独身サラリーマンだったはずの俺が気がつくと悪役令嬢?になって婚約破棄されていたんだが
ごちる
独身サラリーマンだったはずの俺が気がつくと悪役令嬢?になって婚約破棄されていたんだが
ひそひそ話もここまで集まればざわざわとした雑音にしかならない。
眼の前に立つこの国の王子、兼婚約者は可愛らしい女の子を守るように抱きしめながら俺を見下している。
オーケーオーケー、一回整理しよう。
この国はブルバード王国、小さな島国ながら他国との交流も盛んで、昔ながらの遺跡や美術品などの観光を主としている観光国家だ。
最近では魔法研究に国を挙げて熱を上げている。
俺はといえばブルバード王国の中で、紀元前より王家に仕えてきたとかいう怪しい歴史のあるロリアン侯爵家の娘のホーリエで眼の前に立つこの国の第一王子アルフォルトの婚約者である。
そう、そうなのだ。俺は女で王子の婚約者で侯爵令嬢で、その記憶がはっきりある。
はっきりあるけれど、俺は男だ。
少なくとも男だったはずだ、俺の中にあるもう一つの記憶ではしがない独身サラリーマンで、ブラック企業イエスな鬼のようなサービス残業に精魂果てながらコンビニで買ったビールと弁当を片手に家に帰ろうとしていたところで曲がり角から車が飛び出してきて、そこで、記憶が途切れている。
そして次に目を覚ましたというか目を開けたらこの状態だ。パニックどころの騒ぎじゃない。
「なにか弁明してはどうだホーリエ。」
「ああうん、ちょっと待って今整理してるとこだから。」
「そうか、少ししか待たんからな!早く整理しろ!」
少し待ってくれんのかよ。優しいじゃねえか。
よっし、もう少し思い出そう、俺は確かに男だが女だった記憶もある。サラリーマンだった俺とホーリエだった俺が混在している状態だ。
どうなってんだこれ、俺は誰だ!?なんて今言っている場合じゃない。
そもそも今どういう状況なんだっけ、と改めてアルフォルトを見ればまた俺から遠ざけるように女の子を抱きしめ直す。婚約者の前で他の女を抱きしめるってどうなんだ、俺への礼儀とか以前に社交界的な礼儀として。
アルフォルトが抱きしめている女の子はホーリエの記憶の中に確かに存在していて
確か爵位のない市民の出ながら驚くほどの魔力を秘めていたからと特別に、この本来貴族しか入れないような王族も通うようなそんな学園へと無理を通して編入してきたエリザ・ルマダ男爵令嬢だ。
彼女の入学のときにはだいぶ無理をしたし、それを全部投げっぱなしで任されたのが我がロリアン家だったからよく覚えている。
大体女王様も入学にあたってなんとか面目保てるようにしといてちょ☆位のテンションで任せてきやがって。
そのせいで親父、おっとここではお父様が必死に子供のいない適当な男爵家を探し出して養子にさせてなぜか支度金は我が家持ちでああ思い出したら腹立ってきた。
「すまん、もう一回最初から話してもらっていい?」
「なんだと!?お前、僕の話を聞いていなかったのか!」
聞いてなかったかと言われればそうなんだけど、なんとなくホーリエとしての記憶として何を言われたかは分かっている。
ただ実感がないだけだ。
まさか自分が恐らく車にはねられて死んだと思ったら女になってて今婚約者に婚約破棄を言い渡されてしかもそれが女王陛下も参列している学園の卒業式でだなんて。
「えーと、つまり俺との婚約を破棄したいってこと?そんでそこのルマダ嬢と結婚しようとしてるってこと?」
「その通り!なんだ分かっているじゃないか!」
さっきからいちいち気さくだなこの王子。まあほぼほぼ生まれたときから親によって決められたの婚約者だしようは幼馴染だしこんなもんなのか?こういう世界の常識はまだよくわからん。
ていうか今更だけど俺の喋り方まずくない?俺って言っちゃったよね?言ったよね?
ちらりとルマダ嬢を見ると俺から逃げるようにアルフォルトの後ろへと隠れてしまう。
ルマダ嬢のことはホーリエの記憶でしか知らないが記憶の中だと割と仲良く、というか何も知らないルマダ嬢の面倒を教師から体よく任されてよく一緒にいた気がするけど
一緒にいたときにそういえばアルフォルトもいたな。そのときに少しずつ仲良くなっていったんだろうか。
「ホーリエ、俺はエリザにお前が教えてくれなかった沢山の事を教えてもらった。」
「なに?愛とか?」
「いや、淑女は木を登ってカブトムシを取らないということだ!」
「取らないの!?」
いや、取ってんのがおかしいのは分かるんだけど記憶の中のホーリエがあまりにも自然に木登りしてたからこの世界ではそうなのかなって思ってたわ。そりゃそうか取らんわな。
だとするとさっきから口調にツッコミがないのもさてはホーリエ、元からこんなだな。
ていうかそれ、ルマダ嬢に聞く前に気がつけなかったのか?俺の中にある記憶だと婚約したの3歳とかでその時点ですでにホーリエ木登りしようと奮起してるぞ?
「それに令嬢というのは詩や刺繍を嗜み恋心を詩に綴るものだというのもエリザが教えてくれた……。」
「そうね……俺達の伝達方法基本大声か矢文だったからな……。」
「女性というのがこんなにもか弱くか細い声を出すことを教えてくれた。」
「ホーリエ、国民のど自慢大会で優勝したもんな……。」
なんか、だんだん記憶が鮮明になってきてホーリエのことを理解してきてわかった。
そりゃ婚約破棄されるわ!ていうかむしろなんで今まで破棄しなかった!?女王はこの国を破壊したかったのか!?
「あと、君はいつも一番大きいカブトムシを持っていったし……。」
破棄しなかった理由がわかったぞ!王子も馬鹿だ!
そういえばブルバード王家にはアルフォルトの他に次男三男が控えていて、特に次男はめちゃくちゃに優秀なんだった。
これもしかしてはなから俺とアルフォルト捨て駒だったのでは!?
だとしたら捨て駒から更に捨てられた俺って何!?そんなに大きいカブトムシ欲しかったの!?なんかごめんね!?
「ホーリエ様……、どうか、ご自分の罪をお認め下さい。」
「えっ?罪?カブトムシの件?」
突然割って入ってきた声の方を向けば、さっきまでアルフォルトの後ろに隠れていたルマダ嬢がしっかりを俺を見つめていた。
待って、罪ってなんだまじでわからん。ていうか今更だけど今俺ドレス着てるじゃん、スカートじゃん、ハイヒールじゃん。
ずっと床に座り込んでたしそろそろ立ち上がりたいけどハイヒールのせいで全然立てなくて今すげえ困ってんだけどどうする?どうするアイフル?
「私は、ホーリエ様が行った嫌がらせの数々、全て許します。」
「嫌がらせ?」
ぽかんとしている俺に差し出された手、全てを許す聖母のような微笑みで差し出された手を俺は掴めなかった。ていうかだから、ハイヒール履いてるから立てないんだよ!とりあえず靴脱がさせてくれ!
「ホーリエ様が私の教科書を隠したことも、階段から突き飛ばしたことも、昼食の時に嫌いなピーマンを隠れて私の方へやったことも、全て許します。」
「最後だけ急に小さいな!?」
いやいやピーマンはまだしも教科書や突き落としなんてそんな事をした記憶はないぞ、と靴を脱いでやっと立ち上がる。
裾の長いドレスだし靴脱いでることなんてバレないだろ、大丈夫大丈夫。
とにかくそんな冤罪かけられてたまるものか、と全く見に覚えがございませんと告げると、
急に敬語を使うなど嘘をついている証拠だとアルフォルトが騒ぎ出した。どんな女なんだよホーリエ。
というかルマダ嬢にそんなことを言われたのが割と悲しい、おじさんは可愛い子にそんな事を言われると悲しくなっちゃうよ、
ってのは抜きにしてもホーリエの記憶の中のルマダ嬢は、いつも笑顔でホーリエが木登りするのを眺めていたり、ホーリエとアルフォルトがガチのかけっこしているのを眺めていたり、アルフォルトを見つけたホーリエが矢文を打つのを眺めていたり割と楽しそうにしていたのに。
恋って友情よりも強いもんなんだろうか、独身だからわからない。
「ええと、婚約破棄はいいです。二人の結婚もいいです。でも嫌がらせはしていません。ていうか婚約破棄は良いですって言ってもそれ、そもそも俺達で決められないですよね?」
そう、そもそもアルフォルトとホーリエの婚約は女王陛下の命を含んだもの。決して俺たち二人だけの話ではなく、ブルバード王家とロリアン侯爵家の問題になってくるのだ。
「それは、その……なんとかする!」
「…………そっか!がんば!」
親指立ててサムズアップ、満面の笑みで伝えればアルフォルトから頑張る!と返事がきた。素直だなこいつ、男友達にいたら楽しいタイプかもしれん。
「そこまでです。」
その声に、一斉に会場が静まり返る。
そう先程も言ったとおり今ここは学園の卒業式であり卒業記念パーティーであり、アルフォルトの母君に有られるブランチェ女王陛下も参列されているのだ。
ゆっくりと階段を降りてくる女王陛下の呆れ返った顔はアルフォルトに向けてだろうか、それとも俺に向けてだろうか。
「話は全て聞いておりました。まずアルフォルト、あなたはこの場をどのような場と心得ているのですか。」
「えっ、卒業式ですが。」
キョトンとしているアルフォルトが何わかりきったこときいてんの?って態度で答える。うーん、アホ。
「そう、その記念すべき学園の卒業式であり、パーティーを私的に利用するなどなんという不徳、許されることではありませんよ。」
「で、ですが母上。」
「おだまりなさい、次にホーリエ嬢。」
「うっ、うっす……。」
女王陛下の迫力に思わず直立不動してついでに敬礼もしてしまう。正しい敬礼を知らないから間違っている気がする。左手を頭に添えるんだっけ、どっちだ。わからん。
「あなたもあなたです。馬鹿息子の言うことなど真に受けて相手にするなどあなたらしくもない。」
「いやー……ですが婚約破棄だー!と言われてしまっては……。」
「この馬鹿息子が婚約破棄を言い出すのなんてこれで108回目でしょうが!」
……そういえば、だ。
改めて、もう一度改めてホーリエの記憶を探ってみると確かにアルフォルトは事ある毎に色んな女の子に惚れてその度婚約破棄を言い渡してきた。それをホーリエは、はいはいそれより今日は森へ行くよ位軽く受け止めていた。
108回目のプロポーズならぬ108回目の婚約破棄だった。
そうだそうだった!なんで忘れていた俺!
だとすると女王陛下が怒っているのは婚約破棄だとか嫌がらせだとかじゃない。
ガチのマジで卒業式ブチ壊した一点についてだ!
「ホーリエ、私はあなたに期待しているのです。」
「き、期待?」
「確かにあなたは淑女とは呼べません、女性と呼ぶのも割とギリギリ枠外です。」
「いやそこはもう少し枠内に収まっておきたいんですけど。」
「ですがあなたのその性格が、アルフォルトを救ってくれたことが何度もありますし、これからもそうであってほしいと願っているのです。」
「はあ……。」
「よろしくおねがいしますね。」
ね、と肩に添えられた手の力の籠もりようが凄すぎる。
痛い痛い痛い離れたと思ったらホラー映画ばりに手の痕ついてっから!
「それからルマダ嬢、証拠もない行いを人前で攻め立てるなど少々はしたなない行いですね。」
「で、ですが女王陛下っ!私は確かに。」
「ルマダ嬢、それ以上口を開かれるなら、私もあなたの行いをここで裁かねばならなくなりますよ。」
ジイイとチャック音でもしそうなほどしっかりと閉じがルマダ嬢の口に、要するに自作自演だったわけかと納得する。
記憶を取り戻してみれば今までの107回も半分はアルフォルトが惚れっぽく愛を囁いちゃったりしたもんだから勘違いした相手がホーリエとの婚約を破棄させようと躍起になって、そうじゃない半分は完全にアルフォルトの一人相撲のパターンだった。
パァン、と女王陛下が手を叩き改めて場を鎮める。
それでは皆さん、改めて楽しんで下さい。
その一言で会場内は通常のパーティーへと少しずつ戻り始めていく。女王陛下も既に自分の席へと戻っていった。
その中に取り残されたのが俺とアルフォルトとルマダ嬢だ。
呆然としているルマダ嬢にどう声をかけようか悩んでいると声をかけるよりも先にアルフォルトがルマダ嬢の肩に手を置いた。
「非常に心苦しいが、エリザ、こうなってしまっては公に君を愛することができない。どうだろうここは側室で一つ。」
パァアアアアン、良い音が響く。いやあ綺麗な平手打ち。やっぱり一番じゃないと嫌なもんかねえ。
慎み深い淑女はどこへやらブチ切れて会場から走って飛び出したルマダ嬢を見送って、
見送ってからアルフォルトの方を向けば、アルフォルトも俺の方を向いていた。
「まあ、そんな感じでよろしくホーリエ!」
にっこり笑って親指立ててサムズアップ。じゃねえよ!
こいつ屑だぞとか色々言いたいことはあるけれど、
これって俺、もしかして帰れないパターンか!?女として結婚しないと行けないわけ!?
ビールは!?生姜焼き弁当は!?
ああ神様、一体なにしてくれてんの!?
独身サラリーマンだったはずの俺が気がつくと悪役令嬢?になって婚約破棄されていたんだが ごちる @gotiru
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