猫神への道
スーパーちょぼ:インフィニタス♾
秘すれば猫神
猫神視点を垣間見る
ポーンは考えた。このまま一人称ばかり書いていていいのかと。一人称で長編ファンタジーを書くという無謀な挑戦を果たしたあかつきには、そろそろ三人称にも目を向けていい頃ではないのかと。
「ポーン、ポーンてば。もう、いつまで寝てるのかしら――」
街のはずれにある古い喫茶店。
年季の入った窓枠には色とりどりの五彩の色硝子がはめ込まれ、窓はいつもピカピカに磨かれている。
近所でも居心地がいいと評判のこの店は、ペーパー・ムーン・カフェ。店主のお気に入りの映画からとった名前である。
そのカフェのカウンター席で、猫のポーンは今日も朝方からずっとゴロゴロと眠っているのだった。
「もう夕方よ。一度も目を覚まさないなんてどれだけ眠いのかしら。猫って気楽ね」
店主の奥さんがなかば呆れて、カウンター席で眠るポーンに声を掛けた。目元はなぜか微笑んだままである。本当は、この小さなもふもふした猫が可愛くて仕方ないのだ。
「ポーン、ポーンてば」
ポーンは相変わらずカウンター席でうつらうつらしている。返事をするのも面倒と見え、しなやかなしっぽをファサッと振った。
あ~あ、毎度毎度つきあってられないよ。たまには静かに寝かせてよ。猫だって気楽じゃないんだから。
ポーンは心の内でそう呟くと、面倒そうに片耳をパタッと動かした。首元で微かに光った丸い鈴は、僕のお気に入りだ。
僕の……。
おや……?
何かがおかしい……。そもそも僕はいったい……? これはまさか…………。
『……幽体離脱……!!』
なんということだ。僕としたことが、巷で噂の幽体離脱してしまうとは。このままでは神視点はおろか一人称としても示しがつかない。一刻も早く体に戻らねば。このままではポーンが二匹いることになってしまう……。
僕は焦っていた。なぜって、元の体に戻ろうにもやり方が分からないのだから。
「今日はどんな夢見てるんだろう――」
あ、これは……マスターの声!
マスター僕に気づいて! 僕、いま幽体離脱しちゃってるんだ、どうか気づいて!
「ねぇ、なんか寝ながら口パクパクさせてるよ、見て見て。かわいいねぇ」
いつも聞こえる優しいマスターの声が、今はただ焦る僕の心に拍車をかける。
「でもまぁ、たまにはそっと寝かしといてあげようか。ポーン、ゆっくりおやすみ」
あぁ、それだけは! 目が覚めればなんとかなると思ったのに。それだけが、頼みの綱だったのに。
マスターはコーヒーを淹れにカウンターの奥へ引っ込んでしまった。奥さんは備品を揃えにキッチンの奥へ――。
どうしよう……。
僕は絶望した。いったい僕一人でどうやって起きればいいというのか。
すると突然、どこからか懐かしい声が聞こえた。
「ポーンはまだ寝ておるのかの?」
この声は……白いひげの愛弟子! お願いだから僕を起こして! お願いだから……。
ふと、優しい感触が僕を撫でた。懐かしい、手の平の感触。あぁ、温かい……。あれ……? これはひょっとして……。
目を開けると、明るい瞳の愛弟子が僕を優しく見つめていた。
「おはよう、ポーン」
僕は一瞬ぼうっとした。けれどすぐに気を取り直し、慌てて肉球をグーパーしてみる。うん、確かにこれは紛れもなく僕の肉球。戻れた。戻れたんだ。
僕は白いひげの愛弟子にありったけの感謝を込めて一言返事をした。
ありがとう、愛弟子。僕の幽体離脱を解いてくれて。今度僕のお気に入りの丸い石をしょうがないけど一個あげるよ。
「ニャッ」
猫らしく鳴いた僕の首元で、お気に入りの丸い鈴が微かに震えた。
凛とした鈴の音が、暖かいカフェの店内に響きわたった――。
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