだな。
話を戻すぞ。一次・二次の大戦によってご丁寧に枠組みが整えられたお陰で、人類は戦争の口実に国を持ち出せなくなったのさ。そうして代わりに槍玉に挙げられたのが、思想だった」
要するに、先祖返りと既存の思想の良いとこ取りだ。そう言ってレナードは笑う。数世紀、十数世紀前。下手をすればユリウス暦すらも存在しない頃に端を発する思想を掲げ、発展という名のもとに歪曲やら拡大解釈やらを繰り返し、己が所属する勢力の思想こそが正義であると争った果てがあの思想大戦なのだと。
「兵器の開発なんてものはな、一世紀前に頭打ちになっているんだ。核だの衛星兵器だの、この星を数度消し飛ばせるような火力に代わって、国境や文化を越えて広がった思想が選ばれた」
言いながら、レナードは左手で首から下げた何かを引き出す。潜り抜けてきた戦闘を物語る、傷が幾筋も刻まれた分厚い掌。その中に収まる程度の黒い直方体は、牙の印が刻印された端末のようなものだった。村にあった旧式の通信端末と異なり、ボタンはおろか液晶型タッチパネルすらうかがえない。
「
先端技術や武器と言われて僕に思い浮かぶのは、せいぜい村で使われていた野犬除けの自立ドローン止まり。到底想像のできない世界だった。
「おっと、理論は聞いてくれるなよ。神経回路上に仮想展開した高位次元のエネルギーだとかの煩雑な理屈や『能力』を支える詳しい仕組みは俺も知らん。技術者なり学者なりにでも聞け」
あのとき、彼が狼の姿をとっていたのもその『能力』なのか。僕の質問に、理解の早いガキだとレナードは頷く。
「概ねそうだ。……単に『デバイス』と呼ばれることの多い、この
おっと、言い遅れていた。俺の所属する思想勢力名は【
自嘲と誇り。相反するふたつをぐちゃぐちゃにかき混ぜたような表情を浮かべて、レナードは嗤った。
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