ヒトリさんと虎丸くん
「石清水涼士はどこにいる?」
石仏のように重量のある声が、教室を出たばかりの私を呼び止めた。振り向いた先にいたのは、巨漢という言葉がよく似合う無愛想な男子生徒だった。頭髪は整備された芝みたいに短く、涼士の倍は太い腕はシャツの上からでもかなり筋肉質であるとわかる。
低身長の私からすれば、目の前の彼は見越し入道のようなもので、内心気圧された。続いて疑問に思う。何故、涼士は探されているのだろう。
「…………」
「…………」
無言でいる間、あっちも無言だった。目を逸らすことなく、じっと見降ろされている。埒が明かないので、私は素直に「わからないけど」と前置きし、予想を述べた。
「……たぶん、食堂の購買部。です」
「そうか。失礼する」
お辞儀と認識できる程度に頭を下げ、男子生徒は購買の方へ歩いていく。表情は威圧的に感じたが、行動は律儀そのものだった。
「なんだったのかしら……」
「かしら、じゃないくてさ!?」
教室から出てきた真奈がバタバタしながら顔を寄せ、コソコソと話し出す。
「あんな感じの人、絶ッ対に不良でしょ。ヤンチーでしょ!?」
「不良じゃないわ。リーゼントじゃなかったもの」
「昭和かッ。最近の流行りは短髪なんだよ! 知らんけど!」
そう言われてみれば、最近CMで見た不良映画は端整な俳優たちが集団VS集団で戦ってきた気がする。その中には短髪の人もいたかもしれない……えっ、じゃあ。
「どうしよう、私、涼士の場所教えちゃった……!」
「あばばばばヤバくない!? つーかあんな見た目ガッツリの人になんで目ぇつけられてんのイワシ!? あれか、万引きの一件で果たし状とかそういうのか!?」
「!!」
人の噂も七十五日と言うが、まだ一週間ほどしか経っていない。もしかすると、噂が独り歩きして誇大になり、悪い人を引き寄せてしまったとしたら……
「わ、わたしのせいだ……噂話をちゃんと訂正しなかったから……」
「うぇ、いやー、それはちょっと考え過ぎじゃないかな? というか仮にも学校だから喧嘩はないだろうし果たし状なんかは決闘法だかなんだかに違反するハズって話聞けヒトリちゃぁぁん!」
涼士はどこ。このままでは不良に襲われてしまう。早く、あの人よりも早く涼士を見つけないと……!
「わぷ」
「おぅ、って、ヒトリさん」
廊下を曲がる直前で紙パックのココアを持った涼士にぶつかる。想像していたよりもずっと早く見つかった。
「涼士、そのっ、急いで教室に……」
「見つけたぞ」
あたりが急に暗くなる。いや、私があの巨漢の陰にすっぽり覆われてしまっているのだ。私は両手を広げて振り向いた。
「涼士は私が守る……!」
決死の思いで巨漢を見上げる。鋭くも重い視線が私を射竦めた。岩のような手が動き、私は思わず目を瞑った。
「っ……!」
「昨日の忘れ物だ。洗濯しておいた」
「あっ、そうだった。ありがとう、虎丸」
私の頭上を紙袋が通り過ぎ、うっすらと柔軟剤の匂いがした。
「…………へ?」
「えっと……あらぬ誤解があったみたい?」
「……そのようだ」
虎丸というらしい彼は一歩下がり、深々と礼をし、無骨に右手を差し出した。
「さきほどはありがとう。俺は魚住虎丸と云う。涼士とは長い付き合いがある」
「あ……は、い……」
呆気にとられつつ握手するが、彼は表情を微動だにさせず、低い声で謝罪した。
「何か誤解を招いたようで、すまない。俺の顔が厳めしいばかりに……」
「! ご、ごめんなさい。その、私の方がそそっかしいから、早とちりして……」
「いや、元より俺がもっと愛想よくできればよかっただけのこと。誠に申し訳ない……」
「わー後ろから見ててもわかるほど善良な会話だぁ……」
真奈が苦笑いで涼士にそう話しかける。この子、揉めてないのを確認してから寄ってきたわね……。
「む、そちらも学友の方か」
「中学別だったから、針麻も初対面だよね。虎丸は安全だよ」
「イワシがそう言うんなら美術館の警備ぐらい安全だぁ」
「謎の判断基準なのね……」
「魚住虎丸と云う。宜しく頼む」
「お、おおう。なんか武人みたいな。……イワシ、何年生のお方?」
「同級生だよ」
「え?」
「うぇえ!? あ、上履きの色一緒だ! ごめんなさいッッッ!」
息を呑んだ。身丈や落ち着いた雰囲気で、勝手に上級生と思い込んでいた。こういう思い込みしがちなところ、ちゃんと治さないと……
「構わない。入学式から在校生席に案内されかけたので、慣れている」
「相手の失敬すらフォローできるとか神かよ……えと、針麻真奈です。よろしゅ!」
「関西圏の生まれか?」
「あっ、いやそのネットのノリというか……すいやせぇんバリバリここが地元ですぅ……」
どうやら、真奈の内弁慶は正面から掘り下げれば瓦解するらしい。魚住さん――魚住くんは意地悪などの打算なしに純粋な疑問をぶつけただけなので、指を突き合わせながらしおれる真奈に不思議そうな視線を向けている。
彼は真奈との握手を終えると、また一礼した。武道は礼節を重んじるというし、染みついた癖なのだろう。涼士の友達なのも納得だ。私も積極的に真似しよう。
「まったくイワシぃー、アンタってばヒトリちゃんを心配させやがって。というかこんな身近にカプ――ンン゛ッ、男友達いたのねェヒヒ」
「針麻。邪悪な部分が出てる」
「おおっと。ゴメンゴメン。ナマモノを扱うのは信条に反するゆえ、二次元へいろいろと還元しますとも」
よくわからない言語が飛び出したけど、触れない方がいいというのは直感した。いくらペンギンとはいえ、泥沼には飛び込まないハズ。というか心配の種を蒔いたのも真奈だった気が……
「んじゃ、廊下出たついでに飲みモンでも買いに行こっかヒトリちゃん」
「……そうね。じゃあまたね涼士、魚住くん」
軽く手を振る涼士と、深々お辞儀する魚住くん。
新しい友人が増えるかもしれない。とても嬉しい。ふふふ。
◆
「……すまない涼士。小さき方の名を聞き忘れた」
「あっ、そっか。凍月
「成程、承知した。……しかし、安心した」
「なにが?」
「交友関係だ。お前はいつも、必要最小限しか人と関わらないからな。あそこまでお前を信頼し、文字通り身を挺して守ろうとしてくれる友人がいるのは、とても喜ばしいことだ」
微小に口角を上げながら、虎丸はしみじみとそう言う。たしかに、小中学と友好的なクラスメイトは多かれど、放課後にも遊ぶような友人は数える程しかいなかった。現に虎丸がその希少な一人で、針麻もそれにあたる。まあ、両方とも始まりは事故のようなモノだったけど。
そう考えれば、ヒトリさんと友人になったのは本当に奇跡だったのかもしれない。割と流れに身を任せているので、初対面からの自然消滅だってありえただろうに、いまではすっかり下駄箱の靴取りから帰路までを共にする仲だ。
『涼士は私が守る……!』
――いけない。
勘違いしては、いけない。僕はヒトリさんの友人だ。ヒトリさんは優しい。友達を守るためなら人目をはばかることなく飛び出せるような人だ。だから、『僕が特別』だなんて思い上がるな。
まったく。こんな風に自分を戒めずとも浮足立たないぐらい、精神が強ければな……
「……今日も道場行っていい?」
「勿論だとも。ミット打ちか?」
「座禅かなぁ……」
「む……
「今日の風呂は肩によく
ペンギン系女子ヒトリさん 鴉橋フミ @karasuteng125
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