あとがきにかえて:語り手への信頼度

我こそは猫神 前編

 ポーンは思案した。そろそろ猫神への道を終えるときが来たのではないかと――。


 もとはと言えば一人称ばかり書いてきたポーンが神視点に憧れたのがきっかけのこの猫神への道。

 はじめは三人称視点という感覚に慣れず、たった二~三行書き進めることすらままならないという途方もない低みからの旅立ちであった。


 せっかくならその紆余曲折の様子をそのまま記録として綴ってみたら後々執筆の際に参考になるかもしれない。あわよくば同じように悩む誰かがいつか偶然このページにたどり着き、何か一つでも道を進むヒントになるかもしれない。そう思いながら恥をさらして振り返りもせず、がむしゃらに進み続けた猫神への道。

 上手く書けるようになる保証もないというのに、思えばずいぶん遠くまで来たものだと、ポーンはしみじみと遥かな道のりに思いを馳せた。けれども振り返っていたなら、ここまで進んで来られたろうか?


 気を抜くとうっかりしゃしゃり出てしまうという一人称ばかり書いてきたポーンのクセは、完璧ではないものの、今ではわりかしコントロールできるようになっていた。


 自由間接話法、キャラクターの内面のどこまで踏み込むか、語り手の声、カット割りやカメラを置く場所、言葉の距離感。

 こういった三人称独特の感覚も、ベテラン作者からしたら見られたものではないかもしれないが、最初の頃よりは感覚が掴め今ではポーンも抵抗なく思い描けるようになっていた。


 ただ一つ予想外だったこともあった。


 世界の全てを見通せる神視点に憧れ手を出してみて初めて、ポーンは一人称視点ならではの魅力を実感したのである。全てを知り得ないからこそ描ける物語もあると。



⚫️一人称視点の魅力と語り手への信頼度


 元来ポーンは曖昧さを多用し、省略していくというある種和様でハイコンテクストな文化がしっくりくる猫である。

 さらにフィギュアスケートでは曲によってガラッと雰囲気が変わる選手が好きであるし、俳優でも役によってガラッと変わるカメレオン俳優または演技派俳優に惹かれることが多い。


 そんなポーンは自らもキャラクターになりきり別人になって書くというのが好きであり楽しくてしょうがないのであるが(因みに今までなりきった中で一番のお気に入りのセリフは「貴様は長屋の井戸で水でも飲んでろ!」である。現代社会で生きていればまず使う機会はないであろう)、この楽しさは登場キャラクターのセリフを書くときに限らず、一人称視点の語り手(地の文)としても存分に発揮できるのである。

 

 キャラクターの価値観という色眼鏡フィルターを効かせて世界を見て語るという楽しさは、小説の手法で言えば『信頼できない語り手』という技法と相性が良い。

 けれどもこの厳然たる事実に今の今まで気付かなかったポーンは、長編の執筆を放り出して修行していた甲斐が少なからずあったのだと改めて自分を肯定した。



『信頼できない語り手(Unreliable narrator)』については、


小説や映画などで物語を進める手法の一つ(叙述トリックの一種)で、語り手(ナレーター、語り部)の信頼性を著しく低いものにすることにより、読者や観客を惑わせたりミスリードしたりするもの(出典:Wikipedia)


 とある。名称からして不信感がすごいため、この手法に馴染みのない方が見たら一見勘違いされるかもしれないと思ったポーンは、できうる限り誤解のないように記しておくことにした。

 つまり、この手法は決して読者を惑わせたりミスリードする為に"嘘をつくの"ということである。


 むしろ語り手としては読者に対してどこまでも正直であり、一つも陥れるような嘘はついていなかったりする。ただ曖昧さを駆使して大事なとこを描かないとか黙っているという場合はあるけれども。読み手の察する能力を逆手にとった手法であるとも言える。


 ああ、だから黙っていると勘違いされるのか……。ポーンはようやく得心した。


 一時的な記憶の欠如にしろ精神的な錯乱にしろあるいは他人からみれば偏った見方であるにしろ、本人にとってはそれが当たり前であり、少なくとも自分で経験して知り得た世界が真実であり正しいと思っていることを自分なりに再構築した記憶で語っているのである。

 これは思い込みが強いキャラクターの語り手の場合に限らず、現実の自分自身にもいえることであるとポーンは身をもって痛感した。


 例えば、大体の悩み事において自己完結してしまうポーンは、そもそも聞かれもしない限り日常の中で人に悩みや自分のことを深く話すという習慣がない。

 その結果、ポーンとしては聞かれた問いに対する事実だけを誠実に述べているのであるが、相手が勝手に勘違いするということがちょくちょくある。



 後編へ続く

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