猫自由間接話法を垣間見る
「ポーン、ポーンてば――」
ある晴れた日の午後。
ポーンは今日もお気に入りのカウンター席で丸くなっていた。額を両の肉球でぎゅっと押さえた変わった寝方だ。いったいどんな夢を見ているのか。なにやら口をパクパクさせている。
僕としたことが、この前はつい丸いものに釣られてしゃしゃり出てしまった。猫神たるもの、何事にも動じず、いかなるときも冷静に世界を見守らねばならない。それでこそたまに垣間見るキャラクターのリアルな心情がいきてくるというものだ。ましてや神が自分のお気に入りを語りだすなど、もってのほかだ。
ポーンは夢など見ていなかった。あれからずっと思い悩んでいたのだ。猫神として世界を見渡すには浅すぎる己の器量を。今度こそ丸いものに釣られてなるものか、そう心に固く誓うと、ポーンは両の肉球に力を込めた。
――カランコロン。
「こんにちは」
「あ、いらっしゃい――」
カフェのドアベルを鳴らしたのは、コートを折り畳んでにこやかに入ってきたお客さん。肩にはカメラをぶら下げている。美しい丸いレンズ……。
「外寒かったでしょ。いつもの、淹れますね」
マスターがカフェの奥へ引っ込むと、常連のカメラマンは迷わずカウンター席に腰掛けた。
「元気してた、ポーン? 今日はなんだか変わった寝方してるけど」
返事の代わりにポーンはしっぽをふぁさっと振った。よく来たねという意味だ。キラッと光る首元の丸い鈴はぼ……ポーンの、お気に入りだ。
ポーンは再び両の肉球に力を込めた。
フッ、そんな二度も同じ手に引っ掛かるわけないじゃないか。ようやく僕も猫神らしくなってきた。何事にも動じない心、これぞ猫神。丸いもので僕を釣ろうなんて、ちゃんちゃらおかしい。
ポーンは何やらフッと息を吐くと、ようやく両の肉球を額から外した。
小さな猫の挙動不審な行動を不思議に思いながら、カメラマンは淹れたての特製コーヒーを一口すすった。なにか不思議な夢でも見てるんだろうか。
そんな仕草も可愛いと、カメラマンはまた一口すすりながら、しみじみとこの猫をいとおしく思うのであった。
――カランコロンと、ドアベルが鳴った。
「あの……さっきあの窓から猫ちゃんが見えて――」
申し訳なさそうに扉を開けて入ってきたのは小さな男の子。手にはなにやら赤いボールを抱えている。そう、見事な丸いボール……。あれは…………
なんという丸さ!
美しい……ぜひとも僕のコレクションに――!!
はっ……!
しまった……。
僕としたことが、ついつい丸いものに釣られて……。なんということだ。またでしゃばってしまった。このままでは終わらせることが出来ない。結局僕はまだまだ未熟者なのだ。猫神を名乗るなど、お恥ずかしい限りだ。見習いもいいとこである。僕は……僕は……。
絶望感に打ちひしがれていると、突然優しい感触が僕を撫でた。温かい手の平。あぁ、これはもしかして……。
僕はおそるおそる瞼を開けた。あの少年が僕を覗き込んでいる。
「また会いにくるね」
少年はそう言って僕をふたたび撫でた。少し撫で方が荒いなとも思ったが、僕は感謝を込めてにゃあと鳴いた。
僕はポーン。まだ駆け出しの、猫神見習いだ。
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