番外編 祖父の話

 私の祖父は静かな人だ。それ故に狩猟歴も長く、静かに生き物を殺す。

 険しい獣道でも、草が覆い茂る森の中でも、足音一つすらさせない。父があんな人な為、狩猟は祖父が教えてくれたと言っても過言ではない。

 私はそんな祖父が好きだった。最初は生き物を殺すことに抵抗があった私が撃てるようになったような人だ。経験年数……と言えばそうとしか言えないのだが、それでも祖父の教えがなければ、私は軍人などならなかったかもしれない。

 祖父は元軍人だ。それも、陸軍から海軍へと緊急派出された、極めて稀な人だ。

 フィンランドは海に面している国。軍艦は他の国に比べれば少ない方ではあるが、それでもミサイル艇を多く保有する。本部はヘルシンキにあると話してくれたが、いまいち実感は湧かなかった。

「シモ、生き物は遠くから狙おうとするんじゃない。近くで狙うんだ」

「……どういうこと?」

「スコープで見ると近く見えるだろう。スコープは遠くのものを近く見せてくれる「錯覚」を起こす。それを利用するんだ」

「……?」

 祖父の説明はぶっきらぼうで、分かりにくい。それでも私が上手く撃てた時は飛んで喜んだ。私を抱き上げて「やはりお前は俺の孫だ、カトリーナの子だ」と、声のトーンを上げて。

 私にはそれが不思議でならなかったが、母は母で「おじいちゃんがあんなに喜ぶの久しぶりだわ〜! 私も狩猟していたけど、あんなに褒めてはくれなかったわよ? シモ、あなた一体何をしたの?」と、こちらも珍しがっている。母も元は猟師だったが、父に嫁いでからはやらなくなったらしい。母が使っていた銃は、今は一番上の姉であるマリアが使っている。現役の猟師である父が元々使っていた銃はカトリが、一番下のヒルヤはまだ銃を持てるほどの筋力は無いため、自分の銃は持っていない。

 祖父はよく軍人の頃の話をしてくれた。軍艦で大海原に出たこと、主砲を撃ったこと、そして何故かは知らないが、日本の軍艦を詳しく知っている。父はもっぱら陸の人だ。軍艦になど興味はないと思っていたのだが、何センチの単装砲がなんの軍艦についていて、この軍艦はここで沈んで……等と、小さな頃から話してくれた。嫌いではなかった私は夢中になって聞いていたが、「何故未来の軍艦を知っている? 何故未来のことを知っている?」と、予知能力のようなことを果たしていたことに気が付かされたのは、祖父が亡くなってしばらくした後の十六歳の頃だったように思える。

 やがて軍人となった私は、二十幾つかの時に一つの夢を見た。

 祖父の夢だ。墓から抜け出してきたから、久々に私の顔を見に来たと言っている。大きくなったなと、私の頭を撫でる。昔から変わらないしわくちゃの大きな手に、私は思わず顔が綻んだ。

 私は祖父の手が好きだった。傷は戦時の名誉の証と言われてから、祖父の手は名誉の手だと信じ込んでいた。実際祖父は退役するまでに貰った勲章は数え切れないほどだったし、階級もかなり上だった。退役した頃の私よりも全然上で、度肝を抜かした記憶がある。そんな祖父を、私は変わらず「おじいちゃん」と呼ぶ。何故かは分からない。だがそう呼びたかったのだ。祖父はニッコリ笑って、

「さぁ、行っておいで」と。私の背中を押した。

 夢はここで終わる。また戦場に逆戻りだ。若い頃は戦場に出るのが怖かった。いつ死ぬかも分からない、帰って来られないかもしれない、そんな恐怖を抱きながら、私達は銃を持つ。

 そして、遠くではなく、近くで撃つのだ。物理的に近くではなく、論理的に近く。

 息を止める。心臓の音がやけに耳元で聞こえる。だがそれがいい。撃った弾は回転を催し、人間の頭を貫通する。

 銃は人を殺すものではない。平和のために使うものだ。間違っても未来の日本では、銃を使って人を殺すなどという事がないことを、私は戦場から密やかに願っている。

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手向ける花に戦場の祝福を ただの柑橘類 @Parsleywako

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