エピローグ

第44話エピローグ

 結果から話すと、僕と梨々香は離ればなれになることになった。

 梨々香とともに、お好み焼き屋から出て行った、あの日。僕たちの行きついた場所は、二人にとってもなじみ深いヒノデ公園だった。

 そこで、梨々香は僕に、留学について打ち明けた。

 今、撮影しているドラマが終わったら、ニューヨークの演劇学校へ留学に行く。それは、梨々香が初めて見つけた、やりたいことだった。

 梨々香はかつて、僕にドラマの撮影が楽しいと話してくれた。その気持ちは日に日に増していき、演技としっかり向き合いたいと思っていたときだった。彼女はプロデューサーの人から、留学の話をもらったそうだ。枠が一つ空いていて、もともと生徒役からめぼしい人をスカウトするつもりだったが、それに梨々香がどうか、と。

 やはり、梨々香は見る人から見ても、才能に溢れた女優だったようだ。

 でも、梨々香はその場で即答できず、ずっと迷っていた。

 僕と離れるのが嫌だったという。

 でも、僕に迷いはなかった。

「行ってきなよ」

 ひと言、そう言った。

 梨々香がいなくなってしまうことは、涙が出そうになるほど嫌だった。にも関わらず、僕は彼女の背中を押した。

 僕は、梨々香を応援したかった。梨々香がこの後、どんな活躍をするのか、この目で見たかった。梨々香のやりたいことで、世界中の人が幸せになる未来を僕は夢見ていたのかもしれない。

 そのとき、梨々香は涙を流していた。それも、号泣と言えるほど豪快に。喉をつっかえながら「ごめん」という言葉を繰り返した。

 そんな彼女に、僕は笑ってしまった。悲しいはずなのに、笑みがこぼれた。

 それでも梨々香は、泣き続けた。「ごめん」はいつしか「離れたくない」という言葉に変わっていた。

梨々香が一歩、僕に近づいてきて、僕は彼女の背中に手をまわした。

 僕の胸のあたりが、じんわりと温かくなる。そこには、泣きじゃくった梨々香の顔があった。

 梨々香がいなくならなければ、ずっとこうしていられるのに。そんなことも思ってしまった。やっぱり、僕も梨々香と離れたくない。

 涙の声が収まってくると、自然と僕の手が、梨々香の両肩に触れた。

 梨々香がわずかに顎を上げて、僕を見上げる。

 僕は初めてキスをした。

 それから、三カ月。

 梨々香がニューヨークへ旅立つ日は、あっという間にやってきた。

 梨々香が出演したドラマは、視聴率こそ苦戦したみたいだが、ネットでの評判は上々で、生徒役で出演した若手俳優や女優、アイドルは他のメディアでも注目されることになった。梨々香もその例に漏れず、ドラマの終了間際、映画や他のドラマ、CMと、たくさんのオファーが来たようだ。

 梨々香が日本にいたら、彼女のメディア露出はかなりのものになっただろう。でも、梨々香は自分の演技の未熟さを十分に自覚していた。モデル上がりのアイドル役者にはなりたくない。そう言った彼女の意志は、なによりも固かった。

 飛行場に見送りに行こうと、司と瑞希、川村さんと水島くんとで約束していた。

 でも、当日。

 僕は、約束の時間に家を出ることができなかった。

 いざ、梨々香がいなくなると思うと、耐えられなかった。もう二度と会えないかもしれない。そう考えると、彼女と顔を合わせて笑顔でいられる自信がなかった。いっそ、もう会いたくない。そんな気持ちにすら、なっていた。

 正直に言うと、僕は部屋のベッドの上で泣いていた。スマートホンにある、梨々香とのメッセージのやり取りや、一緒に取った写真を見返しては、悲しみが込み上げてきた。もうこれ以上、これらが更新できないということを受け入れられないでいた。

 瑞希や、川村さんからは何度も電話が来ていた。

 僕はスマートホンを放り投げて、掛け布団を被った。それでも、電話が鳴りやまないので、しぶしぶそれをとった。

「ちょっと、何やってんの? いま、どこ?」

 瑞希の声が飛んでくる。

「まだ、家」

「ええ! じゃあ、搭乗時間に間に合わないじゃん」

 僕は時間を確認した。確かに、今から家を出ては間に合わなさそうだ。

「いや、ぎりぎり間に合うかもよ!」

 声は川村さんのものに変わっていた。

「梨々香ちゃん、昨日のぎりぎりまで、真人くんと離れたくないって言ってたよ。もっともっと、話がしたかったって。じゃあ、真人くんと電話すればって言ったけど、そうしたら明日、絶対飛行機乗れないからしないんだって。真人くんも、梨々香ちゃんと同じで辛いのかもしれないけど。でも、最後に顔を合わせないと、後悔するんじゃない?」

 僕も、もっともっと梨々香と話をしたい。離ればなれになることになっても、最後の最後まで一緒にいたい。

 僕は、ベッドから起き上がった。

 まだ間に合う。

 僕は飛ぶように家を出た。

 慣れない電車とモノレールを乗り継いで、だだっ広い空港に着いた。搭乗ゲートは前もって教えてもらっていたので、それに向かって走った。時計を確認することさえ時間が惜しくて、僕は全力で梨々香のもとへ急いだ。

 水島くんの姿があった。その周りには、みんながいる。

 僕は、そこに着くと呼吸が乱れて、しばらく声を出せなかった。

「梨々香は?」

「もう、行っちゃったよ」

 瑞希が言った。

 間に合わなかった。

 結局、僕は最後に梨々香と顔を合わせることができなかった。

「桐谷さんが乗ってる飛行機だけでも、見送る?」

 水島くんの提案により、僕たちは、外へ出た。ひんやりとした風が顔をなでる。

 そこからは、いろんな飛行機が飛び立って行くのが見えた。冬晴れの青空に、小さな飛行機がそれぞれの目的地へと向かっていく。みんな、大きな想いを抱いて、新しい場所へ旅立っていくのだ。

「そろそろ、出発の時間じゃない」

 司が言うと、一台の飛行機が動き始めた。

 きっと、梨々香はあれに乗っている。

 飛行機は、滑走路を大きく弧を描いて回ると、加速した。それはどんどんスピードを上げていき、やがて空に飛び立った。

 青空に吸い込まれていく飛行機を眺めていると、僕はふと思った。

 梨々香も、神様からのプレゼントだったのかもしれない。神様は、好きな人が見える能力とセットで、桐谷梨々香というとびっきりチャーミングで不思議な転校生を、少しの間だけ貸してくれたのだ。

 そのおかげで、僕はいろんな体験をすることができた。楽しかったり、悲しかったり、辛かったり、悩んだりと、たくさんのことを経験した。

 そして、僕のまわりにはたくさんの人がいる。みんな、かけがえのない存在だ。

 梨々香は、これからも新しい人に出会って、いろんな人を幸せにしていくのだ。僕がそうなったみたいに、梨々香に出会った人は、みんな幸せになる。

「ありがとう」

 僕は青い空に向かって、そうつぶやいた。

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スクールフェスティバルマジック!! 濱崎ハル @haruhamasaki

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