第115話カワイイ俺のカワイイ突撃③
俺は一瞬ためらったが、腹を決めて、
「俺が、不甲斐ないから。……俺、本当になつきさんのことが好きなんです。けど、こんなに誰かを好きになったこと、初めてで……。その、少しでも長く"恋人"でいたくて、一番"理想的"といわれる、大人で物分かりのいい恋人でいようとしていたんですけど……」
いたたまれなくなった俺は、食い入るような双眸から逃げるようにして視線を落とし、
「……俺には、向いていませんでした。もっと話したい、もっと会いたいってどんどん欲張りになるし、なつきさんが誰かから好意を向けられるたびに、嫉妬して。正直、焦りました。なつきさんの気持ちを疑ってたわけじゃないですけど、人の心は変わりやすいものだって……よく、知っているので」
「…………」
「なつきさんの"恋人"を、誰かに奪われたくなくて。俺のこと、もっと好きになってもらわなきゃって、色々と仕掛けてみたりもしましたけど……それが、こうしてなつきさんを追い詰めてたなんて、考えもしませんでした。……こんな」
俺はそっと、初めて彼女の感触を知った、自身の唇に指先を滑らせた。
初めてのキスは、星の美しい夜空の下で――なんて。
そこまでロマンチックなシチュエーションを望んでいたわけでもないけれど、その時は少なくとも、胸中を焦がす「好き」を交換するような、秘めやかながらも愛おしい瞬間になるのだろうと思っていた。
少なくこともこんな、繋ぎとめるための対価のように差し出されるなんて。
想像すら及ばなかったし、彼女にそんな真似をさせてしまった事実が、情けなくて腹立たしい。
「……こんな、捨て身紛いのことまでさせてしまって、本当に俺は、ダメな"恋人"ですね」
「! そんなこと……っ」
なつきさんが勢いよく首を横に振る。
「違う。ゆうちゃんは、ダメなんかじゃない。私が……私が、自分勝手で、わがままだから。いつだってゆうちゃんに幸せをあげられる、一番になりきれなかったから」
彼女は両手を俺の掌に滑らせて、柔くも確実に、指先で包み込む。
「はじめは、一緒にいてくれるだけで。隣に並んで、同じ時間を過ごして、笑い合っているだけで十分だった。なにもかもが特別で、あたたかくて。私は私として、ゆうちゃんはゆうちゃんとして、こうやって自分たちらしい"恋人"でいれたらって、思ってた」
けど、と。
なつきさんは切なげに睫毛を伏せて、
「ゆうちゃんが、トシキさんや千佳ちゃんのことを話すたび、すごく楽しそうで。ユウちゃんが生き生きとしているのが、嬉しいはずなのに、素直に喜べないでいる自分に気が付いた。――"嫉妬"、してるんだって。こんなの、ゆうちゃんの恋人として相応しくないのに……わかってても、止められなかった」
「――っ」
「ゆうちゃんは、鋭いから。気づかれたくなくて、ゆうちゃんが好きだっていってくれた"私"らしくいなきゃって、必死に取り繕ってた。……うまくいっていると、思ってた。けれど今度は、ゆうちゃんが変わってきちゃって。すごく、焦った。だって――」
すいと瞳が向く。
淡く光る中央に拭いきれない悲しみを携えて、彼女は心もとなげに薄く笑んだ。
「人は、"恋"をすると変わるものでしょう?」
「――っ」
(そ、れは)
「私はすでに"恋人"だし……だから、ゆうちゃんを"変えた"のは、別の誰かなんだろうなって思って――っ!」
なつきさんが不意に言葉を切ったのは、真摯な両手から逃れた俺が、彼女を抱きしめたから。
高い位置にある首後ろに腕を伸ばし、ちょうど先ほどのなつきさんがしたように、その首筋に頬を埋める。
「――だから」
発した声に、やや投げやりな響き。
仕方ないだろう。だって、だってまさか。
まさかこんなにも、伝わっていなかったなんて。
「だから、俺は初めから今もずっと、なつきさんに"恋"をしているんです」
好きです。なつきさんだけが、大好きなんです。
あなたの一番が欲しくて、あなたにも同じだけ、求めてほしくて。
とにかく俺以外を見れなくなるくらい、あなたをこうして囲って、捉えていたいんです。
「――手放せないのは俺の方です。本当は、泣いて頼まれたって、誰にも渡したくない」
ああ、言った。言ってしまった。
こんな感情、重すぎるって。迷惑で鬱陶しいだけだって、わかっているのに。
(大人でいようって、決めたのになあ)
とんだ計算違いだ。
けれどもう、なかったことには出来ない。
「好きです、なつきさん。こんな、かっこ悪くて嫉妬深い、面倒な男でも許してもらえるのなら……どうかこれからも、これまで以上に、傍にいさせてください。あなたの時間も、心も、こうして触れる権利も。俺に、俺だけに、くれませんか」
感情を吐き出すようにして、湧き上がるままに想いを口にする。
言わなくていいのだと。言ってはいけないのだと、思っていた。
彼女のために、自分のために。
けれどそれは間違いだった。
あれだけ"好き"の言葉に執着していたくせに、俺は全然、彼女に伝えられていなかった。
抱きしめる腕に力を込める。
と、背に彼女の掌が回った。首筋に、淡い吐息。
「……うん」
なつきさんは俺に頬を擦り寄せ、
「……私も、ゆうちゃんが、もっと欲しい。ゆうちゃんには、私だけだって、思われたい」
すき、と。
熱に掠れた声が、鼓膜を撫でる。
俺はくすぶるままに顔を上げ、誘う手つきで彼女の頬に触れた。
「……俺たちは、一緒だったんですね」
迷って、嫌われまいと言葉を飲み込んで。なおも膨らんでいく不安に振り回されて、結局、独り相撲。
でもそれは全て、この人が、大好きだから。
「"好き"がこんなに難しいモノだなんて、知りませんでした」
告げた俺に、彼女は苦笑交じりの顔をのぞかせ、
「……私も、初めて知った。それとこんなに、たまらなく愛おしい気持ちになるんだってことも」
俺を見つめる瞳が、甘くとろける。
「もっと好きになってもらえるように頑張るから、逃げないでね、ゆうちゃん」
「もちろん、受けて立ちます。……と言いたいところなんですけど、その、ちょっと手加減してもらえますか? 俺、ただでさえなつきさんのこと大好きなんで、さらに火力を上げられるとなると、耐えられるか自信が……」
「耐えなくていいのに。どんなゆうちゃんだって、私は好きだよ」
「…………」
うん、なんというか、既に心臓がぐずぐずになりかけている気がする。
だってあんなにも欲しくてたまらなかった「好き」が、望んだ以上の想いをのせて連発されるのだ。思考の回復が追い付かない。
刹那、不意に眉間をつつかれた。
どうやら知らず視線が下がっていたようで、再び彼女へと顔を上げると、
「ふふ、皺できてた」
「――っ!」
(あああああああああ、もうっ!!!!!!!!)
これはわざとか? わかっていて、やっているのか?
攻撃? これがさっそくの攻撃なのか!!????
【書籍化】カワイイ俺とキミの嘘!~超絶カワイイ女装男子の俺が、男装女子を攻略出来ないハズがない!~ 千早 朔 @saku_chihaya
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