綽名のない、背中

馬場卓也

第1話

「あれ、トッシンやん? 帰ってきてたん?」

 駅前にある、大型レンタルビデオ店で突然後ろから声を掛けられ、日野トシオは驚いて振り返った。

 そこには、額に玉の汗を浮かばせた、自分と同年代ぐらいの、丸顔でセミロングの女が立っていた。

 トシオはいきなり女に声を掛けられたことよりも、『トッシン』と呼ばれたことに驚き、しばらく女の顔を見つめてしまった。自分が『トッシン』と呼ばれていたのは確か、高校生時代。すると、この女は……。トシオの中で、記憶の蓋が勢い良く外れた。高校時代の思い出、担任の先生……。

「え……モサド?」

「ピンポーーーン!」

 モサド、と呼ばれた女はニコッと笑い、正解の合図のであるように、人差し指を立てた。


 モサドこと佐渡ヨウコは、トシオの高校時代の同級生だ。名字からオサドと呼ばれていたのが、いつしかモサドになっていった。モサドとは、イスラエルの諜報局の名前でもあるが、本物同様、彼女も噂好きで、どこからか仕入れてきた情報をよくクラスメイトに流していた。

「なつかしー! 成人式以来ちがうの?」

 空調の利いた店内だったが、モサドは嬉しさからなのか、顔が紅潮している。

「あー、やっぱり、モサド、モサドか……」

 その名を繰り返し、トシオはモサドの顔を見た。言われてみれば、髪型は変わったものの、その丸っこい顔には高校時代の面影が残っている。それに体型も若干丸みを増しているようだ。

「あんまり見んといてや、おばちゃんになったやろ?」

 モサドは麻製のトートバックからハンカチを取り出し、額の汗をぬぐう。

「そやけど懐かしいな、なに、ここでなんか借りるの、ヤらしいやつ?」

 冗談めかしたモサドに、トシオは首を振った。

「これでも出張やねん」

「出張? ここで? ここが?」

 驚いたモサドが丸い目をさらに丸くする。

「ここの大阪の本社に務めとってな。それで、支店の視察と交流や」


 大学を出たトシオは、本来の映画好きもあって、大阪にある巨大レンタルビデオチェーン店の本社に何とか就職することができた。出張は年に一回程度だったが、それが今回は偶然にも自分の出身地だった、ということだった。

「そやったんや……帰ってきたんかと思ったわ」

「まだしばらくおるよ。またみんなで集まろや」

「そやね、みんな喜ぶよ、ボブもチャーリーも、メットもみんな元気してるよ」

 もちろん、ボブやチャーリーというのも綽名だ。トシオのクラスメイトはなぜかみんな仲が良く、それぞれ綽名で呼び合っていたのだ。久しぶりに聞くその名前に、トシオも思わず顔が緩んでしまった。

「そうか、みんなこっちにおるんやな」

「そうやね、半分ぐらい地元よ。ここ出ていったんはトッシンとノブさん、それに……あ!」

 突然、思い出したようにモサドが声を上げた。

「どうしたんや?」

「あの子、あれ、ええっと……三田村、違う、ミソノ……でもない」

 トシオも、記憶の中で必死にクラスメイトの名前を思い出そうとしていたが、卒業して10年以上にもなるので、瞬時に出てこないし、ほとんど綽名で呼び合っていたので、本名がおぼろげになっていた。

「み、み……御子柴か?」

「そうそう、御子柴くん! あの子も帰ってきたみたいよ、昨日ポン橋の上におった!」

 御子柴……クラスでも目立たず、クラスの輪にも入ることなく、じっと一人でいることが多かった男だ。仲の良いクラスだったから逆に目立ち、それでトシオも何となくではあるが覚えていた。

「ポン橋の上、なんでや?」

「さあ……。それとな、ジンボーが大怪我したって」

 御子柴のことはどうでもいいように、モサドが話題を変える。

「ジンボーが? あんな男が?」

「そうやろ、あんな喧嘩強かった人間がやで」

 ジンボーはいわゆる不良で、角刈りにでクラス一の巨躯の持ち主だった。不良とはいっても群れることを良しとせず、授業にはよく出たし、トシオたちとも話が合い、他人の困りごとを見捨てておけないタイプの、義侠心の強い男だった。本名の神保と、クラスを守る用心棒という意味と、映画の『ランボー』を掛けてジンボーと呼ばれており、本人もまんざらではなさそうだった。

「ジンボーがな、なんでやろ」

「それがな……」

 と、モサドが言いかけたところに、「ママー」と、小さな女の子の声がした。

 棚と棚の間から、4歳ぐらいの女の子が、ひょっこりと顔をのぞかせる。

「ごめんキーちゃん、待った? あれ、私の子。やっちゃった婚やねん」

「できちゃった婚、やろ」

「借りるん決まった、キーちゃん?」

 トシオの突っ込みを待たぬように、モサドは、キーちゃんの元にそそくさと駆けていく。

「ジンボーがな……」

 理由は何であれ、殺しても死なないような男だったのに。時間があれば見舞いにでも行こうかな、とトシオは思ったが、それよりも御子柴のことが少し気になった。休憩時間でも窓際の席でじっと本を読んでいる、無表情で青白くほっそりした姿。とはいっても、不愛想という事でもなく、誘われれば一緒に昼食をとったこともあったし、今読んでる本や、昨日見た映画の話もしたような。休みの日は一日中本屋で横溝正史を立ち読みしていた、4冊目で店員に止められたとか言ってなかったかな……。とにかく目立たない男だったな、とトシオは思い返していた。


 その日、トシオは出張初日という事もあり、ビデオ店の従業員数人と、繁華街の小さなスナックで軽く一杯ひっかけた。それほど飲める口ではないので、ビール二杯で、すっかり心地よくなっていた。

「そやけど……変わりましたね、ここ」

 カウンターにコン、と空のコップを置いて、トシオが隣にいたビデオ店の店長に声を掛けた。

「そうですねー、僕が子供の頃は、ここら辺、『橋向こう』は怖い場所やから来るな言われましたけどね、今は違う意味で怖い感じですね。……あきませんわ、ここも」

 トシオより3歳若い店長が、ため息まじりに答える。


 確かにトシオが10代の頃、街の中心部にある繁華街や、通称『橋向こう』と呼ばれた、堀川を挟んだ飲み屋や風俗店が軒を連ねるこの辺りには、暴力団事務所や商売女がうろつく物騒な場所だから近付かないように、と親や教師から教えられていた。 

 映画好きのトシオはよく繁華街の映画館に自転車で通っていたのだが、大学進学でこの土地を出てしばらくしてから、郊外にシネコンを抱えた巨大ショッピングモールができ、客を全部そっちにもっていかれたという事だった。その頃から繁華街も『川向う』も勢いをなくし、数館あった映画館も全て閉館してしまった。


 店を出ると、すっかり陽が落ちており、むっとした熱気が体を包み込む。辺りを見まわし、トシオはさっきの店長の言葉に、なるほどとうなずいた。大都市のそれに比べるとかわいいものだったが、かつてはネオンがきらめく歓楽街だった『川向う』も今やすっかり寂れ、空き店舗がその姿を連ね、残った数軒の照明看板や赤ちょうちんが、ぽつぽつと闇に灯っている程度だった。

「お化けでも出そうな暗さですね」

 トシオは後ろの店長に声を掛けた。

「でしょ? やっぱり駅前の居酒屋の方がよかったかな……風俗の店もネーちゃんも、ヤクザもおりませんわ、みんな逃げてしまったんですよ」

「はあ……そりゃまた何で?」

「さあ、儲からんからとちゃいますか?」

 逃げた、とは妙な言い方だなと思いつつもトシオは従業員たちと別れ、『ポン橋』を渡り繁華街のある方へ向かった。そこからバスに乗れば実家が近い。  

 と、橋のたもとでトシオは足をふと止めた。


 誰かいる。


 幅員10メートル程度の鉄筋コンクリート製、まるで似てないけどフランスのポンヌフ橋を模したからとか、昔はヒロポンの取引が頻繁に行われていたとか、その名の由来に諸説ある『ポン橋』と呼ばれる橋の欄干にもたれるように、一人の男が立っていた。街灯でうっすらと見える姿は、ほっそりとしており、うつむいた視線は、堀川に向けられているようであった。

「あ……」

 トシオは、昼間のモサドの言葉を思い出していた。

「ひょっとしてみ、みこしば?」

 自信なさげにトシオは声を出した。すると、男がトシオを見た。

「ン……誰?」

「み、みこしば?」

 トシオは近付きながら、もう一度その名を呼んだ。

「ですけど……どちらさま?」

 怪訝そうに、男が返す。

「S高校の……日野」

 もう少し説明すればよかったかな、これじゃこっちが怪しい奴だと思われる、とトシオはまだ酔いの残る頭で後悔した。

「3年D組の?」

 男の声が少し大きくなった。

「そう……」

「日野君、日野君か!」

 男は笑顔で駆け寄ってくる。どうやら御子柴で間違いなさそうだった。

「やっぱり、御子柴か」

「懐かしいね、卒業以来かな」

 御子柴は嬉しそうに声を弾ませた。細い体に青白い顔、それにきちんと眉毛の上で前髪を切りそろえた髪型も昔のままだった。違うのは、その喋り方だった。

「御子柴、東京いったんやったっけ?」

「そう、大学がね。仕事もあっちで」

「何でまたこんなところで? モサドが見かけた言うとったで」

「モサ……ああ、佐渡さんか。いや、ちょっと、久々に来たくなって」

「そうか、すっかり変わったもんな、この辺」

「うん、そうだね。本屋さんも潰れたみたい」

「俺も映画館が……」

 ふと、トシオは何かの違和感を覚えた。長袖だ。陽が落ちてもむしむしと暑く、日中でも30℃越えが当たり前になってきたというのに、御子柴はフード付きの紺のパーカーを着て、肩には釣竿を入れるケースを掛けている。

「それ、釣り道具か? こんなところに魚おるんか?」

 堀川は生活排水で生き物がとてもじゃないけど住めないし、そこで釣りをする人間なんかいない、なんとなく発したトシオの言葉に、御子柴は表情を強張らせた。

「……いいじゃないか、別に。何だって」

「そ、そやな、すまん」

 御子柴の豹変ぶりに少し驚いたトシオは、少し後ずさった。

「……ごめん」

 それから、他愛のない会話をして二人は別れた。


 普通出張といえば、近隣のビジネスホテルに宿泊するのだが、今回はトシオの地元という事で、実家で寝泊まりすることになった。『ホテル代浮いたわー、まあ、ゆっくりしておいで』という上司の顔を思い出し、トシオは自室のベットの上に仰向けに寝転んだ。それから、御子柴のことを少し考えていた。この暑い日になぜパーカー? あのケースには何が? それと同時に高校時代の記憶が徐々に蘇ってきた。文化祭でホットドッグ屋、体育祭のクラス対抗リレー、クラスのほとんどが泣きじゃくっていた卒業式、そこに御子柴はいたはずだ。淡々と自分の要件をこなし、表情をあまり変えない御子柴。なんだかんだいっても、うちのクラスは結束力が固く、欠席者もあまりいなかった。あの御子柴だって毎日学校に通っていた。でも、そうだ、スミさんは? ふいに出たその名前に、トシオの眠気は飛んだ。ある日、机の上に置かれた一輪の花……。


 スミさんこと鴫野すみれは、夏休みが明けたときには、もういなかった。


「え、会ったの御子柴君に?」

 二日後、DVDを返しに来たモサドに、トシオは、先日の話をした。

「そうか、やっぱり御子柴君やったか、そうか……」

 モサドの反応は薄い。それほど興味が内容だった。

「それでな、あの……」

「どうしたん?」

 モサドは先日と同じように額に玉の汗を浮かべている。そりゃそうだ、このセミも鳴かないような猛暑の中、わざわざDVDを借りに来てくれるだけでもありがたいことだ。

「スミさん、覚えてる?」

「え」

 モサドはぽかん、と口を開けた。スミさんの名前は、クラスでもしばらくの間タブーだった。

「そりゃ……覚えてるよ。忘れへんよ」

 モサドの目が赤く充血し、涙が溢れだした。

「あんなこと……忘れへんよ」

「ごめん、変なこと聞いて」

「ええんよ、そうやわ、もうすぐ……」

 モサドはハンカチを取り出し、こぼれそうになる涙を拭き、ついでに軽く鼻をかんだ。

 スミさんの死は、二学期の始業式に知らされた。みんな、突然のことに声も出ず、一週間近く教室に重い空気が漂っていたのを、トシオは思い出した。ことあるごとに、泣き出す女子も少なからずいた。


 肩まで伸びた髪に、くりくりとした目、成績優秀スポーツ万能、それでいて誰とでも気さく声を掛ける、話し上手で聞き上手、まるで絵に描いたような美少女でクラスの人気者だった。誰も彼女彼女見たさにバスを乗り継いで見学に来る他校の生徒もいたし、私設ファンクラブまであるという噂だった。彼女がいたから、トシオのクラスは異常なくらいに仲が良かった、と言っても過言ではない。そんなスミさんが突然いなくなった。担任のくーみんが言うには、事故とのことだったが、しばらくして『ヤンキーと無理心中した』『実はヤリマンで、複数の男とやりすぎて死んだ』等々、よろしくない噂が流れた。そのたびにジンボーが怒り狂い、噂の出所を探し出してブチ殺す! と憤慨していた。


 しかし、いつまでもくよくよしていても始まらない、この悲しみを乗り越えて頑張ろうという気持ちが、クラスのみんなにぽつぽつと湧き出したのか、次第にスミさんの話を誰もしなくなった。口には出さないまでも『スミさんの分も頑張ろう』『スミさんだったら、どう言うか?』という気持ちがみんなの中にあったから学園祭も体育祭も一致団結して、楽しくやれたのでは? クラスの結束力をさらに強固にしたのはやはりスミさんだったのでは? トシオは、業務中そんなことをぼんやりと考えていた。

 

 トシオが、モサドから聞いたジンボーの病室を訪ねたのはその日の仕事終わりだった。ベッドに半身を起こし、雑誌を読んでいたジンボーは、入院しているせいもあってか、幾分か痩せたように見えた。頭部と左腕に包帯が巻かれており、右足はギプスで固定されて吊られていた。

「痩せたなー」

「そっちは太ったんとちゃうか? おお、久しぶり! 暇やったんやー」

 トシオの顔を見るや、ジンボーはくしゃっと顔を崩し、嬉しそうに目を細めた。

「そやけど、またなんで?」

「なんでて?」

「不死身のジンボーがこんなケガするって、戦車にでもはねられたか?」

「ああ、これな……」

 ジンボーの顔が少し曇った。

「いやいや、別にええねん、ゴメン、変なこと聞いて。モサドからここ、聞いたから。どうしてるのかな、思って」

 冗談でも言って気を紛らわせようと思ったけど、裏目に出てしまったようだ。とトシオは、ベット横のパイプ椅子に腰掛けた。

「これな……事故でも喧嘩でもないんや、クマや」

「はあ? クマ? あの、動物の?」

 意外な答えに、トシオは立ち上がった。

「『川向う』でツレと飲んどって、外出たら、川からクマが……」

「いや、おかしいで。あの川にクマはおらへんよ」

 ペットが逃げて野生化したアライグマの話は聞いた事はあるが、熊はさすがにない。

「そやけどクマやで、あんな大きいもじゃもじゃの生き物。なんぼドついても食いついてきよる、ほんでここ」

 ジンボーがゆっくり、左腕を上げた。

「ここ噛みついたら、どっか行きよった。二の腕、ぐちゃぐちゃや」

「やっぱり、ジンボーの力に敵わんと思ったん違うか」

「いや、あいつここが目当てやったんや。あのクマ、やろう思ったらなんぼでも俺を殺せたはずや」

 ジンボーは再び左腕を上げるが、痛そうにすぐに引っ込める。

「左腕? クマは右腕が美味しいとかって聞いたことあるけど。腕の好きなクマって……」

「ホリモンや」

「?」 

「俺、高校卒業してからちょっとイキってここにホリモンしてたんや。卒業記念で『3D』って」

「それだけやったら何の意味か分からへんぞ」

「そやろ? 立体映画みたいやろ。それで今度俺、会社興すし、もうこんなアホなもん取らなあかんな、とか思ってたところに、クマが来たんや。あれは神様のお使いやったんかな」

「いや、それはないと思うで。神様やったらもっとキレイにホリモン取ってくれるわ」

「そうやな」

 ふう、とジンボーがベッドにもたれる。

「ま、結果オーライや。トッシンも、ホリモンしとったらポン橋に近付くなよ、クマに食われるぞ」

「ホリモンはないけど、しかしクマってのが気になるな」

「耳も眼もデカい、頭にアンテナみたいなもんつけとったわ」

「いやそれクマと違うって!」

「そうか?」

 ジンボーが、キョトンとした顔をする。トシオの知る限り、頭にアンテナをつけたクマなどいない。では、なんだ? と言われてもそれに該当する動物が思いつかない。

「あ、そうや。俺がホリモンした時な、彫り師のおっさんとちょっと話したんや。学校バレてしもたんやけどな、うちの学校でもう一人、ホリモン入れたやつがおるって」

「へ? 誰や?」

「わからん。その先は守秘義務やなんや言うて、教えてくれへんかった。トッシンと違ったか」

「アホな……そやけど、誰やろ」

「さあな……で、お見舞いは?」

 ジンボーがにっと微笑む。

「あ……忘れた。今度、今度な」

「ホンマやろな……今度言うても、俺すぐ退院するぞ」

「ほんなら、みんなで集まった時にでも」

「それやったらお見舞いにならへんやんけ、まあええわ。同窓会か……そういうたら、あいつが見舞いに来たわ」

「あいつって?」

「御子柴や。どこで仕入れたんか、俺のホリモンのこと知ってたで。相変わらず、変な奴やったわ」

「御子柴が……」


 高校時代、ジンボーと御子柴は挨拶を交わすぐらいしか見かけたことがなかった。それがわざわざ見舞いに来るのか? ジンボーの入院にタトゥーの話はどこから聞いたのだろう? 病院を出ると、トシオは再びポン橋へと向かった。


 橋の上には、先日と同じく、釣り具ケースを肩にかけた御子柴が立っていた。

「よお」

「日野君か、よく会うね」

「ジンボーの見舞いに行った帰りや」

「神保君か、彼も大変だったね」

「あんな喧嘩強い男がな、まさかクマに……」

 御子柴の体が、びく、と震えた。

「く、クマね……」

「なあ、なんでジンボーの見舞いに行ったんや?」

「そりゃ、元クラスメートだから」

「あいつのホリモン……タトゥーのことはどこで聞いたん?」

「え……」

 御子柴が真剣な表情でトシオを見た。

「それは……何と言うか、勘というか……僕、東京で雑誌、それもゴシップ雑誌の記者やってて、裏社会とかアンダーグラウンドな職業の取材多かったから」

「それでか……」

 ジンボーの左の包帯を見て、察したという事なのか、とトシオは一人納得した。

「それじゃ、僕はこれで」

「あ、モサドが同窓会したいって。来てくれよ。連絡先は……」

 去ろうとする御子柴の背中に、トシオは声を掛けた。

「日が合えばね。それとさ……、明日……鴫野さんの命日なんだよね」

 一度振り返り、御子柴が答えた。


「いやいやいや!」 

 その翌日。仕事中、トシオは思わず声を上げてしまった。

 なぜスミさんの命日を御子柴が知ってる? 確か夏休み中に事故に遭ったとしか聞かされてなかったはずだ。昼休憩になるのを待って、トシオはモサドに電話を入れた。

『うーん、聞いた事ないね。御子柴君、あとで調べたんと違うの? そやけど、どこで調べたんかな? 確かスミさんの家族、すぐに引っ越したって………それとね、そっちで借りたビデオやけど……』

 

『聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥』

 現国の教師だった担任のくーみんの口癖が蘇った。聞けばいい、多分御子柴は今日もあの橋にいるだろう。なぜ命日を知っているのか? 真相を聞いたところでどうにもならないのは分かっているが、分からないままもやもやするのも嫌だったのだ。


 仕事終わりに、トシオはポン橋に立ち寄ってみたが、御子柴の姿はない。仕方ないので、『川向う』の居酒屋で軽く夕飯を取り、待った。御子柴は必ず来る。彼は今日まで毎日橋の上にいた。なぜ? それとスミさんの命日と何の関係があるのか? トシオはビールを飲みながら、そんなことを考えていたが、次第に酔いが回ってきた。


「お客さん、看板ですよ」

 店員に声を掛けられ、トシオは慌てて跳ね起き、会計を済ませると、外に出た。携帯の時計を見ると、23時を回っていた。自分がうとうととしている間に御子柴はすでに来たのかもしれない。


 橋に戻ると、誰もいなかった。

「もう、帰ったんかな……」

 落胆するトシオの背後でシャッターが閉まる音がする。さっきの居酒屋だろう。

「ここはだいたいこの時間でおしまいだからね。0時を待たずに閉まっちゃうんだよ」

 振り返ると、御子柴が微笑みながら立っていた。相変わらず暑苦しそうなパーカーに、釣り具ケースを肩に掛けている。

「なあ……な」

「日野君が知りたいのは僕の事だろ? なぜ毎日橋の上に立っていたのか?」

 言葉を遮り、御子柴がずばり答えたので、トシオは黙ってうなずいた。

「君と会うのはイレギュラーだったんだよ。でもまあいいか」

 御子柴は、静かに欄干に手を置き、暗い堀川に視線を落とした。

「これからぼくの話すことは、ものすごく非現実的なことだ。毎日働いて日々の糧を得ている君らからすれば、とんでもない絵空事、いい年して何を言ってるんだ、僕の頭がどうかしたんじゃないか? と思われても仕方のない話だ。でも、話が終わったら、すぐに帰ってくれ。君の疑問にはできるだけ答えるつもりだけど」

 そう言って、御子柴はパーカーを抜いた。黒い長袖シャツで、それでも暑そうに見える。

「まず、どこから話そうか? 僕の事からかな? 僕は高校を出てから東京の大学に行き、そしてとある小さな出版社に入った。昨日言ったろ、担当は三流のゴシップ雑誌だ。コンビニに置くとビニールで封をされるような、そんなゲスい雑誌だ。そんなところでもまあまあ楽しかった。そこである日、とある元暴力団関係者から気になる話を聞いた。バケモノに潰された街がある。よくよく聞けば、ここの事だったよ」

 御子柴は笑って、ネオンが消えた『川向う』を指さした。

「気になった僕は、関係者に当たってみた。最初はこりゃ面白いネタだと思ったからさ。ヤクザとバケモノの対決なんて、滅多に聞かないからね」

「バケモノって……」

「今から15年程前、僕らが中学生の頃だと思う。この辺の風俗店を仕切っていた暴力団の組員が、全身をずたずたにされて見つかったんだ。それ以降それと似たようなことが、ちょくちょくあったらしい。新聞沙汰にもなったそうだけど、僕は記憶になかった。そういえばそんな記事あったかもね。最初は敵対組織の仕業だと思われていた。でも、これという決め手に欠けた」

「その事件とスミさんの……」

「まあまあ。組織同士の抗争かと思われていたけど、どうにもおかしい、となったのはここで働いていた女性、つまりソープ嬢の足が何者かに食いちぎられる事件が新しい。最初は野良犬の仕業だと思われていた。でも野良犬でもそんなことするかな? 今度はピンサロ嬢が、右腕を食いちぎられて、死んだ」

 その時、トシオの脳裏に入院中のジンボーの姿が蘇った。

「まさか……ホリモ」

「そう、タトゥー、彫り物、入れ墨……襲われた風俗嬢に共通していたのは二人とも足と腕にタトゥーを入れていたことだ。犯人は、そこだけを狙うようにして襲った、というか食べたんだろうな。すると、これまでのヤクザ殺人も合点がいく。連中は全身に彫り物してるから気付かなかっただけ、奴からすればとてつもないご馳走なんだろうな。で、そいつの被害が大きくなったので、このあたりのヤクザ者はさっさとこの町を出て『川向う』はとたんに廃れてしまった。同時に繁華街もショッピングモールにやられてしまった。これが『バケモノに潰された街』の顛末。でも記事にはならなかった。いや、バケモノのくだりはぼかして書いたっけ? よく覚えてないな。だから僕は何度かここを訪れていたんだよ。ここに残ってる関係者とか、警察の資料とか、当時の新聞記事とか。そうこうしている間に、興味深い話を聞いた。襲われたのはヤクザと風俗嬢だけじゃなかった。そりゃそうだよね、今やファッションでタトゥー入れるぐらい、なんてことないからね。今から10年程前、この辺をデートしていた十代のカップルが襲われた。二人ともへその下にお互いの名前を彫っていたらしい。バカだね、いつ別れるかもしれないのに。その辺の話は実際に彫った人から聞いたんだよ。年齢はごまかしていたけど、どう見ても十代だし、学校の名前も聞いたらしいよ、本当にバカだよ。二人は腹を食い破られた姿で発見された。へその下を狙われたんだから、そうなるよね。でも何でこのドブ臭い橋の下で深夜、下着をおろしていたのかな? まあいいや。想像したくもない。男の方は高校を中退したフリーターというか無職。たぶん男の方が誘ったんだろうな。そ、そう思いたい。写真見たけどバカっぽい顔してたし。人は見かけによらないよね。でもなんであんなおと、男に……バカに」

 立て板に水の如く、まくしたてる御子柴の声のトーンが落ち、震えだした。

「そ、その、相手の女って……」

 御子柴の様子で、トシオは察した。まさかと思ったけど、それしかない。

「死体が発見されたのが20年前の今日……それを知って僕はさらに調べたよ。もう仕事でも何でもない。あまりにも凄惨な事件だったからか、事故として処理されたらしいけどね、警察が検視したところでは『動物に襲われた』そうだよ。どんな動物だよ?」

 トシオは、ジンボーの言ってた『クマ』を思い出した。

「で、ここからは僕の仮説だ。余りにも突飛すぎるから笑ってもいいし、バカにしてもいい。ヤクザや風俗嬢、バカップルを襲ったのはこのドブ側のどこか、排水溝に潜んでる奴さ。そいつは墨の入った人間の皮膚が大好物なんだ。な、そんな生き物いるわけないだろ? 神保君が熊っていってたけど、排水溝にクマがいる? じゃあ何かな? ワニかな、ワニだったらありえそうだね。でも刺青の好きなワニってなんだよ。食べるなら、好き嫌いなく全部パクっていってもいいんじゃないの? ライオン? オオカミ? ひょっとしたら恐竜? まさか! 僕は考えに考えたよ。たぶん、犯人は『入れ墨好きの新種の生き物』だよ!」

「は?」

 トシオは、心の底から声を出した。散々話を聞かされて、つらい真相を聞いたうえで、オチはそれかよ! と思った。

「だよねえ、そう思うよね。日野君も。でも僕は排水溝でうごめくそれの影を見たし、神保君の話を聞いて確信したんだよ。奴はいる、いてもらわないと困る! 僕にも僕の準備があるからね」

 こいつ、狂ってる、とトシオは嬉しそうに話をする御子柴を見て思った。そんなトシオを前に、御子柴はシャツを脱いだ。

「あ」

 トシオが、思わず声を漏らした。街灯に照らされた御子柴の白い上半身。両手首から肩に掛けて黒く汚れている。いや汚れているのではない、入れ墨だ。それこそ、映画で見るようなヤクザ者のような入れ墨がびっしりと。

「びっくりした? 3年、いや2年前かな。真相を知って自分なりの結論を出した僕は、時間と金をかけて……」

 くるり、と御子柴が背を向けた。そこに彫られていたのは細やかな模様に包まれた一人の女性の上半身だ。髪の長い、裸の……どこかで見たことあるような。

「まさか!」

「彼女は優しかった。家族以外で声を掛けてくれたのは彼女だけだったよ、教科書忘れたとき、『自分はいいから』って貸してくれた。鉛筆が折れたら、新しいのをくれた。だから彼女がいなくなった時、僕も消えたかった。だからこの町を出た。でも、知ってしまったんだよ、彼女の真相を。だから僕は……」

 ぼちゃん、と水のはじける音がした。何かが水の中から現れたようだ。

「来たよ。あいつを呼ぶにはこれぐらい彫っとかないと。……日野君は逃げた方がいいよ、巻き添え食らうことも考えられるからね」

 御子柴は釣り具ケースのファスナーを開ける。中からは2リットルのペットボトルが二本と水中銃が現れた。

「なんとなく概要は掴んだつもりだった。でと、相手が何もかわからない。裏社会の人間にお願いしても、銃は売ってくれなかったし、口臭のきつい自衛隊の広報の女と付き合ったけど、小銃の横流しはしてくれなかった。こいつをカスタマイズするぐらいしかできなかったよ」

 しばらく会わないうちに御子柴は狂ってしまった。おそらく、事実を知ったのをきっかけに、自分の妄想に飲まれてしまったんだろう、とトシオは考えた。常識ある大人ならそう判断するだろうし、自分もそう思いたい。しかし、今、橋の上にいるのは何だ? ビタビタと濡れた足を鳴らしてこちらにやってくる生き物は何だ? あれも妄想だというのか? 街灯に照らされたその姿を見て、トシオは息をのんだ。


 全身剛毛に覆われた姿は熊のように見えるかもしれない。しかし熊よりもいくらか細身だし、前足が長く、逆三角形のシルエットは巨大な猿を思わせる。しかし異様なのはその頭部だ。肩にめり込むようにして首らしきものが見えず、大きな赤い眼に側頭部に巨大なコウモリのような耳があり、パタパタと動いている。さらには、頭頂部には昆虫のような触覚が一対生えておりそれもまたせわしなく左右に動いている。これがジンボーの言っていた『アンテナ』か、と後ずさりながらトシオは納得していた。

「あれ、なに?」

 トシオが知る限り、どの動物にも当てはまらない、まるで漫画に出てくるバケモノ、悪魔のようなものが現実に目の前にいる。

「さあ? でもあいつが鴫野さんを殺したんだよ。彼女はあんなわけのわからないやつに食われたんだよ!」

 できるなら今ここで目が覚めて『夢だったのか……』と言いたかった。しかし、全身を濡らすように流れる汗と鼻を突くような異臭は紛れもなく現実のものだ。

 バケモノの触覚がぴん、と御子柴の方に向けられた。ひょっとしたら、あれが入れ墨レーダーのようなものなのか? と、普段ならバカバカしくて口にも出さないようなことを、トシオは思った。

「ッシャアァーーーー!」

 威嚇なのか、バケモノが小さく吼えた。よく見れば、その手には獲物を引き裂くのに適しているような鋭い爪が生えており、足の間から短い尻尾のようなものが見える。

「だから、なんやねん、あれ?」

「入れ墨食い、タトゥーイーター、ポン橋の怪物だからポンギラス。なんとでも呼べばいいよ。鴫野さんの仇さ」

 御子柴が水中銃をバケモノに向けてゆっくりと構える。それを察したのか、バケモノもいつでもとびかかれるように前傾姿勢を取り、ゆっくりと近付く。

「来い。日野君も逃げて。僕も欲しかったな、みんなみたいなニ……」

 御子柴が言い終わらないうちに、タンと橋桁を蹴りバケモノが飛び掛かってきた。

 その瞬間、背をそらして御子柴は水中銃の引き金を引いた。ヒュンと空を切る銛の音がすると、命中したらしくバケモノが空中でバランスを崩し、頭から落ちた。

「グ、ググ……」

 苦しそうにもがくバケモノを見ながら、御子柴は銛の一端に結わえられていたロープを自分の体に巻き付ける。

「これで繋がった。もう逃げられないよ」

 次に御子柴はペットボトルの蓋を開け、自分の体に浴びせ始める。

「ガソリン……」

 その臭いで中身の正体がすぐに分かった。

 続いてもう一本のペットボトルを、蓋をしたままバケモノに投げつけると、細工でもしていたのかペットボトルが勢いよく破裂し、ガソリンがバケモノを濡らしていった。

「おい……」

 トシオは、御子柴が何をやるのが何となくわかった。ここまで来て彼は決して止めることはしないだろうし、止めても無駄だろう。

 ポケットからオイルライターを取り出し、御子柴がバケモノに近付く。

「鴫野さんの……」

 ブン、と空を切りライターが腕ごと飛んでいった。

「!」

 まるで御子柴が近づくのを待っていたように、バケモノが起き上がったのだ。立ち上がったバケモノは、2メートル以上はあるだろうか、ガソリンで濡れた体毛を怪しく光らせ、腹部には銛がまだ刺さっている。 

 「あ、あああ」

 がくり、と膝から崩れる御子柴の肩をつかみ、ゆっくりとうつ伏せに寝かせると、バケモノはグウ、とうめきながら器用に銛を引き抜き、投げ捨てた。くわっと開かれた口内はぬらぬらと赤く、無数の牙が生えている。バケモノはゆっくりと御子柴の背中に爪を立てた。

「あ、あぎゃああああ!」

 めりゅめりゅという嫌な音とともに、御子柴の背中の皮膚がゆっくりとはがされていく。おぞましい光景なのに、トシオは『手際がいいな』と、感心してしまった。

「イタイタイタタ……もうだめだああぁ! 終わった、僕の復讐もギャア、みんな……あぎゃあ!」

 このまま逃げてしまおうか、しかし、元級友がひどい目に遭っているのに逃げられるのか、いやこれは全部あいつが巻いた種だから……それ以前に恐怖で足がすくんで、トシオは動くことも目をそらすこともできず、立ち尽くすしかなかった。

「ごめん、ごめん、俺……俺、俺、ゴメン……」

 背中の皮をはがされ、のたうつ御子柴を見てトシオは念仏を唱えるようにつぶやくしかなかった。こいつが御子柴を食ったら自分の番だろうか? 汗とも尿ともつかないものがトシオのズボンを濡らしていく。

「ああ、もう少しだったのに……ぎゃあ、ぎゃあ!」

 バケモノは、きれいにはがした御子柴の背中の皮、スミさんの入れ墨を愛おしそうに目を細めて眺めながら、嫌がらせのように、血肉で真っ赤になったその背中に爪を立てていた。腹に銛を撃ち込まれた仕返しなのか、じっくりといたぶってるようにも見えた。

「あ、ああ……」

 ふと、トシオの視界の端に、黒い大根のようなものが見えた。御子柴の右腕だ。鋭利な刃物のようなバケモノの爪できれいに切り落とされた右腕が、親指を立て、今まさにライターに着火しそうな形で転がっている。

「あ、ああ」

 トシオの頭に何かが閃いた。やれるのか? いや今は考えている場合ではない。

「あ、ああああああああーーーーー!」

 自分を鼓舞するため、そして理性や常識を吹っ飛ばすためにトシオは腹の底から精いっぱいの声を上げ、奮える足で御子柴の腕に駆け寄った。

 その声に、バケモノがトシオを見た。

「こ、こっち見ろ、こっち!」

 硬直した右手からなんとかライターを抜き出すと、トシオは御子柴の腕を頭上高く掲げた。

「ほら、ここにも、お前の、餌あるぞ!」

 バケモノがじっとトシオを見つめてる。今だ!

 トシオは右腕をバケモノに投げつけたが、思った以上に人間の腕は重く、途中でボテン、と落ちてしまった。しかし、それで十分だった。バケモノは御子柴から離れ、ゆっくりと落ちた腕を拾おうと近付く。

「ミコッチ! 逃げろ!」

 今更だと自分でも思ったが、トシオはとっさに考えた御子柴の綽名を叫んだ。その声に御子柴がゆっくりと立ち上がる。

 バケモノが御子柴の腕を拾い上げ、口を開いた瞬間。


 ボッ!


 着火したライターを思いきりバケモノにぶつけた。ガソリンが引火し、バケモノが赤い炎に包まれた。ガソリン臭に混じり、毛の燃える嫌な臭いと黒煙があたりをを包みだした。

「逃げろー!」

 どこに今までそんな力があったのか、トシオは御子柴に駆け寄り、その体を起こした。

「……ありがと。トッシ……」

 血まみれで表情すら判別できなかったが、御子柴は笑っていた。

 そして、左腕でドン、とトシオを突き飛ばすと、ふらふらと燃えさかるバケモノに向かって歩き出した。

「ぎゃぉ、ぎゃぉ!」

 なんとか火を消そうと手足をじたばたさせ、一人暴れまわるバケモノによろけるように御子柴の体が重なる。するとさらに炎は勢いを増した。炎の塊と化したバケモノと御子柴は一つになり、ふらふらと彷徨い、そして欄干を乗り越えて川に落下した。

 しばらくして炎は消え、そして辺りには異臭だけが残った。


「なんやねん……」

 橋の真ん中に立ち、トシオは呟いた。

「なんやねん、なんやねん、なんでやねん!」

 そして、叫んだ。

 あれだけ説明を聞いてもさっぱり訳が分からなかった。何でこんな目に遭うのか、なんであんなバケモノがいるのか。

 本当にあれは御子柴だったのか? そもそんな奴3-Dにいたのか?

 様々な思いが駆け巡り、収拾がつかない。

 とにかく今は家に帰り、ゆっくり寝てから、仕事は休もう。

 モサドやジンボーになんて説明すればいいんだろう。

 

 橋の欄干に、脱ぎ捨てた服のようなものが引っ掛かっていた。トシオが手に取るお、それはあの化け物が食い損ねた御子柴、ミコッチの背中の皮だった。

  

 広げてみると、赤く血塗られた中に、スミさんが微笑んでるように見えた。


 トシオは、それを川に投げ捨てると、重い足を引きずるように家路についた。


 終

 

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綽名のない、背中 馬場卓也 @btantanjp

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