5.
草食系に見えて、意外とハッキリ言うんだな。その強引さは少しも嫌な感じがなくて、どちらかと言えば頼りがいがあるように感じた。
私、もっと遼くんと話してみたい。
本能のままに動くなんてしたことなかったけど、もう気持ちが動いてしまっている。
しばらくどちらとも話しかけず、たださざ波の音を聴いた。
私の視界に入っていた遼くんの腕が動いて、その手は私の手を握った。どちらの手も熱くて、それは夏のせいなんだろうか、それともこの数十分のうちに起きたことのせいなのか分からなかったけど、この瞬間が出来れば長く続いて欲しい、とそう思った。
翌日は、寝不足で頭が少し重かった。気持ちが昂ってあまり寝付けなかったからだ。
部屋の片づけをしていると、麻衣子ちゃんが、
「紗良ちゃん。」
と声をかけてきた。
「ん?何?」
「昨日さ、夜。」
夜。思い出される遼くんとのこと。
「遼くんと夜中、出て行ったよね?」
「……!」
見られてた……?
「そんなにびっくりしなくても、あはは。」
「あ、いやー、ははは。」
作り笑いを浮かべて取り繕う。どこからどこまで見られてたんだろう。
「リビングでのことも、見ちゃった。」
「……!!」
そこから見られてたの!?
「大丈夫、他の人は気づいてないと思うよ。見てたのは、私だけ。」
「あ、あぁ、そうなんだ。」
非常に気まずい。キスをしているところとか、人に見せるもんじゃないし。
「紗良ちゃん、遼くんのこと好きなの?」
そうなるよね、そういう質問になるよね。この人、彼氏いるじゃん、って思ってるよね。
「えっと、何て言うかな、その……。」
「そうだよね、紗良ちゃん、彼氏いるもんね。」
来た。
「……、うん。」
「紗良ちゃん、彼氏いるのに、とか、そんなのはどうでもいいの、私にとっては。別に私、噂好きとかでもないし、言いふらしたいしないよ?
私が気づいたのは、私が遼くんのことを見てたから。」
「え?」
「遼くんのこと、ずっと好きだったの。だから、このキャンプにも来たの。」
チェックアウトを済ませ、海鮮丼が美味しいと言われているお店にみんなで行くことになった。行きと同じメンバーで車に乗ることになり、ということは必然的に私の隣には遼くんが座る、ということでもあり、麻衣子ちゃんの目線が痛かった。
多分、その目線に遼くんは気づいていない。
遼くん、勘が良さそうだけど、麻衣子ちゃんの気持ちには気づいていないのかな……?
鍾乳洞や物産館に立ち寄り、帰る頃にはすっかり日が暮れていた。
帰りに車から打ち上げ花火が見えた。昨日のみんなでした手持ち花火は賑やかだったな。それまではよくあるキャンプでの光景だったはず。
一夜にして自分の置かれている状況がガラっと変わってしまったようだった。
明らかに気持ちの面では変わってしまっている。一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、遼くんにどんどん魅かれる自分がいて、このままじゃダメだと思った。
きちんと彼氏と話し合おう。
私の気持ちを、正直に話そう。
ドン!ドン!と規則正しいリズムの音が聞こえた後には、夜空にバッと大きな大輪の花が咲く。パラパラパラっと散っては、また咲く。きっとこの光景を、何かの拍子に思い出す日が来るだろう。その時には、この感情も鮮明に思い出されるに違いない。
「近いうちに会えないかな?話したいことがあるの。」
家に帰るなりすぐに、彼氏に電話をした。ひどい話をする女に、いつも冷静な彼は何て言うだろう。感情をあらわにして怒るだろうか。それとも、いつも通り、
「そう。」
とだけ一言、言うのだろうか。
そう思った時に、そうか、私はこの人のことを深く知らなかったのだな、と思った。
十人十色の短編集 八重森ミチル @michiru-yaemori
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