猫国
「……ポーン……ポーンてば……」
国境の長いトンネルを抜けると猫国であった。夜の底が赤くなった。ほりごたつに明りがともった。
向側の隅から子猫が寄って来て、ポーンの前のこたつ布団を押し上げた。外の冷気が流れこんだ。子猫はこたつ布団いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、
「マスターさあん、マスターさあん。」
トレイをさげてゆっくりこたつ布団をめくった男は、ネックウォーマーで鼻の上まで包み、耳までニットの帽子を被っていた。
まだそんな寒さかとポーンは外を眺めると、猫の宿らしい猫ちぐらがカフェの暖炉まえに寒々と散らばっているだけで、炎の色はそこまで火がつかぬうちに闇に呑まれていた。
「ポーンてば。もう、いつまでもホッカイロの上で丸くなってるの。お客さん困っちゃうでしょ」
奥さんの声で目を覚ましたポーンは小さくため息をついた。なんだ夢か。
お客さんがカウンターの上にホッカイロを置いたとこまでは確かに覚えていた。何度か奥さんの声が聞こえたけれども、そのあとは記憶が飛んでいるばかりで、気づけばいつものカウンター席で目を覚ました。きっと束の間トンネルの向こうの別世界にでも行っていたのかもしれないな。
ポーンは夜の底のような気持ちで儚い夢の記憶をたどると、ガラス窓の外を眺めた。
夕暮れの赤みがかった光に子猫の面影が重なって、まるで束の間の夢のような陽が沈むと面影は消えた。黄昏が舞い降りた。
――カランコロン。
閉店の時間に入ってくるのは一体どういう客だろうとポーンはドアの方を見やると、いつかの少年が段ボールを手に立ち尽くしているだけで、ドアの外は雪がちらついていた。
「あの、今カフェの前を通ったら鳴き声が聞こえて――」
段ボールを手にゆっくり雪を払い落とした少年は、マフラーで鼻の上まで包み、頭に猫耳の帽子を被っていた。
もうそんな寒さかとポーンは少年を眺めると、いつかの面影が段ボールから顔を出した。
「みゃあー。」
夜の底が白くなった。
ペーパー・ムーン・カフェに子猫が来た。
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