第六話 『生き残り』

 そんなこんなダルメスと話しながら、南の村へと向かって移動を開始した。今まで以上に周囲を警戒しながら進む事、三十分。

 魔石灯の魔石を取り換えていると、ダルメスが声を掛けてくる。


「せんぱい……昔はナイフとマチェットをメインで使ってましたよね?」


「そうだな」


「格好良かったのに、なんでロングソードメインになっちゃったんですか?」


「一番の理由はそうだな……お前と行動するようになって、ゴリ押しが利くようになった。人間相手なら良いが、化け物が相手になってくると、大型相手じゃ刃の長さが足りなくなる」


「ゼルセンパイのナイフなら、十分に仕留められると思うんですけどねー」


「確かにスキルを使えば、それも可能だ。それでも俺が回避と隠密をしながら戦った場合、ダルメスに掛かる負担がでかくなる」


「アタシのためですかー……嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちですねー」


「実際、ロングソードも悪くない。実を言うと昔はな、ロングソードを持って騎士のように戦ってみたいと思っていたんだ」


「そうなんですか?」


「ああ。それに格好いいだろ? ロングソード」


「全然?」


「これっぽっちも?」


「はい」


「…………」


「見たいなー、センパイのナイフ捌き」


「お前の動きにも慣れてきたし、そろそろ昔のスタイルに戻ってもいいかもなッ!」


「おぉー! そんな事もあるかと思って……」


「持ってきたのか!? マチェット!」


「はい、スミス&ウェッソン。高級ハンティングナイフです」


「なんでだよッ!」


「二万カタンしました」


「馬鹿なのか!!? スローイングナイフなら投げ放題レベルで買えるぞ!!」


「センパイ、声大きいですって」


「ぐっ……すまん……」


「取り敢えず受け取ってください」


 俺は魔石灯をダメルスに預け、ハンティングナイフを受け取った。


「……ああ……でも何でコレなんだ。確かに刃も厚くて長さも悪くない、切れ味もよさそうではあるんだが……なぜマチェットじゃない?」


「それなら絶対に、マチェットより格好いいからですよ! ロングソード片手で振り回しながらナイフ投げてたセンパイなら、普通に扱えますよね!」


「……銘まで入ってるな……落としたら所有者が特定されそうだ」


「大切にしてくださいよー?」


「ああ、それなりには大切にさせてもらう」


「本当はですね、スローイングナイフの高いヤツもプレゼントしようかと思ってたんですけど……」


「拾われたら所有者が割り出されそうなやつは、流石に止めてくれ。冒険者とは違うんだ」


「ですよね」


「……まさかとは思うが、コレ、誕生日のプレゼントに用意してたやつか……?」


「んーっ! 正解!」


「あー、その、悪かった……」


「いえいえ、結果的には渡せたのでオーケーです」


 俺はロングソードを適当な場所に突き刺し、軽く素振りをしてみる。左肩上からの切りおろし、切り上げ、左手にスローイングナイフを四本持っての――薙ぎ払い。


 真正面の木に四本のナイフが突き刺さり、その下には、ハンティングナイフで切りつけた痕ができた。重量は思っていた以上にあるが、ロングソードを使っていて鍛えられたのか、扱えない程じゃない。


「……いいな」


「ほんと、いいですねー……」


 見れば、うっとりとした目で木に刺さっているナイフを見ているダルメス。普通はもっと大剣を振り回している騎士だとかに憧れるものだろうに、鬼人族の趣味は判らん。


「ロングソードはどうするか……」


「アタシが持ってますよ。敵と交戦した時にでも投げつけてやります」


「お前の怪力からしたら、ロングソードも投げナイフだな」


「あれっ? なんかちょっと傷つきましたよ?」


「いや、ハンティングナイフには傷一つないぞ」


「アタシの心!」


「先を急ぐぞ」


「……はーい」


 そんな会話をしながら南に向かって歩き、三十分程度。何事もなく目的の村へとたどり着いた。

 空はうっすらと明るくなってきている。逃げられているかどうかギリギリのラインだろう。魔石灯を荷物へしまい、体の大きいダルメスをハンドサインで制しながら、気配を頼りに村の中を進む。


「遅い! まさかもう、盗賊ギルドにやられたのか!?」


「リーダー、落ち着いてくださいよ。もう五分もあれば女たちを積み終えます。そしたら北の村に様子を見に行きましょう」


 そんな声が聞こえてきたので、建物の影からその様子を窺い見てみると……中央の広場には三台の馬車が用意されていた。二つは通常の帆馬車なのだが、一つは奴隷商御用達の檻馬車だ。

 木製の箱型馬車の後ろ部分に扉が付けられており、外から鍵を掛けられる仕様になっている。小窓にある鉄格子には中から外を見ている女性の姿が見えた。


 馬車までの距離は二十キュビット。投げナイフでは少し厳しい距離だ。パッと見数は十人程度だが、馬車の影に何人かいる。

 ……全部で十三人だろう。俺は少し後ろにいるダルメスに向かって、【距離】、【二十】、【数】、【十三】とハンドサインを送った。


 俺はバックパックを地面に置き、横に引っ下げてあった小型のクロスボウを構えながら様子を見る。リーダーと呼ばれた男は、野盗にしては身なりが良い。


「駄目だ! 今こうしてる間にも盗賊ギルドの刺客がコッチに近づいてきているかもしれないのに、時間を守れない奴等のところになんて寄り道できるか!! とろい冒険者ギルドとは訳が違うのだぞ!!?」


「ですがねぇ……スリィベのヤツが居なきゃ戦力は半減状態だ。オレ以外じゃ一般の冒険者にも敵いませんよ」


「くっ……何故ヤツはこっちに居ない!!」


「薬漬けにしちまったアイツを、リーダーが遠くに置きたがったんでしょう? 使用量が多すぎて渡す量を控えたいって」


 恐らく男に怒鳴り散らしているのが、ワイヤミン・エリーゼルック子爵。リーダーにだけは絶対に当ててはいけない。

 生け捕りにして、連れて帰る必要がある。盗賊ギルドの本部から地獄のような制裁を受けるだろうが、自業自得だ。

 麻薬が子爵のところで止まっていればいいが、貴族連中に広がり過ぎていた場合……盗賊ギルド全体を上げての〝大仕事〟を覚悟しなきゃならなくなる。下手をしたら、国そのものが腐って落ちる事態だ。

 最初の狙いは……怒鳴られている男。見たところ、盗賊ではなく戦士。

 こちらに気付いている者は皆無だと言っても良いだろう。ダルメスは気配を消すのが苦手なので、感の良い盗賊がいればダルメスの気配に気づかれる。

 俺は狙いを定め――引き金を引く。


 ――ビシュン! という音と共に、クロスボウの矢が戦士の頭を貫いた。


「な――ッ!? 敵だ! 何処から撃ってきた!!?」


 集団が騒がしくなり、周囲を強く警戒するゴロツキたち。今ので位置を特定されないとは……何とも言えないお粗末さだ。

 俺はクロスボウに矢をセットし、もう一人は減らせるか……と狙いを定め――発射。


 ――ビシュン! という音と共にクロスボウの矢が飛んでいき、もう一人の頭を撃ち抜いた。当たり所が良かったのか、顔の半分が弾け飛んでいる。


「そこだ! そこの建物の影に居るぞ!!」


「お前たち! 距離を詰めて八つ裂きにしろ!!」


 流石にバレたようで、十人が一斉に駆け寄ってくる。


「そぉぉっれッ!」


 ダルメスの投げた俺のロングソードが……猛スピードで回転しながら空を飛んでいく。直線状に居た二人の命を刈り取って、奴隷馬車に突き刺さった。


「鬼人族だ! 鬼人族がいるぞ!!」


「敵は二人だ!」


「馬鹿な!! 暗殺者に鬼人族だと!? まさか冒険者なのか!!? 他の場所にも誰かいる可能性があるぞ!!」


 リーダーがそのように声を上げると、走ってきているゴロツキたちの速度が緩み……周囲を見回している者がいる。――チャンスだ。


「今だ! 反対側からファイアーボールを使ってくれ!!」


『『『――!?』』』


 全員の視線が、一瞬だけ明後日の方向へと逸れた。俺は物陰から飛び出し、五本のスローイングナイフを投擲する。


「ガッ!」


「グワッ!」


「ヴッ!!?」


 投げたナイフは五本ともが、三人に命中。背中に刺さっている者はまだ戦えそうだが、目と胸、腹と頭に刺さっている者はそのまま地面に倒れた。


「【……ハイドインシャドウ】」


 俺はダルメスの影に隠れ、息を殺す。


「だぁあああああ!! 【薙ぎ払い!】」


 距離を詰めたダメルスの剛腕による、薙ぎ払い攻撃。二人のゴロツキが胸の辺りで両断された。

 残っているゴロツキは五人。


「なんだコイツら! ば、化け物!!」


「落ち着け! 相手の数は二人!! 個々の距離を詰め過ぎるんじゃあない! もう不意打ちは無いぞ!! 【高貴なる指揮官!】【ブレイブハート!】【集団ストレングス!】」


 ――ッ!? 指揮官クラスか!!


 今にもバラバラに逃げ出してしまいそうだったゴロツキ達の目に闘志が灯り、目に見えて力が増しているようにみえる。こうなると、狩人たちには荷が重い。

 大した抵抗も出来ずに狩人たちがやられたのは、不意打ちを受けたのにプラスしてコレがあったからなのだろう。


 接近してきた一人にダルメスが切り掛かる。回避しようと後ろに跳んだゴロツキだったが、胸を大きく抉られて頭から地面に落ちた。


「【バックアタック!】」


 ダルメスの影から飛び出した俺は、ダルメスに注意が向いている男にハンティングナイフで切りかかる。首筋を狙った一閃は驚く程にすんなりと骨を切り裂き、切り口からは大きく血が吹きだした。


「まっ、ベースがこれじゃあな――フッ!」


 投擲用のナイフを二本投げ、残った二人を片づけた。想像していたよりも歯ごたえがなかったのは、最初にクロスボウで殺した一人目が良かったのだろう。

 ハンティングナイフの血を払い、リーダーの男にゆっくりと近づいていく。


「ヒィィイイイ! や、止めろ!! 助けてくれ!!」


「仲間が居なくなって、随分と気が小さくなったな」


「せんぱーい、もう食べていいですよねー?」


「ああ、好きにしろ」


「やった!」


 ダルメスは適当なゴロツキの腕を千切り取り、美味そうにむしゃむしゃと食べだした。


「お、俺を誰だと思ってこんな事をしているのか、判っているのか!?」


「ワイヤミン・エリーゼルック子爵、ですよね?」


「ひっ!」


 名前をずばりと当たられた事で何を想像したのか、腰を抜かして地面に座り込んでしまった。下手に裏の世界を知っていると、こういう時に変な想像が働いていかん。


「まっ、そういう事ですよ。取り敢えず拘束しますが、変な動きを見せたら首だけを持ち帰って、残りをダルメスに食わせます」


「こ、殺しに来た訳じゃないのか?」


「まぁ、子爵はついでですね。大人しくしていた方が、まだ可能性はあると思いませんか?」


「わ、わかった。大人しく拘束を受け入れよう」


 俺は奴隷の服を着ていた女性たちを呼んで、ワイヤミン・エリーゼルック子爵をロープで拘束してもらった。かなり荒い扱いを受けたが、彼女たちで散々良い思いをした後だ、そのくらい受け入れてもらおう。


 口には猿轡を噛ませ、目には目隠しをしておいた。城門を抜けるのに顔がそのまま出ていると、面倒に巻き込まれないとも限らない。

 捕らえられていた女性たちは人肉を食べているダルメスが少し気になっているようだが、今はゴロツキ連中への恨みが深すぎてそれどころじゃないのだろう。食われているゴロツキに対して、いい気味だとさえ思っている人がいそうだ。


「助けに来て下さったのですか……?」


「ああ、エボニーナイトから送られてきた者だ。詳しくはリーサント村の村長、フレッシュから話を聞いてほしい」


「……詐欺じゃなかったんですね……」


「全員同じ事を言うんだな?」


「あいつのお食事が終わったら、村まで馬車で送ってやろう。待ってる間どうしてもヒマなら……ワイヤミン・エリーゼルック子爵の髪の毛を〝整えて〟やってくれていいぞ」


「……! 有難うございます!」


「何、気にするな。ソイツはもう――磔の死体だよ。町に帰ったら地獄を何度も見る事になるだろうさ」


 俺は懐から煙草を取り出し、口に咥えてからライターで火をつける。見れば、ダルメスは美味しそうにむしゃむしゃとゴロツキを食べており、骨だけを綺麗に残していた。

 ……内臓は捨てずに食べてしまうらしい。チラリと俺の方を見たダルメスは、少し目を見開いて、血濡れの口を指差している。


 ……煙草を吸うなという意味なのだろうか。とはいえ、今日くらいは許しい欲しいものだ。


 村娘たちの方を見てみれば、ワイヤミン・エリーゼルック子爵の毛髪を楽しそうに抜いている姿が見て取れた。子爵も自分が残した見目の整った女性らに囲まれて、「ム゛ーム゛ー」と楽しそうな声を上げている。


 ……カオスだ……。


 俺は唯一、変わらず美しくあり続ける月を見ながら、煙を吐き出した。


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