再起動

 体調不良から無事復帰した石牟礼、この度カフェ専属の従業員となった佐孝、信谷を合わせて九人体制となった『オクトゴーヌ』は、リニューアルオープン二周年に備えて新体制にも徐々に慣れていった。メンバーと面識のある佐孝は即戦力としていち早く場の雰囲気に溶け込んでおり、進級試験を無事突破した信谷もゆっくり着実にメモを取りながら業務を覚えていく。

 三月に調理班としてコンビを組んだばかりのカケハシと国忠は、積極的にノートを活用して予想以上の連携振りを見せていた。間もなく始まるカフェ営業の増加に伴い、宿泊で出している料理も含めメニューの見直しに取り組んでいる。

 古参メンバーとなった根田、小野坂はタイプは違えど現場を執り仕切るようになって堀江はかなり楽になった。義藤はこれから二年間学業と併走運転になるが、本人は仕事優先にしたいと見えて夜勤もやりたがっている。新人育成は石牟礼が一手に引き受け、これまであまり気にしてこなかった女性ならではの悩みなど調整しなければならないことへのカスタマイズもこなしていた。

「私はそこまで気にしませんが、若い彼女たちはそうもいかないでしょう」

 その提案を受けて事務所を『離れ』二階の空室に移転させ、そこを女性社員専用のロッカーに作り替えた。同時に掃除道具用のロッカーも裏口に移し、男性陣は『離れ』の、女性陣は事務所でタイムカードを押す形が整いつつあった。

 そんな仲間たちの背中を見ていた堀江は、信谷が大学を卒業するまではこの体制で乗り切れるという確信を持つ。根拠など全く無いが、川瀬が抜けたアクシデントも『オクトゴーヌ』を今後長く続けるために必要なプロセスだったのではないかと思える余裕も出てきていた。

「一区切り付いたら一旦外出よか、写真撮ってもらうから」

 彼は仲間たちに声を掛けると、真っ先に佐孝が反応する。

「えっ! メイクヤバイヤビャーかもです」

「いや全然大丈夫やで」

 そう言っても佐孝は納得した態度を見せず、持ち歩いている手鏡で顔をチェックしていた。

「小鼻ヨレてる〜」

「ほな直してき」

「これ済ませてからにします〜」

 彼女は小さな体をめいっぱい使い、ベテラン顔負けの迅速振りで業務をこなすと事務所に駆け込んだ。

「ああいうとこ女の子やな」

 堀江はメイクを気にする若い女性社員の姿に表情を緩める。こんな何気ない光景でも、高校時代からメイクに勤しんでいた恋人ミサの姿を思い出す。彼女が通っていた学校は芸術活動が盛んだったため校則が緩く、学校を苦手にしていたのもあって武装の意味も込めていたのかもしれない。

「女性にとってメイクは正装と思っておいてください」

「はい」

「それと女性と男性は全く別の生き物だと認識しておいてください。男性の尺度で女性を理解しようなんてまず無理ですから」

「はい、気を付けます」

 石牟礼はこれまで通り敬語を崩していないが、新人育成でかつての経験を活かす機会が増えて積極的に意見交換を図るようになっていた。

「これじゃどっちがオーナーか分かんないじゃん」

「せやな、この人の方が逞しい」

 デコボココンビのカケハシと義藤は叔母と甥のやり取りを面白がり始めた。もう隠しておく必要も無くなったので、ここにいるメンバーと村木、鵜飼には二人の血縁関係は既に話してある。

「そんなところだけ同調なさるんですか? ここのオーナーは仁さんですよ」

 石牟礼は涼しい表情でそう言ってからすっと業務に戻るが、デコボココンビの私語はなかなか終わらない。

「お前らおかしなこと言ってねぇで仕事しろよ」

 小野坂がそれにいち早く反応するのが常となってきたため、表立った堀江の出番は少なくなっていた。 

「やってるよ智っち〜、仁っちより怖くね?」

「それを言うな荘、仁の影がますます薄うなる」

『吾〜! 口より手ぇいごかしてけれ〜!』

 厨房内の人手が減って一気に忙しくなった国忠からSOSが飛び、カケハシは慌てて厨房に入る。

「ベッドメイク終わりました」

 この日は根田と信谷が担当し、鵜飼の手を借りずに作業を終えた。当初の予定ではカフェ班の二人には宿泊業務をさせない方向で考えていたが、もしもの時に対応できるよう教えておいた方が良いのではという方向の意見が出た。最終的には佐孝と信谷の気持ちを尊重することにして打診してみると、二人とも前向きな態度を見せたので夜勤以外の業務指導を始めている。

「こんにちはー、鵜飼でーす!」

 忙しなくも和やかな雰囲気の中、集合写真撮影のカメラマンとして呼び立てた泰介が『オクトゴーヌ』にやって来た。

「ご足労頂きありがとうございます、もうじき終わりますので」

 堀江の言葉でメンバーの動きのギアを更に上げ、急ピッチで仕事を片付けた。


 軽く身だしなみを整えた一同が外へ出ると、泰介を始め鵜飼と村木の姿もあった。嶺山を始めとした『アウローラ』メンバーの姿はまだ無く、先に『オクトゴーヌ』メンバーのみでの撮影をすることになった。

「したら先に従業員さんだけで撮らさんべー」

 泰介のかけ声でまずは九人のみでの撮影が始まる。その間に『アウローラ』のメンバー、旦子、大儀も姿を見せた。

「したら皆さんも入らさってけれー」

「少しだけお待ちください」

 彼らがメンバーたちを囲うように並び始めたところで根田が声を上げる。

「ん? なした?」

「里見さん呼んできます」

 根田は一旦その場から離れて三階客室にいる里見を誘った。最初は遠慮していたものの、彼と一緒にいるのは嬉しい様子で隣同士寄り添うように立つ。堀江は塚原と角松もこの場に誘っていたが、二人とも都合が付かず参加は見送られた。

『来年は参加させてもらいたいね』

 二人とも名残惜しげにそう言っていたので、仮に大所帯になっても関わっている人たちとはこの空気を共感したい気持ちがあった。

「来年もこのメンバーで撮りたいな」

 堀江は隣にいる小野坂に向けて呟いた。

「そうだな、できるだけ長く続けたいよ」

 二人はアイコンタクトでも同じ思いを共有する。

「こうなったら百周年目指そか?」

「俺生きてられっかな?」

「そこはじいさま軍団見習おうな」

 じいさま軍団は極寒の環境も何のそので、カフェ営業がある日はほとんど顔を見せていた。新人の佐孝と信谷のことも孫のように可愛がり、『おなごがおらさった方がええ』と居座る時間も若干長めになっている。

「はーい、皆さん宜しいかーい? 必要したら百枚でも二百枚でも焼き増しすっぺよー!」

「そったら量要らんべ父ちゃん」

 いつもの調子で大張り切りの泰介に息子鵜飼のツッコミが入った。

「したら撮らさんべやー、一足す一は?」

 の掛け声でシャッターを切ろうとした泰介をちょべっと待ちと男性の声が遮る。とはいえその場にいる全員にとって馴染みのある声なので、そこに驚く者は誰もいない。

「なしたぁ? 大悟君」

 ところが声の主大悟は後輩北見の他に三人の男性を引き連れており、うち一人はいかにも旅人という出で立ちをしていた。

「済まんけどささ、こん三人もかででけれ」

「したら全員入らされ」

 泰介は五人まとめて撮影に参加させようとしたが、『オクトゴーヌ』のメンバーたちは彼らが何者なのか分からず不安混じりの表情を浮かべている。ただ一人だけ意味合いは違っていたが。

「アンタらいつの間に……」

 旦子も泰介同様三人組が何者なのかは知っているが、この日に合わせてここに来ることは知らなかった。

「『ちょべっと智を驚かせたい』ってコイツがさ」

 大悟は母の隣に立って事情の説明を始める。旦子はそれであっさり納得し、固い表情をしている小野坂を見下ろしていた。

「そん並び久し振りに見るべや」

 村木は階段を降りて三人組に駆け寄る。

「アンタ礼かい。ちょべっとでっかくならさったかい?」

 その中で頭一つ分出るくらいに高身長な旅人男性が村木の頭に手を置いた。

「こっこ扱いすんでね!」

「わちらからしたらこっこだべ。そっちにおらさるんが泰介さんとこの子かい?」

「ん、三男坊の信だべ。コイツが店さ継いだ」

 鵜飼は当時高校生だったためほとんど面識が無かったが、全く知らない訳でもないためペコリと会釈する。

「そうかい、『長男次男がしゃんとしささらん』ってミチヨさんようボヤきよったさ」

「祖母ちゃんがかい?」

 初めて聞く話に鵜飼は驚きの表情を見せた。祖母は彼が実家を継ぐ前年に亡くなっているが、末っ子であるためか後継の話を振られたことは一度も無かったからだ。

「ん。『夢潰してまで押し付けらさる気は無い』こかさってたけどさ、『店残すには三男が一番ええ』ってさ」

「したってまぁ祖母さんの本音はそうだったってだけの話だべ」

 何故か照れ臭そうに言い訳がましく弁明する泰介を見て三人が笑う。ひとしきり村木と鵜飼に声を掛けてから小野坂の前に立った。

「智、やっぱしアンタはここん男だべ」

「“ガシ”さん……?」

 彼の態度とひと言で、隣にいる堀江は三人組が旧経営陣の東川、松前、床並であることにようやっと気付く。

「あの……」

「あぁ、アンタが堀江さんかい。衛さんからざくっとは聞かさってんべ」

「はい、ご挨拶が遅れ申し訳ございません」

「なんもなんも、急に来ささったからどってんこかさってもしゃあないべや。わちは東川ハク、そっちにおらさるんが松前勇次郎ユウジロウと床並尚樹ナオキ。取り敢えず話は後だべ」

「えぇ、まずは撮影しちゃいましょうか」

「したら邪魔すっぺよ」

 三人も撮影の輪の中に入り、泰介も臨戦態勢に入っていた。

「したら撮らさんべよー!」

 掛け声と共に総勢十八名による集合写真がデータ内に取り込まれる。画像チェックをした泰介は満足そうにはしていたが、撮影そのものを楽しんでいるのかもう一枚! と言って再度シャッターを切っていた。

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ペンション『オクトゴーヌ』再生計画 谷内 朋 @tomoyanai

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