第9話
後藤ほのか
※
日常という、あまり代わり映えのしない生活に身を置いている人間からすれば、あまり世界の変化を感じることが少ないかもしれないが、時計の針が決して止まらないように、季節というものも断じて一箇所に留まることなく、ゆっくりとその色を変えていく。
人々を魅了した春の桜は花びらの色を失い、青々とした葉桜がその枝を天に向かって大きく伸ばしている。徐々に日照時間は長くなっていき、五月のゴールデンウイークに一度三十度を記録した気温は、六月の梅雨の時期に勢いを失い、その分空を覆うどんよりとした厚い雲から落ちる多くの雨粒が、地表をしっとりと濡らしていくこととなる。人間にとってはむしむしした不快な空気が世界を覆い、いくつかの発生した台風をやり過ごして、七月に梅雨明け宣言が発表されると、気温は一気に急上昇。世界は眩いばかりの熱を帯びることとなる。
そうして今年もまた夏を迎えた。例年通り連日三十度を超える酷暑の日々。多くのテレビ番組で熱中症が騒がれるようになっていた。
外では子供たちのはしゃぎ声に紛れて蝉の鳴き声が響き、テレビに映る甲子園では、多くの高校球児が汗を流しながらユニホームを黒くさせている。この季節、世界では多くの生命が活き活きとその命を削りながら躍動しているのだった。
そんな世界において……ほのかの父親が他界する。
結局、一月に救急車で病院に運ばれてから一度も目覚めることなく、この世を去っていった。自分が、自分の家族が、どういった状況にあるかも分からないままに。
残されたほのかは、泣いた。まるで人生すべてを懸けるように声を上げて泣きじゃくったのである。
父親の死を告げられた連絡で泣き、病院で冷たくなった父親の姿を確認して泣き、美河東駅近くの葬儀場で行われた通夜で泣き、翌日の葬儀で泣き、最後のお別れをした火葬場で泣き、荷物の整理をする家で泣き……泣いて泣いて泣いて泣いて、ほのかは心の底から涙声を発していた。
それは、母親のときにできなかった分を取り戻すかのように、小さな体から懸命に涙を流したのである。
そうして九月一日を迎える。小学生にとって永遠とも思えた一か月半の夏休みが終わり、今日は二学期の始業式が行われる日。学校では防災訓練も予定されていた。
ほのかは手提げ鞄を手に、近所のみんなと一緒に集団登校をする。母親を亡くした春からは想像もできないほど元気いっぱいで。その顔は断じて俯くことなく、視線は前に向けられていた。
前方の信号は青色。それを目に、ほのかは一緒に暮らす花音を急かし、通学路を駆ける。
「花音ちゃん、早く早くぅ」
二学期。ほのかは部活を引退した花音と毎日キャッチボールをやるようになった。来春、中学校に入学したらソフトボール部に入部するために。未経験者のハンディキャップを少しでも埋めるべく、今から猛特訓である。
幽霊人間のいたずら @miumiumiumiu
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