第10校

 校外取材当日。関東地方は快晴で少々暑いほど、まさに行楽日和である。八時に地元の蕨駅に集合すると、乗り放題切符を買ってホームへと向かった。

 そういえば、今日の校外取材の行程表は大谷先輩が作ったらしいが、

電車一本単位まで決めているあたり、旅行会社顔負けだなと思う。



——さて、今日最初の目的地は横浜であった。京浜東北線石川町駅からほど近い丘の上に建つその場所は、イタリア庭園と洋館が美しい静かな空間だ。そこの入り口まで辿り着くと、大谷先輩は再びここに集まる時間を指定した。


「まあ、時間も余裕持ってあるし、ゆっくりと見ていってね」


 そう言うと、地頭方先輩とともに写真を撮ったりする。これを見るに、校外取材とか言いつつも、本当にただの旅行であると感じる。

 さて、俺たちも観光するか、そう思って横を見ると、すでにアキしかそこにはいなかった。


「あれ、他の人たちは?」


 そう訊くとアキは、


「もう、みんな行っちゃったよ」


 と言った。


「涼も?」

「そう、向山君は平方さんとね」

「へえ、それはまた意外な」

「確かにね……でも、まあいいじゃない。私たちも中に行こ!」


 アキはそう言って笑うと、思いっきり俺の手を引っ張った。



 俺たち二人は、最初に庭をゆっくりと見た後、『外交官の家』という建物の中に入った。

 堂々たるその洋館の内部は、静かな落ち着いた空間であった。部屋の真ん中に置かれた年代物の机に椅子、その上には花や食器が飾られている。


「うわあ、凄い!」


 アキは笑顔で俺にそう話しかけてきた。


「ホント、良いねここ」

「なんだかタイムスリップした気分!」


 そんな楽しそうなアキを見て、俺は嬉しい気分になる。


「ねえ智也、あっちの方はどうなっているのかな」


 そう言うとスタスタと奥の方へと向かう。急いで俺もついて行くと、そこは八角形のサンルームだった。


「うわぁ、窓からの景色が良いよ」


 アキが言う方を見ると、横浜の景色を一望する眺めが広がっている。


「はあ、こりゃあ凄い」


 俺はそう感嘆する。するとアキ、


「綺麗でしょ」


 なぜか得意げに言う。アキは外交官だったのか、と思わずツッコミたくなるが、


「ホントね」


 俺はアキの横顔を見ながらそう答えた。

 その後もしばらく二人でたわいのないことを話していた。

 ちなみに俺は、ずっと心臓のドキドキが止まらなかった。普段、二人だけで登校している時はそこまで感じないのに。多分それは、今の雰囲気をデートという意味に重ねてしまうからだろう。

 そんな事を考えていると、アキは俺の方に振り返った。


「そういえばさ、こうやって二人でいるとデートしているみたいだね」

「えっ」

 

 驚いた。狼狽えた。


「そんなに驚く事? あっ、もしかして照れた?」


 アキは少しいじわるな顔になる。


「照れたからじゃなくて……今ちょうど、俺もそう考えていたから、それで驚いただけ」

「……えっ、そ、そう」


 今度はアキの顔がほのかに赤くなる。そしてこちらを見る。俺もアキの方を見ていたので、思わず見つめ合った状態になる。



 心臓がさっきよりも速い。


 小刻みに、激しく。

 


——あ、


 何か話そう。そう思ったが躊躇ってしまう。


 しばらくの静寂。


 

 打ち消すように、俺に電話が掛かってきた。


「ああ……ごめん取るね」


 相手は大谷先輩。内容は、もう集合時間だよ、であった。まったく俺としたことが……時間を気にしていなかった自分を悔やんだ。

 移動する時もしばらくだ。

 そういえば電車に乗る前に柏座が、タイミングが悪すぎるみたいな事をボヤいていたが、何かあったのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る