第43話スクールフェスティバル!④
「えーと、我ら二年三組のクラス演劇パンク・オズの成功は、クラス全員の力があったからこそです。誰か一人でも欠けたら、あんなに素晴らしいものはできなかった。楽しかったし、感動した。皆も同じ感想だと思う。一時はどうなることかと思ったけど、何とかやりきることができた。それは、みんなの――」
「長い!」
ジンジャエールのジョッキを片手に乾杯の挨拶をしていた新垣くんに、隣に座っていた司の肘が入った。
「ブリキ人形、怖ええ!」
「委員長がんばって!」
そんな声が、わずかに飛び交う。
「もう、俺がやってやる!」
司が立ち上がった。
「楽しかった! じゃあ、みんな。かんぱーい!」
司が、ジョッキを前に掲げると、かんぱーい、という声と、グラスがぶつかる音が、あちこちから響き渡った。
僕たち二年三組、総勢三十二名が学校の近所にあるお好み焼き屋に集まっていた。
大成功を収めたクラス演劇「パンク・オズ」の打ち上げだ。
長方形の台が三列に連なった座敷の隅の方に、僕は座っていた。両隣には、水島くんと新垣くん。向かいには、川村さんがいる。梨々香は、僕から最も離れた席にいた。
乾杯、乾杯とグラスを差し出してくれるみんなに、僕は控えめな力加減で自分のグラスをくっつけっていった。一通りのそれが終わると、みんな席に着いてお好み焼きづくりに取り掛かった。
「いやあ、ほんと大成功だったね」
新垣くんがそう言って、カルピスソーダを一気飲みした。
「ほんと。楽しかった」
「私も」
水島くんと川村さんが、目を合わせて笑い合う。
クラス演劇「パンク・オズ」は、土日合わせて8公演。合計集客人数は、三百人を超えた。そして、来場者の投票で決まるベスト・オブ・フェスティバルには、僕たち「パンク・オズ」が選ばれた。これは、もう大成功という言葉でしか言い表せない。
「でもさあ。俺なんかよりもいい思い出つくってたやつが結構いるんだよな」
新垣くんが愚痴っぽく言う。
「どういうこと?」
僕が聞くと、新垣くんは近くに座っている水島くん、川村さん、司、瑞希を順番に目でなぞった。
「お前たち!」
水島くんと川村さん。司と瑞希。二組のカップルがお互いに顔を見合わせてほほ笑む。そこにはもう、特別な関係の男女が交わす雰囲気が存分に醸し出されていた。
「ちゃっかり、付き合いやがって!」
新垣くんは悔しそうに、空を見上げた。
「ちょっと、新垣くん。形、崩れてるよ」
川村さんが新垣くんからヘラを取り上げると、お好み焼きの形を整えた。そこに、もう片方のヘラを取り上げた水島くんの加勢が入る。
そんな二人にひゅーひゅー、と声がどこかから飛んでくる。
川村さんと水島くんは、文化祭最終日、演劇のセットが片付いた後に、正式に付き合うことになったそうだ。
「兄弟たちは、今、大丈夫なの?」
僕が聞いた。
「真央が面倒見てる」
水島くんは、お好み焼きを引っくり返して言った。
真央、隆史、加奈だけの水島家。何か悪さをしてないかな、と心配になるが、真央がうまくやっているだろう。それに、意外に隆史にもしっかりしたところがあることを、僕は知っている。
お腹を空かせた僕たちは、最初こそ目の前のお好み焼きに集中していたが、時間が経つと、それぞれが最初に座った席から離れ、知らず知らずのうちに席替えが行われていた。
僕のまわりにいたみんなも、それぞれの友達に呼ばれて、席を離れて行った。気づけば、僕のまわりからは、人がいなくなっていた。でも、楽しそうにしているクラスメートを眺めているだけでも、楽しい。
遠くにいる梨々香のまわりには、たくさんの女子がいた。モデルに女優と、彼女はみんなの憧れの的だった。既に立派な芸能人であるから、みんな、いろんな話を聞きたいはずだ。梨々香も楽しそうに話をしている。そんな姿は、普通の女子と変わらない。
キンッ。
突然、両方の頬にそんな刺激がした。冷たいジョッキが押し付けられたのだ。ひんやりとした水滴が、顔を濡らす。
「なに、ぼんやりしてんの」
右を見ると瑞希、左には司がいた。
「結局、お前は一人でぽつんとしてんだな」
「どうにかならないの、その性格」
二人からそんなことを言われてしまう。
「うるさいな。これでも楽しんでるんだって」
「ダメだこりゃ」
瑞希がため息をつく。
僕は、なんだか笑いが込み上げてきて、声を出して笑ってしまった。
「どうした、いきなり、気持ち悪いぞ」
司が言う。
「いいじゃん。楽しいんだから」
すると、瑞希もへへっと声を出した。それにつられるように、司も笑う。
家がずっと隣りどうしだった瑞希と、小学校からの友達である司。そんな二人の真ん中に僕がいると思うと、なんだか不思議な気分だった。どちらとも深い仲なのに、この三人で並んだことはない。
「真人には感謝してるんだよ」
瑞希が言った。
「俺も。真人がいなければ、俺たち付き合ってないよな」
「うん。ほんと」
思えば、僕の能力の隣には、常にこの二人がいた。瑞希の気持ちも、司の悩みも、僕に能力があったせいで、すべてを知ることになった。
もしかしたらこの二人のために、能力が芽生えたのかもしれない。そんな考え方もできるよな、と思った。でも、もう過ぎたこと。今、みんなが幸せなら、それでいい。
「そういえばさ、真人、噂になってるよ」
「噂?」
「ミスコン。謎のやり取りで会場沈黙、だって」
僕と梨々香のやり取りだ。
それは、ツイッターで少し話題になっているらしかった。梨々香が不思議ちゃんだったとか、謎の暗号だとか、いろんな憶測が飛び交っているらしい。でも、その相手である僕の知名度が壊滅的に無かったので、噂はそれ以上具体的になっていないようだ。
「さっきも、真人、梨々香ちゃんのこと見てたでしょ?」
見てないよ、と否定するが、実際は瑞希の言う通りだ。
「なんだよ、真人。ミスコンナンバーワンと秘密のやり取りってわけか。てか、お前らどういう関係なんだよ」
司が、ぐっと顔を近づけて来る。それから目をそらすと、瑞希の顔も目の前にあった。
「関係って言われても」
僕と梨々香は、どういう関係なのだろう。僕は梨々香のことが好きだ。そして、向こうも僕のことが好きと言ってくれている。ただ、それだけ。
僕は、梨々香の方をちらりと見た。
梨々香のまわりには、男子の姿もちらほらあった。みんな、でれでれだ。
「付き合ってんのかよ」
「いやあ、そういうわけじゃ」
「はっきりして」
いやあ、と曖昧な声を出して、二人から顔をそむけた。
でも、僕にもはっきり言えることはなかった。お互いに気持ちを確かめ合っただけ。僕の恋は、今どこにいるのだろうか。
「はい、ちょっと注目!」
司が立ち上がって、手をたたいた。でも、みんなはそれに気づかない。
「ちょっと、みんな。話、聞いてくれる?」
瑞希が僕ににやりとすると、立ち上がった。
瑞希が声をかけると、みんな顔を上げた。ドロシーが何か言いたいって、と声が上がる。主役をやり切った彼女は、今ではみんなのヒーローだ。
「みんなも知ってると思うけど、今、はっきりさせようと思います」
「はっきりって、何を?」
新垣くんが尋ねる。
「ミスコンでの謎のやり取りについて」
そこにいた全員の目線が、梨々香に集中した。梨々香が戸惑った表情を僕に向けると、ざっとみんなが僕に向く。クラスメート全員が、僕と梨々香のミスコンでのやり取りを知っているのだ。
「あのツイッターで話題になってたやつ」
「謎のままだもんね」
そんな声が飛び交う。
何もここでそれを話題にしなくても、と僕は思った。完全に、瑞希と司の悪ノリだ。普段こんなことをしないドロシー様も、雰囲気に任せて、気が大きくなっている。
瑞希は、隣に座る僕の肩をたたいて、立ち上がらせた。
「梨々香ちゃんも立って」
周りも歓声を上げて、僕たちを煽る。
「ちょっと、恥ずかしいな」
そう言いながら梨々香は、ゆっくりと立ち上がった。
僕は、梨々香を直視することができない。かといって、目線を下に向けると、誰かしらと目が合ってしまう。みんなが、僕のことを見ているのだ。
僕はうつむきがちに、ふらふらと視線をさまよわせていた。
「はい、二人とも見つめ合って」
瑞希が言う。
僕は、ちらりと梨々香に目をやった。同じタイミングで梨々香もそうしたので、僕たちの目が合った。
梨々香は、恥ずかしそうにもじもじしている。初めて見るそんな梨々香の様子に、僕も恥ずかしくなって目を逸らした。耳がかあっと熱くなるのがわかる。もしかしたら、顔が赤くなっているかもしれない。
「二人は、立派な背景を作ってくれました。ずっと、二人で作業して、仲を深めました。そして、文化祭当日。大胆にも、大勢の人が集まるミスコンテストの会場で、二人だけにしかわからないやり取りをしました。みんなは、それが何を意味すると思いますか?」
梨々香は、ドロシーの語り部分を真似して、まるで舞台にいるかのような口調でそう言った。
まわりのテンションは、どんどん高まっていく。
「まさか、福本が!」
「梨々香ちゃん、福本くんは選ばないよね?」
「どうなんだ!?」
そんな声が、ぽんぽん飛んでくる。
僕も梨々香も口を開かないで、視線をあちこちにさまよわせている。
この流れはどこに向かうのだろうか、と心配し始めたときだった。誰かが発した言葉が場を静めた。
「でも、梨々香ちゃん。学校辞めて、しばらくニューヨークに留学に行くんでしょ?」
その言葉を聞いたとき、梨々香の表情がこわばったのを僕は見逃さなかった。明らかに戸惑いの色を浮かべている。
梨々香が留学する噂は、瑞希も知っていた。だから、梨々香は何人かの友達にそれを打ち明けていたのだろう。
僕は、ミスコンの会場でふとよぎった不安を思い出した。
梨々香がいなくなってしまう。そんな不安が、確かに僕の中にあった。
梨々香が留学のことを僕に言ってくれなかったのは、どういうわけなのだろうかと思った。僕には言えない事情があるのだろうか。
でも、いずれにせよ、梨々香がふっといなくなってしまうのは確実である気がした。まだまだ、彼女と話したいことはたくさんある。一緒に行きたい場所や、食べたいものも例を挙げたらきりがない。それでも、梨々香はいなくなる。
僕の身体が自然に動いた。
視界に映るまわりの景色が真っ白になった。僕の目には、梨々香しか見えない。
僕は、まっすぐ梨々香のところへ向かう。
呆然と立ちすくむ梨々香の前に立つ。そして、僕は彼女の左手を握った。
「行こう」
梨々香は、いつになく真剣な眼差しでうんと頷いた。
僕は梨々香の手をぎゅっと握ると、走り出した。梨々香も、僕の手を強く握り返してくれた。僕たちは、離ればなれになんかならない。
まわりの景色が戻ってきた。
背中からは、きゃー、とか、ひゅーひゅー、とかそういう声が、まるで追い風のように聞こえてくる。そのおかげで、僕の身体は軽い。僕たちの道をふさぐものは、何もない。
僕は梨々香の手を取って、クラスメートみんなのいる場所を後にした。
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