第18話 初秋の邂逅
整然と敷き詰められた石畳の上に、ため息がこぼれ落ちて染みこんだ。それが自分のものだと気づいたフェライは、小さくかぶりを振って前を向きなおす。
街の礼拝堂前で行った『施し』が終わり、その帰り道。色々と都合と理由をこじつけて一人になったフェライは、まとまりのない思考を頭の中で何べんも繰り返していた。
メルトのこと。祭司長のこと。そして自分の身の振り方のこと。考えなくてはならないことは山ほどあるが、どれひとつとして結論が出ないまま、躍るばかりで進まない。
ふと、通りの反対側に騎士たちの列を見いだして、フェライはそちらに目をやった。巡回任務の帰りだろうか。フェライと同年代の騎士たちがあくびをしたりつつきあったりしながら帰路についている。彼らのふまじめな態度を、一人の騎士が咎めたようだった。フェライは彼を見、ぎくりとする。――デナンだった。
視線をそらそうとした瞬間、彼の目が自分を見た気がして、フェライは一瞬身をすくめた。その間に、騎士たちの列は遠ざかってゆく。
「……まさか、ね」
騎士の集団だった彼らと違い、フェライは一人で雑踏の中にいる。同期に気をもんでいたデナンが気づくはずもない。そう思って、自分に言い聞かせているのが、奇妙に思えた。
気を取り直し、フェライは再び通りを行く。見慣れた道に入ると、街の音がわっと押し寄せてきた。石畳を踏む靴の音、客を呼び込む露天商の声。聖教の教えを得意気にうたう男性は教師だろうか。彼のまわりに子どもが七、八人ほど集まっている。
厳しい暑さもやわらいで過ごしやすい季節に入ろうとしているが、人の熱気に満ちた通りは、いるだけで息苦しくなることもある。フェライは自然と早足になっていた。だが、今日は天地の精霊たちも彼女をいじめたい気分であるらしく、簡単に通りを抜けさせてはくれなかった。
身ぎれいな男性とすれ違う。その拍子に軽く肩がぶつかってしまって、必然的に小さなフェライの方がよろめいた。そのことに気づいた男性が振り返るより早く、横から伸びてきた別の腕が、フェライの腕をつかんで、雑踏の中から引き出した。短い間に起きた妙な出来事に、フェライが唖然としていると、上の方から声がかかる。
「大丈夫かい、お嬢さん」
こちらを心配する声には、どこか音楽的な響きがあった。フェライが慌てて顔を上げると、驚くほど
「あ、は、はい……ありがとうございます」
「なあに、礼はいらないさ。怪我がないのならばそれでいい」
青年は歌うように言って、薄汚れた旅衣の襟元を、ちょっと正した。ひとつひとつのしぐさが
いったい何をしている人なのだろう――という彼女の疑問を見透かしたかのように、青年は「ところでお嬢さん、ひとつうかがいたいんだが」と声をかけてきた。
「はい、なんでしょう」
「
少女騎士が行こうとしていた方を青年は指さした。思いがけない質問にフェライは軽く目を見開く。
「あ……と、はい。この時期は、一般の方も夕刻の祈りの時間まで入ることができますよ。年末年始になると聖教関連の行事があるので、関係者以外立ち入り禁止になります」
年末年始と口にして、フェライはふしぎな気持ちになった。イェルセリア新王国の正月は、冬から春へ移り変わる頃だ。春分が一年の区切りだった古王国の
それはともかく、謎の青年は彼女の言葉を聴いて、すんなり納得したようだった。
「ほう、そうか。ならば今のうちは安心だな。ところでお嬢さんは、聖教の関係者か?」
「え、どうしてお分かりになったんですか」
「説明の口ぶりがそんな感じだったから」
青年はあっさりとそう言う。フェライがなにかを言う前に、自然と彼女の隣に並んで歩きだした。溶けこみの早さにフェライは愕然としたが、指摘するのもおかしな話なので、そのまま彼と並んで歩く。どうせ、目的地は同じなのだ。
「礼拝堂に……ということは、お祈りですか」
「あいにく俺はお嬢さんほど
探りのつもりで放った質問が、あっさりとかわされる。彼の皮肉めいた言葉が、フェライの心にひっかかった。
「私もそれほど敬虔じゃありませんよ。悪さくらいはしたことがあります」
そして今は、悪さどころでは済まないことをしでかそうとしている。聖都に身を置き続けていながら、ずいぶん遠くまで来てしまったようである。フェライの感慨に気づいているのかいないのか、青年は少し考え込むそぶりを見せていた。しかし、彼女が彼の方を見やると、すぐに陽気な笑顔を美貌に浮かび上がらせる。どちらかが嘘であるかのような切り替えの早さだった。
それから、聖教本部にたどり着くまで、妙なことは起きなかった。青年に、ロクサーナ聖教に関わる質問を二、三ぶつけられただけだ。ついでに彼を大礼拝堂まで案内したフェライは、やけに感激したふうな青年に苦笑する。
「ついでに、聖女様のご尊顔を拝めたりしないかねえ」
「あはは……。む、難しいと思いますよ……。私たちでもなかなかお会いできませんから」
「そうか。残念だ」
かぶりを振った青年は、その後優美なしぐさで、フェライに感謝を示した。「精霊のご加護がありますように」と挨拶を交わして青年と別れ、騎士団本部の方へ足を向けたフェライは、一度立ち止まって大礼拝堂を振り返った。扉をくぐる青年の姿が小さく見える。
「聖女、様……か」
なにげなく呟いた一言。それが、彼女の頭の中でなにかと噛みあい、ちかりと光が瞬いた。月夜の記憶とともに
「――あ、そうか。聖女様にお会いできればいいんだわ!」
感嘆の響きの濃いささやきが、誰の耳にも届かなかったのは、彼女にとって幸運だった。
旅の青年は、礼拝堂へ立ち入る前に、ふと自分が通らなかった道の方へ目を向ける。案内をしてくれた娘の姿がまだ遠くに見えた。その背からかすかに立ちのぼる気配に、彼は思わず眉根を寄せる。
「彼女は俺の探し人ではなさそうだな。まあ、これで印はついたはずだから、近いうちに見つかるだろう」
ひとりごちた彼は手もとで透明な石を
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