第五話 『禁断症状』
村を出て進む事、三十分前後……。
「センパイ……怒ってます?」
「何をだ?」
「アタシが地下室で言った、煩いから数を減らそうって言葉……」
「いや、別に怒ってないぞ。むしろあの場で、お前に当たって悪かったとさえ思ってる。俺もこの世界に入って、あくどい事を幾つもやってきた。俺の両親が殺されたのも、何か理由があっての事なのかもしれないと思えてきている」
「せんぱい……」
「まっ、それで犯人を許すかどうかは、話が別だ。同じ支部内の構成員だろうと、他の誰だろうと……見つけたら地獄を見せてやる」
「支部内の誰かでも、それ以外の誰かでも……アタシが最後まで、お付き合いしましょうか?」
「お前がか? 他人の復讐だろ」
「またまたぁー、センパイとコンビ組んで二年になるんですよー? パートナーの復讐くらい、手伝ってあげますってば!」
「……おまえな……はぁ……」
「惚れちゃいました?」
月明かりで薄暗い闇の中、紅く輝く瞳が笑みに歪んでいる。本当に綺麗な目だ。
「そうだな、惚れた惚れた」
「適当ですねー」
月明かりに照らされるダメルスの表情は本当に美しく、気を抜いた本当にもっていかれそうだ。……鬼だけに、気をぬいたら……?
「くくっ!」
「えっ!? なんで笑ったんですか!?」
「まっ……見つかるとは思ってないが、その時はお前に食わせてやる。ついでに復讐を達成したら、何でも一つ言う事を聞いてやろう。特別に食われてやったっていいぞ」
「おおっ! センパイの、でーぶー!」
「太っ腹って言え」
「……まっ、食べはしないんですけどね……」
ダルメスが小声で何か言ったようだが、木々のざわめきに掻き消されて聞こえなかった。
「なんか言ったか?」
「いーえ、なんにもー」
俺は懐から取り出した煙草を咥え、ライターで火をつけた。
「……ふぅー……もし俺が復讐を遂げて、お前に食われる事になったのなら……今日みたいに月が綺麗で、風の無い夜に食ってくれ」
「にししっ、ゼルセンパイ美味しそうなんで、我慢できなくなっちゃうかもしれませんよー?」
「その時はその時だ。復讐前に襲い掛かってきたら紅葉卸しにして、お前の角をハンタートロフィーにしてやる」
「センパイも好きですねー、アタシの角。出会った時なんか、アタシの目と角の付け根しか見てませんでしたよ? 人間なのに、性癖歪んでるんじゃないですかー?」
「お前の白い角と真紅の瞳は、今だって綺麗だと思ってるぞ。月明かりの下でなら、尚更だ」
「――ッ」
「……どうした?」
「今アタシ、ものすごくセンパイを食べたくなっちゃいました。これも月の魔力なんですかね?」
「我慢のさせ過ぎか……先を急ぐぞ、流石に今襲われるのは困る。月に見とれてると、油断して胃袋に滑り込んじまうかもしれんからな」
「はいはい、どうせアタシは腹ペコですよー」
◆
そんなやり取りをしながら進む事一時間。ようやく村が見えてきた。
案の定と言うべきか、町の中央には人が焼かれた痕が残っている。焼いた死体は何処かに埋めているのだろうか? 野盗の類にしては処理が丁寧だ。
中央にある大きな建物がやけに騒がしい、こんな時間まで盛っているのだろうか。不意を打てば、未武装の相手を攻撃出来るかもしれない。
建物は木製のコテージで、パッと見一階建てに見える。足音を殺して近づいてみると、中から声が聞こえてきた。
「やめろスリィベ! 落ち着け!!」
「クズリ!! 薬をくれェええええ!! いてぇよ! 頭がいてぇんだよぉおおおオオオ!!」
「もう無い! ここにはもう無いんだ!! おい馬鹿野郎! それはしゃれになってないぞ! まてま――グァッ! …………」
「誰かスリィベを止めろ!! 最悪殺しても仕方ない!!」
「クソッ、だから用心棒なんて俺は反対したんだ! ヤメ――」
俺とダルメスが張り付いている壁に、誰かが激突したらしい。中では喧騒が続いており、剣戟の音が響いている。
――仲間割れ? いやこれは……薬物による禁断症状か。通常の禁断症状にしては、やる事が過激すぎる。
これは間違いなく、違法な薬を使っているに違いない。こんな規模の野盗団が、麻薬の密売に関わっているだと? 商売の規模が判らん。
場合によっては、町そのものが駄目になる可能性だってある。音だけを聞く限り、スリィベという男一人に対して、複数人で対処しているようだ。
それが薬物の効果によるものなのか、元々の実力なのかは判らんが、場合によっては情報源が皆殺しにされる可能性だってある。最悪スリィベと他の全員を相手する事になるかもしれないが、仕方ない。
「ダルメス、慎重に中に入るぞ。見つかったら好きに暴れて構わんが、情報が欲しい。できる限り生かしてくれ」
「りょーかい!」
扉を慎重に開けて中を覗いてみると……玄関があって、それと部屋を仕切るような壁は存在しているのだが、基本的には大きな一つ部屋。床にはゴロツキが六人も倒れており、左側の空間でスリィベと相対しているのは二人だけ。
部屋の右側を見てみると、その隅には十五人程の女子供が怯えた表情で固まっていた。いずれもが奴隷の服を着せさせられている。
もっと荒い扱いを受けているものだと思っていたのだが、この野盗団は独自の奴隷売買ルートを持っている可能性が高い。囚われの身である女性らが俺達に気が付いたが、人差し指を立てて静かにするようにと合図を送ると、小さく頷いて意を汲んでくれたようだ。
「ガアッ――!!」
「くずりぃいいいいいいいイイイイイ!!」
「や、やめ――!!? ギャアアアアアアアアアアアアア――!!」
スリィベは物言わぬ死体となった男の髪を掴み、それを引きずりながら出口へと向かってくる。これ以上隠れていても仕方が無いので、俺は姿を現した。
「ぐ、くずりぃいいいいいい……薬くれよぉ……!」
「これか?」
俺は懐から一本の煙草を取り出し、地面に捨てる。集落にやってきた一人から回収した、妙な匂いの煙草。
「あ、ありがてぇ! ありがてぇ!! ありがてぇえええ!!!」
スリィベは手に持っていた男を地面に落とし、俺が投げ捨てた煙草に飛びついた。そのまま食べてしまいそうな勢いだ。
男はテーブルに置いてあった着火の魔道具を使い、宝物でも愛でるような表情で煙草を吸い始める。……大丈夫だとは思うが、一応窓を開けておく。
「俺の質問に全部答えてくれたら、俺の持ってるやつも全部くれてやる」
「本当か!? 何でも聞いてくれ!!」
懐から取り出した煙草ケースを見せると、スリィベは目を輝かせて快諾。……滑舌が戻っている。
「まず、この煙草は誰が持ってきた?」
「リーダーだ。リーダーは凄いんだぜ? こうして俺達を指揮しちゃいるが、貴族様なんだ。それで独自のルートを持っていて、こんな素敵なものを入手し放題なんだとよ!」
「リーダーの名前は?」
「ワイヤミン・エリーゼルック子爵。スタッカートンの貴族街にも、屋敷を持ってるってきいたな」
「くそっ……面倒な仕事になってきたぞ……ほらっ、これはお前の物だ」
「おっ、俺のぉぉぉおおおおお!!」
煙草の箱を足元に投げ捨てると、スリィベは誰にも渡すまいと飛びついてきた。……もう誰も残っていないというのに、酷過ぎる。
「【スラッシュ】」
俺は一撃でスリィベを仕留められるよう、スキルを使って首を落とす。スリィベの体はドシャリと崩れ、スリィベの狂喜に染まった顔が床の上を転がった。
「センパイ、煙草ですけど……控えませんか?」
「……ああ、こうはなりたくないからな。一日五本は許してくれ」
「しょうがないですねぇ」
「だからお前も、酒は一日五本にしろ」
「そんな!? ひどい!」
「いや……一般的には五本でも多すぎるって、いい加減気づいてくれ」
俺とダルメスがそんな話をしていると、部屋の隅から一人の女が近づいてきた。一応はあの中の代表として出てきたのだろう。
「あの、あなた達は?」
「エボニーナイトから派遣されてきた、構成員だ。リーサント村のフレッシュ村長は判るだろ? あそことの契約で獲物を一部収めて貰う代わりに、有事の際は対応してやるという契約が交わされてる」
「……詐欺じゃなかったんですね……」
「くくっ、俺と同じ見解だな。まあ俺たちが派遣されてきたって事は、詐欺じゃなかったって事だ」
俺の言葉を聞いて安心したのか、目の前の女性から力が抜けていくのが判る。部屋の隅に固まっている女性らも、立ち上がってそれぞれ動き始めた。
「俺達はもう一ヶ所の村にも行かなきゃならないんだが、ここで待ってるか?」
「暴行を受けて疲れている者もいますが、リーサント村にまでなら私達だけでも行けます。野生動物やゴブリンくらいなら、撃退できるでしょう」
「流石は狩人の女たちだ。……仮にも、狩人の……? くくくっ」
「センパイって時々ですけど、びっくりするくらい、つまらないジョークを言いますよね」
苦笑いを浮かべている目の前の女性と、ジト目を向けてくるダメルス。このジョークの奥深さが判らない限り、シーフとしてはまだまだ半人前だ。
「さて、本当なら金品を回収したいところなんだが……相手に逃げられたらたまらん。この煙草と情報で、エボニーさんから金をたかるぞ」
「お酒も制限付いちゃいましたからねー。少しくらいくれるんじゃないですか?」
「馬鹿言え。お前が飲み始めて、五本で止まる訳がないだろ」
「ひどい! アタシの忍耐力、舐めないで下さいよー!」
「酒以外の部分でなら、その忍耐力も認めてやる。さっ、仕事の続きだ」
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